始まりを告げる夜明け
──ここはアーク王国
私は、テティア・フォン・アーレス公爵夫人だった、一度は娘と共に追われた身、今では温かく幸せな家族を得ている私だが、過去を回想すると本当に、波乱万丈な人生を歩んで来たなとつくづく想う。
これが、私たち家族が歩んだ創生譚の始まりだった───
カリスト侯爵家に生まれたテティアは魔法操作に秀でた才能があった。母ミモラに可愛がられ、使用人たちからも蝶よ花よと育てられた。
しかし、父ゾルからは疎まれ、虐げられて育ってきた。レッドブロンドの髪と緋色の瞳は家族の誰とも似ていない。それが原因だとテティアは幼いながらに胸を痛めていた。
三歳の頃から大好きな祖父から、魔法を習い、五歳の頃には神童と持て囃された。その都度、父ゾルから執拗に躾けという名の虐待を受け、どこの誰かともわからない者と比較されながら育った。
そんな私の救いが、祖父と母ミモラだった。父ゾルから暴力や暴言を受けた時は、祖父や母ミモラに助けられ、周りの温かい家族と使用人に庇われて育った。そのお陰で真っ直ぐと育ったと思う。
八歳の頃に母ミモラとカリスト領の孤児院を訪問した時事件が起きた。
孤児院の子供が誘拐されたのだ、即座に母ミモラと私と騎士が動き、犯罪組織を壊滅し解決した。
その時の母ミモラは鬼神の如き勢いで敵を粉砕して行った。テティアと騎士たちは開いた口が塞がらなかった。そうして、獅子奮迅の勢いで私達は誘拐された孤児たちを救出したのだった。
母ミモラは社交界でも淑女の鑑と憧憬の念を集めていることを知るテティアはその強さにも憧れた。同時に、母の頬に伝う返り血が顎先からポタリと零れ、口角が上がっている母の勇姿には戦慄したものだ。
そこで出会った孤児のメアリーは頬を染め、テティアに向ける瞳は熱が籠もりキラキラと輝きに満ちていた。
無事事件を解決した後、メアリーが母ミモラの元に突撃し、『お嬢様の側に…』と懇願し、メアリーを私の専属侍女見習いとして側に置いたのだった。その時、私は胸が温かくなり運命を感じたのだった。
十六歳になった頃には、アーク魔法学園に入学し、そこで、ベスタ・フォン・アーレスと出会った。同じ魔術科でテティアが主席、彼が次席でライバルから恋愛に発展するのには、そう時間はかからなかった。
その裏で、メアリーがハンカチを噛んで泣いていた事は、私は知っていた…
公爵と侯爵と爵位が近かった事もあり、婚約はスムーズに…とは行かず、父ゾルの反対と妨害が酷く、何度、母ミモラと共に何度嘆願したか分からなかった。しかし、突然その父がおとなしく承諾したのだった。
──父の後ろで、母ミモラが扇を口に当て、目が氷の冷気を発していた…私は察した。
こうして、紆余曲折はあったが、婚約は無事に結ばれた。学園で愛するベスタとの青春を謳歌し、幸せな日々を送る。
しかし、幸せはある日突然崩れ落ちた。大好きな祖父が病に倒れ他界したのだ。
私は心が引き裂かれた想いで泣き明かし、父の冷徹な対応に心が折れかけたところ、ベスタに支えられ立ち上がることができた。
ベスタと支え合いつつ、アーク魔法学園を首席で卒業した私は、ベスタとの結婚を控え、母ミモラの後押しもあり公爵邸へと移り住んだ。
現公爵夫人から直々に、領地運営の補佐、高度な教養、家政を仕切る手腕を叩き込まれる日々。
厳しい教育に耐え、次期夫人として非の打ち所がない「合格点」を授かってから、九ヶ月が過ぎていた。
そして、運命の結婚式。
王都の大神殿は、祝福の声に包まれていた。
Aラインの煌びやかなウェディングドレスを纏い、純白のレースを翻してバージンロードを進む姿は、誰もが羨む美しさであったと祝福された。
司教の前で永遠の愛を誓い、ベスタと指輪を交換する。
この幸せが揺らぐことなど、寸分も疑っていなかった。
結婚後、若き公爵夫妻となった。
──結婚式を終えてから一週間が経った時、私の人生を決定づける出会いがあった。
夫ベスタは、仕事で公爵邸を空けていた。専属侍女のメアリーに就寝の準備を手伝って貰い、自室で一人眠りに落ちる…
〜〜〜〜〜〜〜
テティアは、寝ていたはずが、いつの間にか純白の虚無が広がる不可思議な空間に立っていた。
地平線まで何もないその場所には、太陽さえ存在しない。ただ、全体が柔らかな光を放っていた。
「……夢かしら?」
独り言が静寂に溶ける。背後に気配を感じて振り返ったテティアは、言葉を失った。
そこにいたのは、八枚の漆黒の翼を背負い、夜の深淵を紡いだような黒髪を靡かせる、絶世の美女。
額に白銀のサークレットを戴くその姿からは、抗いがたい神性が溢れていた。
テティアは圧倒され、自然と膝をついて祈りの姿勢を取る。
その瞬間、内側から熱い何かが膨れ上がる感覚を覚え、自身の魂がこの超常の存在に感応していく。
