第6話 後悔と驚愕
襲撃者の一人、イオは戦慄していた。
彼は『剣鬼』の二つ名を持つ実力者であり、その卓越した直感とスキル『瞬歩』によって、辛うじて煉獄炎蓮華の直撃圏外へと逃れていた。
(な……なんだ、今の魔法は! 既存の魔術体系を根底から覆す術式だぞ! 人知を超えている!)
震える手で『魔力探知』を展開するが、術者の反応はどこにもない。
(ありえない! 魔力発生源が……標的の足元そのものだったというのか!?)
魔法を発動するには術者から、魔力を練り出し、魔法を事象化する。その工程には、術者から放たれた魔力の残留跡が必ず残るのだ
イオは背筋に走る凍り付くような悪寒を感じながら、一目散に街道を逆走した。
一方、後方で監視していたゾル侯爵の隠密もまた、開いた口が塞がらなかった。
彼には、テティアお嬢様が一度外へ出ようとし、すぐに馬車へ戻ったのが見えた。
(お嬢様の魔力と……混ざり合う未知の強大な魔力。まさか、あの馬車の中に、正体不明の『怪物』が潜んでいるのか!?)
地面から噴き出した白蓮の炎に、残存魔力の軌跡すらない。術理を無視したその惨劇を見て、隠密は主のもとへ急報を届けるべく、木々を跳ねるようにして去っていった。
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「……もう、ダメだ」と死を覚悟していた御者は、目の前で繰り広げられた芸術的なまでの『消滅』に魂を奪われていた。
優雅に開花する白炎の蓮。襲撃者たちは、その花弁に優しく抱かれるようにして、音もなく、苦しみもなく、存在そのものを削り取られて消えたのだ。
散った花弁の跡に残されたのは、月光のように白く輝く、融解した土。その光景は、あまりに荘厳で美しすぎた。
「テティア様! 急に外へ飛び出さないでください! 大丈夫でしたか!?」
「ええ、大丈夫よ、メアリー」
馬車の中へ戻ったテティアの声で、ようやく車内に緊張が戻る。メアリーは御者の安否を気遣い、仕切り窓をそっと開けた。
「御者さん、お怪我はありませんか?」
「…………」
御者は顔面蒼白で、一点を見つめたままガタガタと震えている。
「御者さん? 何があったのですか?」
「……お、お嬢様。信じられないだろうが、地獄を見たよ……。いや、天国か……?」
彼は深く深呼吸を繰り返し、ようやく言葉を紡いだ。
「山賊が切りかかってきた瞬間、見えない壁に弾かれたんだ。そうしたら土の中から、薄紅色の蓮の蕾がにょっきりと湧き出てきて…。蓮の花が咲いたと思ったら、奴ら、白炎に包まれて一瞬で煤になっちまった。あの白い地面が、その名残だ……」
メアリーは馬車を降り、周囲を調べた。
誰もいない。ただ、融解したガラス化した地面の上に、十五の「煤の小山」と一つの「煤の無い」発動しただけの術跡が整然と並んでいるだけだった。
「テティア様……何者かが山賊を一掃したようです。魔法の残渣も術者の気配もありませんが、あまりに規格外な力ですわ」
「そう。御者さんの話は聞こえていたわ。……ひとまずは安心ね」
テティアは視線を、腕の中のエリスへと向けた。目が合うと、エリスは無邪気に微笑んで見せた。
しかし、その瞳の奥にある『神の真意』に気づいているテティアは、意味ありげに微笑みを深める。
(……や、やばいのじゃ。お母様の目が笑っておらん……!)
エリスは頬を伝う冷や汗を拭いたい衝動に駆られた。
初めての攻撃魔法。母の魔力を借りて『ほんの数パーセント』の出力に抑えたつもりだったが、人間という生き物が、その防具もろとも蒸発するほど脆いとは思わなかったのだ。
(加護を与えた『女神の聖母(お母様)』が丈夫じゃから、人間もそれなりに頑丈だと思ったのじゃが……。加減というものがこれほど難しいとはのぉ)
エリスは上空からの俯瞰視点を解除し、小さな拳を握りしめた。
次は、もっと『微細な』魔力調整を習得せねば。そうでなければ、母を守るつもりが、この世界そのものを焦土に変えてしまいかねない。
メアリーはテティアとエリスが寄り添う姿を見て、ふと遠い目をし、心の中でだけ呟いた。
(……もしかしたら、ねぇ……。あのエリスお嬢様なら、それくらい……)
夕闇の街道に、再び馬車の車輪の音が響き始める。
三人と一人の御者を乗せた馬車は、白く輝く戦場の跡を残し、次の街へと走り出した。
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