旅路へ
勇者の冒険の始まりです
目覚めた瞬間、世界は輝いていた。
窓から差し込む朝日が、まるで祝福のように俺の頬を撫でる。空気は甘く澄んでいて、遠くから聞こえる鳥の囀りは天使の歌声のように心地よい。シーツの感触すら、絹のように滑らかだ。
「おい、起きろよ勇者様。今日は出発の日だぞ」
扉を叩く音と共に聞こえてきたのは、聞き慣れた声。俺の幼馴染、リオンだ。
「ああ、今起きる」
俺は跳ね起きて身支度を整えた。鏡に映る自分の顔は若々しく、目には力が宿っている。黒い髪、鋭い眼光、引き締まった体。これが選ばれし勇者の姿か。悪くない。
部屋を出ると、リオンが廊下で腕を組んで待っていた。金髪碧眼の優男で、俺より一つ年上。幼い頃から一緒に育った、兄のような存在だ。
「遅いぞ、ルーク。今日は王都を出発する日なんだから、もっとシャキッとしないと」
「悪い悪い。でも、なんだか眠りが深くてさ」
「そうか。まあ、昨日は興奮して眠れなかっただろうしな」
リオンの笑顔は、いつも通り優しい。だが、その目の奥に何か影があるような気がして、俺は首を傾げた。
「リオン、お前大丈夫か?なんか顔色悪いぞ」
「え?ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと寝不足なだけだ。お前のこと心配で眠れなくてな」
「俺のことを?」
「当たり前だろ。お前は勇者なんだぞ。魔王を倒す使命を背負ってるんだ。親友として、支援役として、お前を守らなきゃいけない。責任重大だよ」
リオンはそう言って俺の肩を叩いた。その手は少し震えていた気がしたが、きっと気のせいだろう。
### 2
王城の謁見の間は、荘厳な雰囲気に包まれていた。高い天井から吊るされたシャンデリアが金色の光を放ち、壁には英雄たちの肖像画が並んでいる。玉座に座る王は、白い髭を蓄えた威厳ある老人だった。
「勇者ルークよ。よくぞ参った」
王の声は低く、重々しい。
「はい、陛下」
俺は膝をついて頭を下げた。隣にはリオンが、そして後ろには今回の旅に同行する仲間たちが控えている。
「そなたは神に選ばれし者。この世界を脅かす魔王を討ち、平和を取り戻す使命を担っておる」
「謹んでお受けいたします」
「良い返事だ。では、これを授けよう」
王が手を挙げると、侍従が銀色に輝く剣を運んできた。柄には複雑な紋様が刻まれ、刀身は鏡のように磨き上げられている。
「これは聖剣アルディウス。代々勇者に受け継がれてきた、魔を討つ神の剣だ」
俺は剣を受け取った。手に馴染む重さ、心地よい冷たさ。これが俺の武器か。
「ありがたき幸せ」
「リオン」
王はリオンに視線を向けた。
「はっ」
「そなたは勇者の補佐役として、彼を支え、導き、そして……守るのだ。決して、決して勇者を一人にしてはならぬ。わかったな」
「はい、陛下。この命に代えても」
リオンの声は固かった。まるで何かを誓うような、重い響きがあった。
「では、出発せよ。神の加護があらんことを」
### 3
王都の門を出ると、そこには広大な草原が広がっていた。青々とした草が風に揺れ、空は抜けるように青い。遠くには山々が連なり、その向こうに魔王の城があるのだという。
「さあ、行くぞ。まずは東の村に向かう。そこで情報を集めて、魔物の動向を探る」
リオンが地図を広げながら言った。俺たちの旅は、これから始まるのだ。
仲間は五人。リオンを含めて六人のパーティーだ。
まず、盾を持った大柄な戦士、ガルド。寡黙だが頼りになる男だ。
次に、弓使いのエレナ。赤毛の快活な女性で、鋭い目つきをしている。
そして魔法使いのセリア。青いローブに身を包んだ、物静かな少女。
最後に僧侶のマルコ。ふくよかな中年男性で、いつもニコニコしている。
「よろしくな、みんな」
俺が声をかけると、全員が頷いた。
「勇者様のためなら、命も惜しくありません」
ガルドが低い声で言った。
「私たちが守りますから、安心してください」
エレナが笑顔を見せた。
「魔法のサポートは任せてください」
セリアが小さく頷いた。
「回復はお任せを。怪我をしたらすぐに言ってくださいね」
マルコが陽気に言った。
みんな、いい奴らだ。この仲間たちとなら、どんな困難も乗り越えられる気がする。
