第7話 聖教会の影
アーク王国にある聖教会の支部へ、一本の報せが入った。
アーレス公爵家の執事から、公爵夫人が『忌み子』を産み落としたという一報である。
「……間違いございません。一昨日、黒髪、黒い瞳の赤子が産まれました」と、アーレス公爵の執事が感情の籠もらない声で事務的に伝えられた。
「ご報告、感謝いたします。直ちに本国へ連絡し、速やかにその子を保護――いえ、『お預かり』に参りましょう」
アーク王国聖教会の神父は、通信を切るなり、本国リレトス聖教法国のバロウ大司教へと魔道具を繋いだ。
しかし、大司教へ一報を入れたが、一度、二度、三度と連絡を入れるが公務で中々捕まらなかった。
大司教と連絡が取れたのは2日後だった。
『……そうか。大聖浄祭の「贄」に、この上ないタイミングだ。アーレス公爵の反応は?』
「従順です。自ら教会へ連絡を、差し出す意思を示しております」
『僥倖。礼には礼で返さねばな。丁重に連れてこい』
聖教会の紋章が刻まれた豪華な馬車が、公爵邸に向けて送り出された。
しかし、5日の道程を経て到着した神父たちが目にしたのは、もぬけの殻となった夫人の部屋だった。
「……何だと!? 出奔したというのか!」
執事長から事情を聞けば、実家であるカリスト侯爵家の者が昨日、強引に連れ去ったという。
聖教会の懲罰部隊の報復に怯え、脂汗を流す神父たちは、即座に馬車の進路を侯爵領へと変更させた。
二日後、カリスト侯爵邸に到着した彼らは、運良く『クーファンを抱えて邸宅を出る女性』の姿を捉えた。
路地の影に身を潜め、赤子の瞳が間違いなく『黒』であることを確認する。
さらに、侍女と合流した彼女が駅馬車に乗り込み、『ドラン帝国へ亡命する』と明言するのを、彼らは確かに聞き届け、駅馬車の受付でも同様の確認が取れたのである。
神父は確信を得て、まずはカリスト侯爵夫妻へと謁見した。
侯爵は「娘とは絶縁した、我が家には関係のないことだ」と突き放し、隣に座るミモラ夫人は、ただ無言で聖教会の二人を射抜くように見つめていた。彼女は、この神父たちの動きをテティアを護るべき『情報』として、静かに脳裏に刻み込んでいた。
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八日の強行軍を経て聖教会に戻った神父は、多量の高価な魔石を消費し、バロウ大司教へと事の次第を報告した。
『……ほう、帝国に向かったか。ならば粛清部隊を動かし、拉致と処分の命を下すとしよう』
通信が切れ、神父は己への罰がなかったことに心から安堵した。
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それから、バロウ大司教は大聖堂の祭壇に跪き、甘い声で祈りを捧げていた。
「……女神オフィリア様。今年の大聖浄祭では、ついに極上の贄を献上できそうです。どうか我らに、更なる富と地位をお守りください」
祈りを終えた彼は、聖王の間へと向かった。
「聖王様、ご報告が。アーク王国にて黒目の赤子が産まれました。母子はドラン帝国へと逃げ込んだようですが、異端審問官を派遣いたします。祭には間に合わせましょう」
「そうか。オフィリア様もお喜びになられるだろうな。今年は例年になく盛大に催すがよい」
聖王の許しを得た大司教は、執聖室に戻ると、特定の人物を呼び出す魔道具『スイングベル』を二回鳴らした。
現れたのは、異端審問署のシルバー粛清部隊長である。
「……忌み子が産まれた。アーク王国の元公爵夫人が、忌み子を連れて帝国へ逃れた。直ちに追い、赤子を捕らえよ。夫人の命は問わぬ、関係者は一人残らず粛清しろ」
「御意に、公爵夫人は好きにして宜しいのでしょうか?」
「好きにしても良いが、必ず始末しろ。」
大司教は冷酷に口角を上げた。誰にも知られることなく、完璧な生贄が手に入る。
テティアが放った「ドラン帝国への亡命」という偽情報は、教会の巨大な組織を完全に動かした。
彼女たちの行く手に立ち塞がる者が、居なくなった瞬間の運命の分岐だった。
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