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05

肋骨質店リブケージ・ポーンショップ』のネオン看板は接触不良を起こしており、「骨」の文字だけがてんかん発作のように激しく点滅していた。


店内にはホルマリンと安タバコの臭いが充満している。錆びついた鉄棚には、配線の切れた義手、怪物の目玉の瓶詰め、真空パックされた人体の一部などが無造作に陳列されていた。


ザルは戦利品をひび割れたガラスケースの上にぶちまけた。ネズミの体液でぬめる数十個のエネルギー袋、いくつかの破損したチップ、そして野盗から剥ぎ取った小銭だ。


「合わせて40コインだ」


店主はドワーフとヒキガエルを悪魔合体させたような醜悪な男だった。いぼだらけの皮膚。彼は古びたポルノ雑誌から顔も上げず、重低音の声で告げた。


「60だ」ザルはハンマーの柄に手をかけた。「あのチップは比較的無傷だぞ」


「45。でなきゃ失せろ」店主は腫れ上がった指でカウンターを叩いた。「この汚物を洗う手間賃を考えろ。メカ・ラットの血は酸性で、俺のトレイを腐食させるんだよ」


ザルは舌打ちし、わずかな硬貨をポケットにねじ込んだ。


その間、陽太郎は部屋の隅にある埃まみれのショーケースの前で立ち止まっていた。中には一冊の黒い革表紙の本があり、薄紫色の煙を纏っているように見えた。


「おい……」陽太郎は目を輝かせ、囁いた。「あれ、グリモワール(魔道書)じゃないか? 見た目からしてレジェンダリー級だろ」


店主がギョロリと彼を睨み、黄色く欠けた歯を見せて下卑た笑い声を上げた。


「見たいのか、小僧? 拝観料は5コインだ」


陽太郎はポケットを探り、ザルから分け前としてもらったばかりのなけなしの5コインを取り出した。カウンターに叩きつける。


「いいだろう。開けてみろ。忠告はしたからな」


店主が鍵を投げた。陽太郎は震える手でケースを開け、本に触れた。死人の皮膚のように冷たく、湿っている。


彼は最初のページを開いた。


古代のルーン文字が輝きだすことも、知識の奔流が脳に流れ込むこともなかった。


『ブシュッ!』


陽太郎の鼻から血が噴き出し、ページを赤く染めた。


「ぐあああっ!」


彼は後ろにひっくり返り、頭を抱えてのたうち回った。脳の前頭葉に五寸釘を打ち込まれたような激痛が走る。


「ギャハハハハ!」店主は腹を抱えて笑い、バンバンと机を叩いた。「そいつは『狂人の日記』だ。深淵アビスを直視した魔術師が書いた代物さ。知力(INT)が50以下の奴が読むと、軽度の脳出血を起こす仕掛けになってる。自分を大魔導師アークメイジだとでも思ったか?」


陽太郎は汚れた床で呻き声を上げた。鼻血が止まらず、襟元を濡らしていく。


【システム警告】

精神ダメージ:軽度

効果:眩暈(10分間)、一時的なIQ低下

アドバイス:大人のオモチャに触るな。


店を出た時、陽太郎の両方の鼻の穴にはティッシュが詰め込まれていた。その姿は、これまで以上に情けなかった。


「なんで……」陽太郎は鼻声で言った。「なんで俺には戦闘系のクラスがないんだ? ソードマンとか、せめてシーフとかなら良かったのに。なんで『スカベンジャー(清掃人)』なんだよ」


ザルは石のように硬い携帯食料の包みを開け、歩きながら『ボリボリ』と齧っていた。


「テメェ、クラスってのは何だと思ってる?」彼女は前を見たまま聞いた。「ゲーム開始時のキャラメイク画面か?」


「普通はそうだろ……」


「違うな」ザルは乾いた食料を飲み込んだ。「ここでは、クラスってのは『病理診断書』のことだ」


彼女は足を止め、陽太郎の目を真っ直ぐに見据えた。


「タンカー(重装戦士)になりたくてなった奴はいねえ。殴られすぎて皮膚がケロイド状に硬化し、神経が死滅して痛覚を失った。システムはそいつを『タンカー』と診断するんだ」


