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04

陽太郎が目を覚ましたのは、小鳥のさえずりやカーテン越しの朝日などではなかった。強烈なアンモニア臭が鼻腔を直撃したからだ。


猫に似ているが毛はなく、カエルのようにヌルヌルとした皮膚を持つ何かが、彼の胸の上に座っていた。三つの飛び出した目が、陽太郎の顔をじっと見下ろしている。


「うわあああッ! 失せろ!」


陽太郎は叫び、腕を振り回してその生物を払いのけた。


『ギィィッ!』


耳障りな鳴き声を残し、その生き物はコンテナの隙間へと消えた。陽太郎の心臓は早鐘を打っていた。胸元に触れると、粘液でベトベトしている。


「喚くな」部屋の隅からザルの声がした。彼女は油まみれの黒い布でスレッジハンマーを磨いていた。「ありゃアシッド・キャット(酸性猫)だ。危うく小便を引っ掛けられるところだったな。あいつらの尿は軟鋼くらいなら簡単に溶かすぞ」


陽太郎は体を起こした。ロードローラーに轢かれたかのように全身が痛む。この寝袋の体力回復効果はゼロ、いやマイナスだ。


「……最悪の目覚めだ」陽太郎は呻き、凝り固まった首を鳴らした。「で、今日のクエストは? お姫様の救出か?」


「ゴミ漁りだ」ザルは立ち上がり、ハンマーを腰のベルトに装着した。『ガチン』という乾いた金属音が響く。「金が底をついた。それにテメェには、解毒薬一本と残飯スープ一杯の借金がある。利息は時間単位でつくぞ」


……


彼らは正門からは出なかった。ザルは有刺鉄線の破れた穴を抜け、都市を囲む廃棄された工業地帯――通称『グレーゾーン』へと彼を導いた。


ここの地面は土ではない。石炭のカス、砕けた骨、そしてテクノロジーの廃棄物が層を成して固まったものだ。


「クエスト目標:エネルギー嚢腫エナジー・グランドの回収」ザルはそう告げると、錆びたナイフと穴だらけのゴム手袋を陽太郎に投げつけた。「この辺りじゃメカ・ラットがよく野垂れ死んでる。腹を裂いて、胃袋の横にある青い袋を探せ。慎重にやれよ、破裂させたら黒焦げになるぞ」


「死んだネズミの解体作業?」陽太郎は手の中のナイフを見つめ、吐き気を催した。「これが勇者のスタート地点か? せめて薬草採取とかじゃないのかよ」


「死体の上に生えてる薬草なら、いくらでもあるぞ」ザルは巨大な骨格標本の胸部から生えているトゲだらけの低木を指差した。「だがテメェに植物学のスキルはねえだろ。あるのは『泣き言』スキルだけだ。さっさと手と足を動かせ」


陽太郎は渋々歩き出した。コーギー犬ほどの大きさがあるメカ・ラットの死体を見つけた。腹はガスで膨張し、配線がはみ出している。腐敗臭が強烈だ。


鼻をつまみ、ナイフを入れる。


『ブシュッ』


黒い体液が噴き出した。陽太郎は目を堅く閉じた。ヌルヌルとした腹腔内に手を突っ込み、手探りで探す。冷たい金属。腐って柔らかくなった内臓。そして、微かに振動する何か。


「あった……」


冷や汗を流しながら呟く。そっと青い袋を取り出す。それは生温かく、小さな羽音のような振動を発していた。


「こんなものがカビたパン一個の価値になるのかよ……」陽太郎は独りごちた。


……


「失せろ、アマ! ここは俺たちのシマだ!」


しゃがれた怒声が響いた。


陽太郎はビクリとして、危うくエネルギー袋を取り落とすところだった。ガラクタの山の陰から、三人の男が現れた。継ぎ接ぎだらけの防護服を着て、手には鉄パイプや肉切り包丁を持っている。見た目はゲームにおける『野盗レベル1』そのものだが、放たれる殺気は紛れもなく本物だ。


