第3話 旅立ちと胃痛
テティアは、ゾル侯爵の息のかかった使用人達に引き止められるのを冷たく遇い、お世話になったメイドや侍女達と手を取り合い、別れを惜しみつつ、カリスト侯爵邸を出た。
「テティア様――! お待ちくださいませ!」
カリスト侯爵邸の重厚な門をくぐろうとしたその時、背後から必死の声が響いた。
振り返ると、専属侍女のメアリーが、肩で息をしながらテティアの前に駆け込んで来た。
「テティア様、お願いです……。私も、私も連れて行ってください!」
その必死な訴えに、クーファンの中からエリスも驚いたように二人を交互に見つめた。テティアは足を止め、メアリーの瞳をじっと見つめ返した。
「メアリー、気持ちは嬉しいわ。でもね、ここを離れるということは、あなたの親代わりである孤児院の院長とも会えなくなるということなのよ。この先、どこへ向かうかも分からない私についてくる必要なんてないの。」
「いいえ! 私はあの日、あなたに救っていただいた恩と忠義を忘れたことはありません。この命、一生をかけてテティア様にお仕えすると決めているのです!」
「……苦労するわよ? 侯爵家にいれば生活は安定しているけれど、私と一緒に来れば、明日をも知れぬ身になるのよ」
「テティア様と、そしてエリスお嬢様とご一緒なら、どんな苦難も乗り越えてみせます。お一人で子育てしながら生活されるなんて無茶ですわ。お願いです、私を置いていかないで下さい!」
メアリーの不退転の決意に、テティアは心が温かくなる思いに、小さく、だが優しく微笑んだ。
「……分かったわ。駅馬車の停留所で待っているわ。出発までに来られなかったら、本当にお別れよ。それでもいい?」
「はい! 必ず、必ず参りますわ!」
メアリーが荷物をまとめに屋敷へ引き返そうとした時、そこへ父、ゾル侯爵が立ちふさがった。
「待て、メアリー。君は我が家の侍女だ。勝手な真似は許さん」
「……旦那様。今この時をもちまして、カリスト侯爵家の侍女を辞させていただきます。長らくお世話になりました!」
主を真っ向から睨みつけ、メアリーは一礼して走り去った。
「!?…ご主人様に何て態度を、待ちなさい!メアリー!!」
メアリーの揺るぎない意志と態度を眺めながら、テティアは苦笑を漏らして門を出た。
振り返り、かつての家に向かって深く一礼する。
優しかった祖父母と母ミモラとの思い出、邸内で過ごした幸福な記憶。それら全てにそっと蓋をし、彼女は駅馬車を目指して歩き始めた。
その背を、ゾル侯爵が憎々しげに追う。
一方、屋敷の二階。窓から娘の出立をじっと見つめていた母ミモラは、胸に手を当てて静かに目を閉じ、新たな決意を胸に宿した。そして、手元のベルを鳴らす。
「サルジュ」
「はい、奥様。ここに」
「メアリーが娘についていくわ。本日付で退職の手続きを。……それから、これまでの給金と十分な退職金、それと『信頼に足る』紹介状を彼女に持たせてやりなさい。」
「……畏まりました。奥様……左様になさると思っておりました。」
執事のサルジュは、冷徹な仮面の下にある主人の深い愛に胸を熱くし、そっと涙を拭った。
~~~~~~
テティアは駅馬車へと向かいながらも、周囲の『気配』に眉をひそめていた。
(……はぁ。監視が多いわね。加護のおかげかしら、学生時代とは比較にならないほど探索魔法の範囲が広がっているわ)
アーレス公爵が放った密偵、そして道路脇の馬車に潜み、青白い法衣を纏った教会の神父たち。
自覚のないまま逸脱した魔力量を誇るようになったテティアは、それら全てを正確に捕捉しながら、慎重に歩みを進める。
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【サイド:???】