漆黒の女神は優しく微笑み、鈴を転がすような声で語りかける。
『すまぬな頭を上げてくれ、大切な話しがあってのう、お主を精神世界に来てもらったのじゃ。妾はこの世界の創造主、女神アフロディーテじゃ』
テティアが驚きに目を見開くと、女神は何もない空間に猫脚の椅子と円卓を鮮やかに生み出し、座るよう促した。
差し向かいで座ると、宙に浮いたティーポットからカップへ、香ばしい紅茶が注がれる。
女神は、はにかみながら、『地上世界に産まれ落ちたい…』と、この世界への羨望と、永きに渡る孤独を思念を送り語り始めた。
温もりと愛を求める切実な想い。胸の奥に秘められた幼い焦燥。
その永遠に近い孤独と寂しさから擦り切れる心を共有する思念を観て、女神の独白を聴くうちに、テティアの胸は締め付けられるような憐憫に焼かれた。
『そこでお主を妾の「母」として、この世界に転生しようと考えたのじゃ』
「……私が、女神様の母に?」
『そうじゃ。何十億年もの時を経て、妾の器として足る適性を持ったのは、世界で唯一、お主だけだったのじゃ…』
何十億年という絶望的な孤独。女神の寂しげな微笑みに、テティアの中に眠る母性が静かに、だが力強く目を覚ます。
『無理にとは言わぬ。嫌なら断ってもよいのじゃ。お主の時間は有限で妾は無限じゃ。妾はまた次の機会を待つだけじゃ。』
自分を慮って微笑む女神。だがテティアは気づいていた。この高潔な神が求めている「家族の愛」がどのようなものか、まだ正しく理解できていないのだと。
テティアは深く意識を沈め思考する。
しっかりと覚悟を決め、真剣な眼差しで、女神の瞳を見つめ、凛とした声で告げた。
「分かりました。あなたの母となりましょう。」
『本当か!? 妾のようなものでもよいのか!』
「はい。ただし、条件があります。」
『条件とな? 』
「女神としてではなく、私の娘として、厳しく躾けます。それでもよろしいですか?」
女神は呆気に取られた後、花が綻ぶように笑った。
『宜しく頼む、妾をそなたの子として欲しい』
女神の聖母として、育む過程で神に近しい存在となり、世界の加護がその身を守ると告げた。
「聖母……私が、神に近しい存在に……?」
衝撃の余韻に浸る間もなく、歓び勇む女神は立ち上がり、テティアの胸にそっと手を添えた。
驚いたテティアもまた、意図を組み、その細く白い手を、自身の両手で優しく包み込む。
瞬時、女神のオーラが光輝き、テティアの胸の一点に収束し、テティアの体内へと吸い込まれた。
包み込んだ手の甲に、八枚の翼を模した紋章が浮かび上がる。
『それは妾の加護の証。念じれば消えるゆえ、安心せよ』
女神は、手を解きテティアを愛おしげに抱きしめた。テティアもその温もりを、安らぎと共に受け入れる。
神々しいオーラを肌に感じ、慈しみを込めて女神の背に手を回した。
『何と呼んでいいのか分からぬが……お、お母様…、次にお会いするのを楽しみにしておるのじゃ……』
耳を赤くする女神を見て、テティアは「クスッ」と笑い、耳元での囁きを最後に、意識が白く染まっていく。
女神の全身が光に溶け、テティアの下腹部へと吸い込まれていった。多幸感と、わずかな焦燥。
熱い輝きが自身の内で静まっていくのを見つめながら、テティアはゆっくりと瞼を閉じた。
~~~~~~
胸の高鳴りで目が覚めた。
見慣れた寝室。窓の外はまだ暗い。
「……夢、だったの? それとも……」
起き上がったテティアは、自身の右手を目の高さに掲げた。
そこには――夢で見た通り、八枚翼の紋章が刻まれていた。彼女が小さく念じると、それは吸い込まれるように肌の下へと消える。
現実だったのだ。
右手でお腹をそっと撫でれば、そこには確かに、愛おしい命の灯火が宿っているのを感じる。
「お母様、なんて……照れた女神様も可愛かったな…。」
女神が去り際に残した言葉を思い出し、テティアは自身も少し照れくさそうに、だが確かな幸福感を込めて微笑んだ。
彼女が窓のカーテンを開けると、朝焼けの光が山々を照らし、領都の街並みを黄金色に染め上げていく。
それは、一柱の女神と、一人の母による――世界の新たな始まりを告げる夜明けだった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
作者の『とまとよ』です。
カクヨム様で連載中ですが、こちらでも投稿することにしました。
なろう様での筆耕はカクヨムでの読者様の意見を受けて再筆耕し直した物を投稿して行こうと考えています。
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どうぞ、最後までお楽しみ下さい!