ザルは振り返りもしない。壊れたロボットの頭部からチップを抉り出す作業を続けている。


「ゴミ捨て場は公共の場所だろ、脳ミソ筋肉」ザルは恐ろしいほど平坦な声で言った。「消えな。その頭蓋骨に釘を打ち込まれたくなければな」


「調子に乗ってんじゃねえぞ!」


リーダー格の、顔中に入れ墨をしたスキンヘッドの男が突っ込んできた。問答無用。鉄パイプをザルの後頭部めがけて振り下ろす。


名乗りも口上もない。「我は野盗Aなり」なんて言ってくれない。


ザルが半回転した。マトリックスのような華麗な回避ではない。単なる体当たりだ。肩を男の胸板に叩き込んだ。


『ゴガッ』


肋骨が砕ける音が鮮明に聞こえた。スキンヘッドは血を吐き、後方へ吹き飛んで鉄屑の山に背中を打ち付けた。二回ほど痙攣し、動かなくなった。


残りの二人が凍りついた。


彼らはザルを見て、次に陽太郎を見た。青く光るエネルギー袋を持って呆然と立っている、この場の最弱リンクを。


「あのガキを殺せ!」一人が叫び、標的を変えた。


男が陽太郎に向かって走ってくる。濁った日差しを反射して、肉切り包丁が光った。


陽太郎はパニックに陥った。思考停止。スキルなど思い出せない。彼は最も情けなく、最も原始的な生存本能に従った。手にあるものを、敵に投げつけたのだ。


エネルギー袋を。


青い袋が空を切り、野盗の顔面を直撃した。


『バヂィンッ!』


袋が破裂した。青白い電撃が奔流となって迸る。


映画のような派手な爆発エフェクトはない。ただ、肉の焼ける嫌な臭いと、途中で途切れた悲鳴があっただけだ。野盗は後ろへ倒れた。顔面は黒く焦げ、白目を剥いている。眼窩から煙が上がっていた。


陽太郎は立ち尽くした。投げた体勢のまま、手が固まっている。


「お、俺……殺した……?」


口がわなないた。勝利の昂揚感などない。あるのは底知れぬ嫌悪感だけだ。腐ったバッテリーで、人間を殺してしまった。


もう一人の野盗はそれを見て、武器を放り出して逃げ出した。転び、這い、また走り、ゴミ山の向こうへと消えていった。


ザルが黒焦げの死体に歩み寄る。つま先で死体を仰向けに転がした。


「テメェ、今5コイン分をドブに捨てたぞ」彼女は本気で惜しそうに言った。「次は石を投げろ。資源を無駄にするな」


「こいつ、死んでる……」陽太郎は死体を見下ろした。顔の原型はない。過去があり、名前があったはずの人間が、くだらない化学反応で消去された。


「ああ、死んでるな」ザルは平然と死体のポケットを漁り、潰れたタバコの箱と小銭を数枚抜き取った。「アイアン・グレイブへようこそ。ここでは人間の命より、バッテリーの方が高いんだよ」


彼女は立ち上がり、湿気て曲がったタバコに火を点けた。長く煙を吸い込み、陽太郎の顔に吹きかける。


「そんなツラすんな。テメェは冷酷な殺人鬼じゃねえ。パニックで物を投げただけのビビりなガキだ。自分を悲劇の主人公に仕立て上げるなよ」


ザルは彼の肩を強く叩いた。陽太郎はよろめいた。


「行くぞ。あと10個集めなきゃ、昼飯代にもなりゃしねえ」


陽太郎は屈み込み、震える手で錆びたナイフを拾い上げた。


システムウィンドウが視界の端に浮かぶ。


【通知】

獲得経験値:15 XP

現在のレベル:1 (進行度: 15/1000)

新規称号:[致死的なゴミ投げ野郎]


「クソゲーだ……」


陽太郎は呟いた。タバコの煙のせいか、それとも現実の理不尽さのせいか、涙が滲んだ。


強くなった気などしない。ただ、このゴミ溜めで生き残るために、人間性の一部を切り売りした気分だった。そして最悪なことに、その代償はまともな食事一回分にも満たないのだ。


涙を拭い、彼はザルの背中を追った。瓦礫の山に伸びる二人の影は、この荒廃した世界において、あまりにも小さく、無意味に見えた。

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