第8話 顛末
イオは狂ったように馬を走らせていた。
愛馬に身体強化と体力増強の魔法を重ねがけし、文字通り命を削るような速度で街道を駆ける。
寝食を共にした大切な仲間たちを、守るどころか背を向けて逃げ出した自分への嫌悪が、彼を突き動かしていた。
風に涙を乾かし、哀しみと焦燥を抱えたまま、彼は三日の距離をわずか半日で踏破し、アーレス公爵邸へと滑り込んだ。
「アーレス公爵閣下! イオにございます!」
執務室の扉を激しく叩き、入室を許されるやいなや、彼は主の前で膝を突いた。
『剣豪』と謳われ、公爵騎士団最強を誇る団長イオ。その男が、幽霊でも見たかのように青ざめ、声を震わせている。
「……申し上げます。私を除く、襲撃部隊全十五名は――全滅いたしました」
「……な、何だと!?」
アーレス公爵の顔から血の気が引いた。山賊に偽装した精鋭たちが、反撃の暇もなく『蒸発』したという報告。蓮の花を象った、神の御業のごとき魔法。
「術者の正体は分かったのか…。」
「いえ……分かりません。テティア様が馬車から飛び出し、一度は魔法を構えましたが、即座にキャンセルして中へ戻られました。その直後です。仲間の放った魔法はすべて反射され、見えない障壁に弾かれた足元から、巨大な蓮の炎が吹き上がったのです……!」
イオは伏したまま、堪えきれない涙を床に落とした。
「魔力探知には何も掛かりませんでした。術者は半径百メートル以内に存在しなかったはずなのです。……まるで、仲間の足元にある土そのものが、意思を持って牙を剥いたかのようでした」
魔法の理論を覆す魔法に理解が追い付かない。一瞬で蒸発する威力、鎧も剣も融解し蒸発させる魔法。現代の魔法理論には存在しない。それも一瞬で……。
公爵は力なくソファに沈んだ。『何だそれは…何なんだそれは…まるで神の所業ではないか…。』と項垂れた。
元妻を拉致し、目障りな者は消す――ただそれだけの簡単な計画だったはずだ。
(テティアにそんな技術はない。俺が一番それを理解している……ならば、カリスト侯爵の隠し札か? いや、あの忌み子が『噂通り』悪神の力を……?)
思考が空回りし、理解の範疇を超えた事態に沈黙が支配する。
忠義厚いイオが嘘をつくはずもない。ただただ、信じがたい現実がそこにあった。
「……ご苦労だった、イオ。下がって休め。ここにいる者たちも、今の話は口外厳禁だ」
「「「はっ!」」」
イオは恭しく一礼し、踵を返した。
(もう無理だ。……こんな悪夢、二度と御免だ。今日限りで騎士団長を辞し、旅に出よう。私は……)
扉へ向かい、数歩、騎士靴の音が響いたその時だった。
(な、なんだ……身体が動かん!? 魔力が、奥底から……!)
イオの意識が、暴力的なまでに巨大な魔力の奔流に飲み込まれた。
歩き去ろうとしていたイオの動きが、不自然に止まる。
カシャリ、と剣鞘が鳴る小さな音だけが残され、彼は彫像のように硬直した。
執事やメイドたちが不思議そうに顔を見合わせるなか、公爵も不穏な気配を察知して目を細める。
「イオ……? どうした。まだ何かあるのか」
返答はない。だが、イオの背中から立ち上る『威圧感』が、一瞬で室内の温度を奪った。
傍らに控える護衛が、本能的な恐怖に顔を歪め、剣の柄に手をかける。
「閣下、お下がりを! 団長の様子が……おかしい!」
そして次の瞬間。
誰もが予想し得なかった『事態』が、静まり返った執務室で幕を開ける。
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