姉からの緊急の便りが届いた。これが私の苦悩の始まりだった。
「早速、姉上から速達便が届いたようだ、どれどれ……………はぁ!?」
姉上は、そんな私の鉄の理性にダイレクトに穴を開けに来た…
──娘が産んだ子は、聖教会が指定する『呪われた忌み子』の黒髪・黒目だった──
──夫も、娘の夫も、この子を亡き者にしようとしている──
「……は?」
手紙を読んだ瞬間、私の頭には国際問題の火種が「爆発」という文字と共に踊った。
姉上からの『娘を匿え』お願いと言う名の命令に頭を掻き毟り、セバスと早急に対策を練り、返信をした。
共和国にも聖教会の勢力は浸透しつつある。外務卿の立場でそんな特大の『政治的爆弾』を保護すれば、外交関係は一晩で消し炭だ。
だが、私が『どう隠蔽するか』と胃を抑えて悩む暇もなく、続報が私の脳髄を直撃する。
読み進めると、なんと姉の娘が離縁状を叩きつけ、侍女を連れて公爵家を既に出奔したと書いてあるではないか…
「あ、姉上の娘は、こ、行動が早いな。セバス、姉上の娘と孫娘の保護は予定通りに進めてくれ、それと隠蔽だが…」
──内密に、エンケラド辺境伯家の暗部を使い、テティアとメアリーに変装させ、同日宿屋から出て錯乱させ、ドラン帝国行きの馬車に乗り、到着後、派手に観光をした後、姿を晦まし、この国に戻るように──
と秘密裏に指示を出した
「御意に。」
セバスが執務室を去って半刻後、セバスは慌てて、執務室に駆け込んだ。
「…主様の姉上様から、再び、速達便が送られて来ましたが…」
何故か嫌な気配を纏った封筒に差し伸べた手が止まる。
恐る恐る、封蝋をナイフで切り、手紙の内容を確かめた私――は、驚愕に目を見開いた。
「……セバス、こ、これを見ろ…。」
姉上も、侯爵に隠し子が発覚し、娘の後を追って帰郷するという。
手紙を読んだ老執事セバスは、遠い目をしながら溜息を吐いた。
「「ここへ…戻ってくる………。」」
胃のあたりを押さえるその姿には、かつての『武闘派お嬢様』に振り回された日々への懐かしさと、これからの騒動への予感が混じっている。
「姉上……せめて、せめて事前相談という概念を思い出していただきたい……!」
私は天を仰いだ──
さらに彼と執事の苦悩は続く
「……御意に。……して、『武闘派お嬢様』の元専属侍女でした、侍女長のシルビアにもお伝えを?」
「……そうだな。後から知られたら、何をされるか分からん…」
「暴走した場合は、いかように?」
「その時は……セバス、君に任せるよ!」
「なんと!?……知りませぬぞ。して、主様。姉上様の今後の『扱い』、くれぐれも失礼のないようお考えください。主の存命に関わりますぞ………。」
部屋に重苦しい沈黙が流れる。
──それから、1時間後
青い顔をしたセバスが部屋に駆け込んで来た。私は途轍も無く嫌な予感を感じた。
「主様、よろしいでしょうか…報告したい事が」
「聞きたく無いんだが、聞かなくてはだめか…?」
「聞いてもらいます。実は、主様の姉上が戻って来ると、シルビアに伝えたところ、シルビアが有無を言わさずに『迎えに行って来ます』と申して、先程行ってしまわれました。」
「そ、そうか。侯爵は、ぶ、無事で居られるだろうか?国際問題にならないか?なぁ、セバス?」
「………」
「何とか言ってくれ!?セバス!」
来るべき、時のため、主従は胃痛に耐えながら対策を急ぐのだった。
「「完璧に隠蔽する!!」」
しかし、姉だけが苦悩の原因ではなくなる未来が、直ぐそこまで迫っていた。
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