人間として
次の話はもしかしたら読みたくない方があるかもしれません。
# 4
三日後、俺たちは森の中で魔獣の群れと遭遇した。
巨大な狼のような姿をした魔獣たちが、唸り声を上げながら俺たちを囲んだ。
「包囲されてる……十体以上だ」
ガルドが盾を構えた。
「魔法で援護します」
セリアが杖を構えた。
戦闘が始まった。
俺は聖剣を振るい、魔獣に斬りかかった。一体の腹を切り裂くと、黒い血が噴き出す。
だが、次の瞬間、その血が赤く見えた。
「くっ……」
俺は目を閉じ、頭を振った。また幻覚が始まった。
薬を飲んでいるのに、効果が薄れている。
背後から魔獣が飛びかかってきた。エレナの矢がその目を射抜き、俺を救った。
「ルーク、集中して!」
「わかってる!」
俺は再び剣を振るった。
だが、魔獣を斬るたび、その鳴き声が人間の叫び声に聞こえる。
耳を塞ぎたかったが、戦闘中にそんなことはできない。
ただ、剣を振るい続けた。
やがて、全ての魔獣が倒れた。
俺は膝をついた。息が上がっている。体は無事だが、心が疲弊していた。
「ルーク、大丈夫か?」
リオンが駆け寄ってきた。
「ああ……少し、疲れた」
「無理するな。休憩しよう」
リオンは俺の肩を支えてくれた。
その手は、いつもより強く震えていた。
### 5
休憩中、リオンは俺に薬を差し出した。
「もう一口飲め。効果が薄れてきてるみたいだ」
「わかった」
俺は薬を飲んだ。
すぐに世界が輝き始めた。さっきまでの幻覚が嘘のように消える。
「リオン」
「ん?」
「この薬、何が入ってるんだ?」
リオンの表情が一瞬強張った。
「ただの強壮剤だよ。勇者の体を維持するための」
「そうか」
俺は薬瓶を見つめた。
小さな青い瓶。これが俺を支えている。
だが、同時に、何か大切なものを奪っているような気もした。
「ルーク、変なこと考えるなよ」
リオンが心配そうに言った。
「考えてないさ。ただ、最近調子が悪くて」
「なら薬を増やそう。朝昼晩、三回飲むんだ」
「そんなに?」
「ああ。お前は強大な力を使ってる。それだけ体への負担も大きいんだ」
リオンは俺の手を握った。
「頼む、ルーク。俺の言うことを聞いてくれ。お前を……失いたくないんだ」
その声は切実だった。
まるで、何かに怯えているような。
「わかった。お前の言う通りにする」
「ありがとう」
リオンはホッとした表情を見せた。
だが、その目の奥には、深い絶望が見えた気がした。
### 6
北の砦に到着したのは、その三日後だった。
砦は巨大な石造りの要塞で、周囲には深い堀が掘られ、壁には無数の兵士が配置されていた。
「勇者殿、お待ちしておりました」
砦の司令官が出迎えてくれた。白い口髭を蓄えた、厳格そうな老将軍だった。
「明日、魔王軍との大規模戦闘が予定されています。勇者殿には最前線で戦っていただきたい」
「わかりました」
俺は頷いた。
「敵の数は?」
「およそ500。大部隊です」
500。今までで最大の戦闘になる。
「大丈夫です。俺が全て倒します」
俺は自信を持って言った。薬のおかげで、頭は冴えている。恐怖も迷いもない。
「頼もしい。では、明朝、出撃していただきます」
### 7
その夜、俺は一人で砦の壁に立っていた。
遠くに見える平原。明日、あそこで戦いが起きる。
「ルーク」
背後から声がした。リオンだった。
「眠れないのか?」
「ああ、少しな」
リオンが隣に立った。二人で、暗闇の平原を見つめる。
「なあ、リオン」
「ん?」
「俺たちは正しいことをしてるよな」
リオンは答えなかった。
「魔物を倒して、世界を救う。それが勇者の使命だ」
「……ああ」
リオンの声は小さかった。
「でも、時々思うんだ。もし、もし全部間違ってたらって」
「間違ってなんかいない」
リオンは強い口調で言った。
「お前は正しい。お前は勇者だ。それだけは間違いない」
「そうか」
俺は深呼吸をした。
「リオン、お前は俺の親友だよな」
「当たり前だろ」
「なら、教えてくれ。俺が知るべき真実があるなら」
リオンは長い沈黙の後、口を開いた。
「真実は……お前は世界を救う勇者で魔王を倒せば世界は平和になる...それだけだ」
「ルーク……」
リオンは俺の方を向いた。その目には涙が浮かんでいた。
「お前は、幸せか?今の生活が、幸せか?」
「わからない」
俺は正直に答えた。
「薬を飲んでる時は幸せだ。世界が美しく見える。でも、薬が切れると、全てが恐ろしくなる」
「なら、薬を飲み続けろ。それがお前のためだ」
「でも……」
「頼むから、それ以上考えないでくれ」
リオンは俺の肩を掴んだ。
「俺は、お前に人間として生きてほしいんだ」
「人間として?」
その言葉の意味がわからなかった。
だが、リオンの目は本気だった。
「リオン、お前……何を言ってるんだ」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
リオンは俺から離れた。
「おやすみ、ルーク。明日に備えて休め」
「ああ……」
リオンは砦の中へ消えていった。
俺は一人、夜空を見上げた。
星は冷たく光っている。
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