「じゃあ、出発だ」
俺たちは草原を歩き始めた。風が心地よく、鳥が歌い、世界は美しかった。
### 4
最初の戦闘は、森の中で起きた。
「勇者様、前方に魔物です」
エレナが弓を構えた。俺は目を凝らした。
茂みの奥から現れたのは、緑色の肌をした醜悪な生物。ゴブリンだ。牙を剥き出しにし、よだれを垂らしながら、こちらに向かってくる。
「よし、行くぞ」
俺は聖剣を抜いた。剣身が光を放ち、力が体に満ちてくるのを感じる。
ゴブリンが飛びかかってきた。俺は剣を横に薙いだ。
ズバッ。
一瞬で、ゴブリンの体が真っ二つになった。黒い液体が飛び散り、生物は地面に倒れた。
「やったな、ルーク」
リオンが後ろから声をかけてきた。
「ああ、楽勝だ」
しかし、その時、奇妙なことに気づいた。倒れたゴブリンを見ていると、一瞬、その姿が別のものに見えた気がしたのだ。
「ルーク、どうした?」
「いや、なんでもない」
俺は首を振った。気のせいだ。
「次が来るぞ」
ガルドが盾を構えた。森の奥から、さらに多くのゴブリンが現れた。
俺たちは戦った。剣を振るい、矢を放ち、魔法を唱え、盾で防ぐ。戦闘は激しかったが、俺たちの連携は完璧だった。
やがて、全てのゴブリンが倒れた。
「お疲れ様です、勇者様」
マルコが回復魔法を唱えてくれた。温かい光が体を包み、疲れが消えていく。
「ありがとう、マルコ」
「いえいえ。これが私の役目ですから」
マルコは笑顔で言った。
だが、その笑顔の奥に、何か悲しみのようなものが見えた気がした。
### 5
夜、野営地でのこと。
焚き火を囲んで、俺たちは食事をしていた。マルコが作ったシチューは温かく、美味しかった。
「今日は良い初陣だったな」
ガルドが言った。
「ええ、勇者様の力は本物です」
エレナが頷いた。
「これなら、魔王討伐も夢じゃないですね」
セリアが小さく笑った。
みんなの顔は明るく、希望に満ちている。俺も嬉しくなった。
「みんなのおかげだよ。俺一人じゃ何もできない」
「そんなことありませんよ、勇者様」
マルコが首を振った。
「あなたは選ばれし者。神の力を宿した、特別な存在なんですから」
特別な存在。その言葉が、なぜか胸に引っかかった。
俺は、本当に特別なのだろうか。
「ルーク、ちょっといいか」
リオンが俺を呼んだ。
「ああ」
俺はリオンと一緒に、焚き火から少し離れた場所に移動した。
「どうした?」
「いや、ちょっと話したくて」
リオンは夜空を見上げた。星が綺麗に輝いている。
「昔のこと、覚えてるか?」
「昔?」
「俺たちが子供の頃。一緒に遊んでた時のこと」
「ああ、覚えてるよ」
「お前はいつも、正義の味方になりたいって言ってたな」
「そうだっけ?」
「ああ。困ってる人を助けて、悪い奴をやっつけて、みんなを笑顔にするんだって」
リオンは俺の方を向いた。その目は、どこか悲しそうだった。
「ルーク、お前は今、幸せか?」
「幸せ?」
突然の質問に、俺は戸惑った。
「ああ、幸せだよ。勇者として選ばれて、仲間に恵まれて、世界を救う旅に出てる。これ以上何を望む?」
「そうか」
リオンは小さく笑った。
「ならいいんだ。お前が幸せなら、俺も嬉しい」
「リオン、お前……」
「なんでもない。ただ、俺はずっとお前の味方だからな。どんなことがあっても、お前を見捨てたりしない」
「当たり前だろ。俺たちは親友じゃないか」
「ああ、そうだな」
リオンは俺の肩を叩いた。その手は、また震えていた。
「リオン、本当に大丈夫か?さっきから様子がおかしいぞ」
「大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけだ」
リオンは笑顔を作った。だが、その笑顔は無理をしているように見えた。
「もし何かあったら、言ってくれよ。俺たちは親友だろ」
「ああ、ありがとう」
リオンは背を向けて、焚き火の方へ戻っていった。
俺は一人、夜空を見上げた。星は変わらず輝いている。
だが、心の中に、小さな違和感が芽生え始めていた。
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