彼女は自分の顔の傷を指差した。


「俺もバーサーカー(狂戦士)を選んだわけじゃねえ。12歳の頃から戦闘用ドラッグを打たれ続けた結果だ。脳の神経がどれだけ焼き切れたか知らねえが、その代償として『超感覚』スキルが発現した」


「職業じゃねえんだよ。後遺症なんだ」


陽太郎は詰め物をした鼻に触れた。「じゃあ、スカベンジャーは……」


「……ゴミの山を這い回り、他人が捨てたものを食い、毒物を消化しても即死しない程度の耐性を身につけた弱者への診断名だ」ザルは冷酷に結論づけた。「それがテメェの生存戦略メカニズムだ。剣を持って英雄になる夢なんざ捨てろ。その細い手首じゃ、剣を振った瞬間に自分の手首の腱を切るのがオチだ」


突然、地面が揺れた。地震ではない。足音だ。


スラム街中にサイレンが鳴り響いた。だが、誰も逃げ惑わない。人々は道の両脇に避け、壁にへばりつくようにして頭を垂れた。光を恐れるドブネズミのように。


「伏せろ!」


ザルが陽太郎の首根っこを掴み、道端のゴミ山に顔ごと押し付けた。「動くんじゃねえぞ」


「な、なんだ? ワールドボスか?」陽太郎は腐ったバナナの皮に顔を埋めたまま囁いた。


「黙れ。『ブラッド・ジェネラル(鮮血将軍)』の巡回だ」


通りの向こうから、巨大な機械――いや、生物が歩いてきた。身長は4メートルほど。真っ赤な鮮血のような色の鎧を着ている。だがよく見れば、それは鎧ではない。自身の骨と肉が外部に増殖し、角質化して形成された天然の盾だ。


彼は一人ではない。彼の周囲の空間が歪んでいる。目に見えない力場だ。


彼が二人が隠れている場所を通り過ぎようとした時だった。


『パリンッ! パリンッ!』


近隣の家の窓ガラスが一斉に砕け散った。通りに近すぎた一匹の野良犬が、何の前触れもなく爆発し、赤い血の霧となって四散した。攻撃されたわけではない。ただ、彼が発する生物的プレッシャーがあまりに強大で、脆弱な生命体が耐えきれなかったのだ。


陽太郎は胸に巨大な岩を乗せられたような圧迫感を感じた。鼻血が再び噴き出し、詰めていたティッシュを一瞬で赤く染める。耳鳴りが止まない。


【致死警告】

SSS級実体を探知。

距離:極近

HP:オーラ圧により急速低下中


彼は通り過ぎていった。道端の住人たちに一瞥もくれない。彼にとって、ここの人間など路傍のバクテリアに過ぎない。彼の存在そのものが、移動する自然災害だった。


足音が遠ざかると、ザルはようやく身を起こした。口の端から垂れた血を拭う。


「見たか?」彼女の声はいつもより掠れていた。「あれが、この場所における『力』の象徴だ。あいつはもう人間じゃねえ。歩く悪性腫瘍だ」


陽太郎は這うようにして起き上がった。ブラッド・ジェネラルが消えた方向を見つめる。「いつかあんな風に強くなりたい」という憧れなど微塵もない。


あるのは純粋な恐怖と、生理的な嫌悪だけだ。


「この世界は……」陽太郎は息を吐き出し、血まみれのティッシュを地面に吐き捨てた。「……冒険なんかじゃない。閉鎖病棟だ」


「入院おめでとう」ザルは立ち上がり、ズボンの埃を払った。「さあ行くぞ。あそこで野良犬が一匹破裂したのが見えた。急げば、ネズミどもが集まる前に少しばかりの肉片スクラップが手に入る」


陽太郎はザルを見た。そして、哀れな犬の成れの果てである、飛び散った肉片を見た。


腹が、情けない音を立てて鳴ったからだ。空腹という現実は、どんな英雄的理想よりも重い。


彼は歩き出した。死んだ犬の残骸を拾い集めるために。

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