夢現
どう転がるのでしょうね
### 9
翌朝、俺たちは村を出発した。
村人たちが手を振って見送ってくれる。俺も手を振り返したが、心は晴れなかった。
「次は西の町に向かう。そこで補給をして、さらに奥地へ進む」
リオンが地図を見ながら言った。
「わかった」
俺たちは道を歩き始めた。
だが、その時、俺の視界に異変が起きた。
一瞬、世界の色が変わった気がしたのだ。
鮮やかだった草原が、灰色に見えた。美しかった空が、血のように赤く見えた。
「うっ……」
俺は頭を押さえた。
「ルーク、どうした?」
リオンが駆け寄ってきた。
「いや、ちょっとめまいが……」
「大丈夫か?無理するなよ」
リオンは俺の額に手を当てた。
「熱はないな。でも、顔色が悪い」
「大丈夫だ。すぐ治る」
俺は深呼吸をした。やがて、視界が元に戻った。
「本当に大丈夫か?」
「ああ、心配するな」
だが、心の中で、不安が大きくなっていった。
### 10
その日の午後、俺たちは川のほとりで休憩していた。
エレナが川で水を汲み、マルコが簡単な食事を用意してくれた。
「ルーク、ちょっと来てくれ」
リオンが俺を少し離れた場所に呼んだ。
「どうした?」
「お前に渡すものがある」
リオンは小さな瓶を取り出した。中には青い液体が入っている。
「これは?」
「薬だ。お前の体調を整えるためのもの」
「薬?」
「ああ。勇者は強大な力を使うから、体に負担がかかる。この薬を飲めば、調子が良くなる」
リオンは俺に瓶を手渡した。
「毎日、朝と夜に一口ずつ飲むんだ。忘れるなよ」
「わかった」
俺は瓶を受け取った。
「これを飲めば、あのめまいも治る?」
「ああ、きっと治る」
リオンは笑顔を作った。だが、その目は相変わらず暗かった。
「ありがとう、リオン」
「どういたしまして。お前を守るのが、俺の役目だからな」
その言葉に、何か引っかかるものを感じた。
守る?それとも、監視?
いや、そんなはずはない。リオンは俺の親友だ。
「じゃあ、今すぐ飲むよ」
俺は瓶を開けて、一口飲んだ。
苦い味がした。だが、すぐに甘い後味が広がった。
そして、不思議なことに、体が軽くなった気がした。頭もクリアになり、さっきまでの不安が消えていく。
「どうだ?」
「すごい、体が楽になった」
「良かった。毎日忘れずに飲むんだぞ」
「ああ、わかった」
俺たちは仲間のもとへ戻った。
世界は再び輝いて見えた。草原は緑に、空は青く、全てが美しい。
そうだ、これが正しい世界だ。魔物は醜く、人間は美しい。俺は勇者で、仲間は味方。疑う必要なんてない。
### 11
夜、俺は夢を見た。
暗闇の中、誰かが泣いている。
「助けて……助けて……」
その声は、オークの声だった。
いや、違う。人間の声だ。
「やめてくれ……お願いだ……」
俺は暗闇の中を走った。声の主を探して。
やがて、一人の男が見えた。
男は地面に倒れていて、体中血だらけだった。
「お前は……」
男の顔を見て、俺は息を呑んだ。
それは、俺が殺したオークの顔だった。
いや、オークじゃない。人間だ。中年の、普通の男性。
「なぜ……なぜ俺を殺した……」
男は苦しそうに言った。
「俺には家族がいるのに……子供がいるのに……」
「違う、お前は魔物だ。オークだ」
「俺は人間だ……ただの農夫だ……」
「嘘だ!」
俺は叫んだ。
すると、周りに人影が現れ始めた。
俺が殺したゴブリン、オーク、その他の魔物たち。
いや、全員人間だ。
男性、女性、老人、子供。
みんな血まみれで、俺を見つめている。
「殺人鬼……」
「人殺し……」
「勇者なんかじゃない……」
「違う!俺は勇者だ!お前たちは魔物だ!」
俺は聖剣を抜いた。
だが、剣は光らなかった。
代わりに、剣身に映ったのは、狂気に満ちた自分の顔だった。
「うわああああ!」
俺は悲鳴を上げて、目を覚ました。
### 12
「ルーク!大丈夫か!」
リオンが俺の肩を揺さぶっていた。
「あ、ああ……夢、だったのか……」
俺は額の汗を拭った。心臓がバクバクと音を立てている。
「すごいうなされてたぞ。大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。ただの悪夢だ」
「そうか」
リオンはホッとした表情を見せた。
「薬、飲んだか?」
「ああ、昨日飲んだ」
「ならいいんだが……」
リオンは心配そうに俺を見つめた。
「リオン、あのさ」
「なに?」
「もし、もしもだぞ。俺が殺してるのが、魔物じゃなかったらどうする?」
リオンの顔が蒼白になった。
「何を言ってるんだ、ルーク」
「いや、夢で見たんだ。俺が殺したのは人間だったって」
「夢は夢だ。現実じゃない」
「でも……」
「ルーク、聞いてくれ」
リオンは俺の両肩を掴んだ。
「お前は勇者だ。選ばれし者だ。魔物を倒して、世界を救うんだ。それが真実だ。疑っちゃいけない」
「そう、だよな」
「ああ。だから、変なこと考えるな。薬をちゃんと飲んで、体調を整えろ。いいな?」
「わかった」
リオンは俺を離した。
「もう朝だ。出発の準備をしよう」
リオンは部屋を出ていった。
俺は一人、ベッドに座って考えた。
夢は夢。現実じゃない。
でも、なぜこんな夢を見るんだ?




