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07

彼らはコンクリートの怪物の食道を走っていた。


地下鉄のトンネルが、脈打つたびに激しく痙攣する。天井の配水管は破裂し、そこから噴き出すのは水ではなくレモン色の胃液だった。金属のレールに触れるたび、ジュッという音と共に白煙が上がる。


「走れッ!」ザルが咆哮し、壁から伸びて足に絡みつこうとする肉の触手をハンマーで粉砕した。「消化プロセスが始まってやがる!」


ニードルが遅れていた。壊れたふいごのような呼吸音を響かせている。


「ぐっ……い、一発……」彼は呻き、震える手でポケットを探った。「心臓が……破裂しそうだ……」


「今キメたら、アキレス腱に酸が届く前に心臓発作で死ぬぞ!」ザルは振り返らず、氷のような声で言い放った。


陽太郎は中間にいた。肺が焼けつくようだ。『鉛の胃袋』スキルのおかげで腐敗臭には耐えられたが、ガリガリの脚が速くなるわけではない。


「史上最悪のチェイスシーンだ……!」彼は荒い息を吐いた。「カメラの手ブレが酷すぎる! モーションブラーで酔いそうだ!」


彼らは地下3階のプラットホームに飛び込んだ。だが、通路は塞がれていた。


瓦礫ではない。巨大な腫瘍が隆起し、下への階段を完全に封鎖していたのだ。肉と骨、そして金属ゴミが圧縮されたその塊は、病的な心臓のようにドクンドクンと脈打っている。


「行き止まりだ!」ニードルが絶望的な叫びを上げた。彼は頭を抱えて崩れ落ちた。「もうダメだ……聞こえる……神の声が……」


「そりゃ酸が煮える音だ、ヤク中」


ザルが腫瘍に向かって突進し、浑身の力でスレッジハンマーを振り下ろした。


『ボヨォン!』


ハンマーが弾き返された。腫瘍は砕けない。ゴムのような弾力で凹み、即座に元の形状に戻ると、ネバネバした粘液を出してハンマーヘッドに絡みついた。


「チッ」ザルは歯噛みし、ハンマーを強引に引き剥がした。「物理耐性100%か。皮が厚すぎる」


背後から、胃液の濁流が轟音と共に迫ってくる。ツンとする酸の臭いが、陽太郎の目を焼き始めた。


「どうすんだよ!? 魔法を使えよ!」陽太郎はパニックで叫んだ。「ブーマーは死んだ! ニードル、お前なんか持ってないのか!」


ニードルが顔を上げた。その小さな瞳孔は散大していた。彼は震える手で、ドス黒い紫色の液が入った注射器を取り出した。細胞を壊死させる劇薬だ。


「これを……打てば……」ニードルは巨大な腫瘍を見つめて呟いた。「大動脈に……」


ザルはニードルを見た。次に腫瘍を見た。そして、50メートル手前まで迫った酸の津波を見た。


「陽太郎」ザルは恐ろしく静かな声で言った。「ハンマーを持て」


「は?」陽太郎は呆然としながら、渡された重たいハンマーを受け取った。重みで腕が抜けそうだ。


ザルはニードルに向き直った。彼女は彼を助け起こしはしなかった。代わりに、その襟首を掴み、病気の猫でも扱うように片手で吊り上げた。


「ニードル、神の声が聞きたいんだろ?」


「神……?」ニードルはだらしなく笑い、よだれを垂らした。


「ああ。神はあのまゆの中にいる」


ザルは体を捻った。強化された筋肉のすべてを使い、毒入りの注射器を握りしめたニードルを、腫瘍の中心めがけて投擲した。


謝罪の言葉はない。涙の別れもない。


ニードルの体は砲弾のように空を切り、腫瘍のヌルヌルした表面に激突した。


『ズプッ』


慣性の法則に従い、彼が前に突き出していた注射針が弾力のある肉に深々と突き刺さる。そして彼自身の体重が、ピストンを押し込んだ。


全量の壊死毒が、腫瘍の中枢へ直接注入される。


ニードルが叫ぶ間もなかった。腫瘍が拒絶反応を起こす。一瞬激しく収縮し、震え、そして破裂した。


火薬の爆発ではない。肉の爆発だ。


黒い血、黄色い膿、内臓の破片がプラットホーム中に飛び散った。ニードルもまた、その生物的な爆風と共に引き裂かれた。彼の残骸は腫瘍の汚泥と混ざり合い、どこまでが人間でどこからが怪物か、もはや判別できなかった。


道が開いた。


「行くぞ!」ザルは凍りついた陽太郎からハンマーをひったくった。肉と血の雨の中を強引に引っ張っていく。


「あんた……今……」陽太郎は口ごもった。顔には腫瘍の粘液と、おそらくニードルの何かが付着していた。


「ただ鍵を使ってドアを開けただけだ」ザルは罪悪感の欠片もない声で言った。「あいつは役割を全うしたんだよ」


……


彼らは404号車両に転がり込んだ。車両は胃の粘膜の中に半ば沈み、傾いていた。


車内は死の博物館だった。白骨化した乗客たちが、座席に座ったまま朽ちている。手にはスマホ、耳にはヘッドフォン。彼らは異変が起きた瞬間、反応する間もなく即死したのだ。


「ブラックボックスを探せ! 急げ!」ザルが運転席を漁り始めた。


陽太郎は泣きながら座席の下を這いずり回った。不運な乗客の骨ばった指を払いのける。


「あった!」


電子レンジほどの大きさの、重たいオレンジ色の金属箱を引きずり出した。


【クエストアイテム】

名称:9号線ブラックボックス

内容:運行データ及びコックピット音声記録

価値:保険会社にとっては極めて高価。一般人にとっては無価値。


「上出来だ」ザルは飛び降り、窓ガラスを蹴り破った。「脱出するぞ。酸が床まで来てる」


二人は車両の屋根によじ登った。眼下の胃液は満潮のように水位を上げ、泡を立てて車内の骨たちを飲み込んでいく。


唯一の出口は、天井にある通気ダクトだ。屋根から3メートル上にある。


「跳べ!」ザルが叫んだ。


彼女はハンマーを先に投げ、ダクトの縁に引っかけた。そして体操選手のような身軽さで跳躍し、ぶら下がった。


「手を出せ!」彼女は逆さまになり、陽太郎に手を差し伸べた。


陽太郎は重たいブラックボックスを胸に抱えていた。


「無理だ! 重すぎる! 置いていけないか!?」


「置いていくならテメェを助ける意味がねえ!」ザルが吠えた。「その箱は俺の今月の食費なんだよ! 死ぬ気で跳ぶか、それ抱いて心中するか選べ!」


陽太郎は足元を見た。酸が『Vans』のソールを舐め始めている。ゴムの焦げる臭いが立ち上る。


「クソッたれがァッ!」


陽太郎は目を閉じ、死に物狂いで跳んだ。


無様で、情けないジャンプだった。足が滑った。


だが、ザルの荒れた、タコだらけの手が彼の手首をガッチリと掴んだ。爪が皮膚に食い込み、激痛が走る。


彼女が引き上げる。陽太郎の体はダクトの縁に叩きつけられ、ブラックボックスが肋骨を強打した。


「あばらが……多分折れた……」陽太郎は埃っぽいダクトの床に転がり込み、呻いた。


ザルはハンマーを回収し、酸の奔流が噴き上がって金属蓋を舐める寸前に、ダクトを閉じた。


狭く暗いパイプの中で、二人は荒い息をついた。


ブーマーは死んだ。ニードルは死んだ、あるいは「消費された」。


彼らは生き残った。保険データが入った鉄の箱と共に。


「二人死んだぞ……」陽太郎は痛む脇腹を押さえながら囁いた。「たったこれだけのために?」


ザルは上半身を起こし、パイプの壁にもたれかかった。彼女から殺気は消えていた。あるのは底知れぬ疲労だけだ。彼女は最後の一本のタバコを取り出したが、それはぺしゃんこに潰れていた。


「二人の死者か」ザルは空虚な声で繰り返した。「前回よりずっとマシな戦績だ。10人で行って、帰ってきたのは俺一人だったからな」


彼女は陽太郎を見、次にブラックボックスを見た。


「テメェは『荷運びのロバ』としての仕事を全うした」それは彼女なりの、最大級の賛辞だった。「さあ、ケツを上げな。ここを出るにはあと2キロ這わなきゃならねえ」


陽太郎はどこまでも続く暗いダクトの奥を見つめた。


【システム】

クエスト完了:9号線駅からの生還

報酬:鬱病(レベル2)、生存経験値 +50


「勝利のファンファーレなしかよ」


陽太郎は乾いた笑い声を漏らした。泥と、得体の知れない粘液と、見知らぬ他人の血で汚れた頬を、涙が伝う。


換気扇がキイキイと規則正しい音を立てて回っている。


彼は箱を抱え、這い始めた。

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