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9)仮の婚約者の終わり(1)

本日、2話同時に投稿いたしました。こちらは2話目です。

(ミランダが少し可哀想ですが、理解してくれている人もいます。仮の婚約者の終わり(2)のほうで。)




 数年前、リュデル公爵家は王室管理室にクレイ王子殿下とミランダとの婚約を打診した。

 実際には「打診した」などという生やさしいものではなく、猛攻撃したと言っていいかもしれない。


 エルゼリ・ルディエがどうして選ばれたのかは謎だった。ルディエ家は貧しく、影響力皆無の落ちぶれた侯爵家だ。令嬢、本人も地味だった。誰もが首を傾げた。

 ただし、父たちの認識は違っていた。

「ルディエ家は消えかけた四大魔導家の最後の一家だ」

 ミランダの父はそう娘に教えた。

 ミランダは少し理解できた気がした。我が国は魔導師が建国した国だ。だから、そういう古くさい家の令嬢も入れておいたのだろう。

 ミランダは物心ついた頃から王太子妃になるために躾けられた。マナーも知識も、完璧な淑女になるために教育を受けた。

 クレイ殿下は王立学園の法学科に入るだろう。ゆえにミランダも目指すは王立学園法学科だった。

 過去の受験問題は覚え込むほど繰り返した。家庭教師が予想した問題も飽きるほどやった。合格したのは当然だ。こんなにも努力したのだから。


 ミランダは授業の合間にクレイ殿下と親しくなろうと考えていた。けれど、予想は悪い方に裏切られた。

 ミランダはクレイと同じクラスになれなかった。あんなに自信があったのに、クラスは成績順に振り分けられ、ミランダは隣のクラスだ。法学科の授業は教師が熱心で休憩時間まではみ出して授業がある。課題も忙しく、隣のクラスに行く時間などない。王子が昼に食堂へ来ることもなかった。

 殿下と同じクラスになるために、ミランダはさらに猛勉強しなければならなかった。


 二年でようやく同じクラスになれたが、クレイは側近候補の令息たちに囲まれ隣を確保することが出来ない。挨拶をするのがやっとという有様。

 授業の合間もクレイは教科書や参考書、資料に視線を落とし、ひたすら勉強している。こんなに生真面目な人だなんて思わなかった。

 さらなる挫折にミランダは愕然とした。

 二年に進級してひと月もしないうちに心が折れそうになっていた。

 同じクラスになれたことを知っている父や母からは「少しは親しくなれたのか」「なにかお約束しましたの?」とせっつかれた。

 ミランダがこんなに努力しているというのに。脇からあれこれ言うばかりの親たちにうんざりした。

 クレイが王太子になれないという噂が流れ、他の候補たちが降りたわけを、ミランダは理解していた。


 要するに、クローナもラーシアも二人とも嫌気が差していた。

 そのまま第二王子レインの婚約者候補になった。

 ミランダとエルゼリだけが残った。


 授業の合間に側近候補らと話しているクレイたちは目立つ。

 法律の解釈について盛んに意見を交わしている。

 見ると、側近候補に混じって女性がいた。グレーティ・ローゼ辺境伯令嬢だ。

 彼女まで側にいるのに、なぜ自分が無視されるのか。

「そんな解釈、愚かすぎますわ」

 思わずミランダは、因縁を付けるように言い放った。

「どこが愚かなのかな」

 クレイが訝しそうに言う。

 ミランダはたった今、盗み聞きしていた話を必死に思い起こして考える。交易の関税が不平等だった場合、とかいう話だ。

 領地ごとに関税をつけている場合があるのだ。領地の産物を守るためだ。けれど、行き過ぎた関税は国が許していない。

 その法律は、領地を守るべきか、領民を守るべきか。そんな話だ。

「いつまでも必要以上に弱小業種を守っていたら、国が発展しませんわ。地元の産物が大事って、そんなに保護ばかりしてたら、なにも働かなくてもよくなってしまいますでしょ」

 ミランダはこの法律の説明を聞いたときに思ったことを喋った。

「まぁ、それはあるな」

 側近候補の一人がミランダを肯定した。エドウィという学生だ。

 ミランダは初めてクレイたちの会話に入れたのだ。

 あら、けっこう気分が良いものね。と、ミランダは満足した。

「だが、まだ保護は充分じゃない」

 ライデルというもう一人の側近候補が口を挟んだが、「それは基準が厳しすぎるんだ」とエドウィが反論する。

 ミランダはエドウィの反論に頷いた。

 クレイとライデルの二人が国よりも民を庇う方針なのはわかった。一方、エドウィは国が第一だ。

 双方は正反対だ。

 クレイたちの意見に従うと、国民の生活向上に金がかかり過ぎて、おまけに税収が減る。そのことは、ざっと話を聞いただけでわかった。

 クレイが王になったら、貴族は貧しくなるだろう。


 ミランダは父から「候補を辞退しよう」と勧められた。

「クレイが王太子になるのは難しいかもしれない」と検討され始めているので、今なら辞退は簡単にできるという。理由が王家側にあるからだ。

「でも、法学科でお会いするから、殿下がお元気そうなのは知ってるのよ、お父様。まだ王太子になれないって決まったわけじゃないし」

「そうか」

 公爵はしばし考え「もう少し様子を見るか」と答えた。

 もうクレイには魅力を感じない。だが、王妃の座にはまだ魅力がある。

 ミランダは、すでに王子と親しくしようなどとは微塵も思っていなかった。

 どうでも良かった。王妃になれるならなりたい。それだけだ。

 クレイ王子との夫婦生活など、なにも期待していない。

 彼の性格が嫌いだ。

 容姿は良いと思うが、それだけで好きになるのは自分には無理だった。


 代わり映えも無く日が過ぎ、秋も終わり、冬季の休みも終わった。

 ミランダは婚約者と楽しげに付き合っている従姉妹や友人たちを横目に、勉強漬けの生活をすることに虚しさを感じていた。

 ミランダにとって今年一番の催しは、春に開かれるクレイ殿下の成人の宴だろう。第一王子の成人を祝うパーティは盛大に行われる。


 そのうちに王家から、ミランダのドレスを用意する話が出てくるはずだ。どのようなドレスにするのか、仕立屋は王家御用達で良いのか、希望を聞かれるころだ。

 ミランダは「マズいわね」と心中で焦り呟いた。

 婚約者候補を辞退するのなら、そろそろ時間切れだ。

 今はまだ、ミランダの他にエルゼリ・ルディエが残っている。

「いえ、残る一人になる前では遅いわ、成人の宴の前、よね」

 もしも、成人の宴で王子の隣に立った後だと、さすがに断るのは難しくなる。

 ふと気付くと、いつものメンバーがいつものように話している。

 クレイにエドウィ、それにライデルと、辺境伯令嬢のグレーティ。

「でも、迫害されがちな女性を保護する施設は必要だと思いますの」

 グレーティが珍しく、強い口調でそう話している。

「だから、それは修道院の役目だろう」

 エドウィが呆れたように答えた。

 あまり話を聞いていなかったが、おおよそわかった。もと娼婦や暴力を振るう夫から逃げた女性の保護についてだろう。

 一部の修道院がそういう役割をしているのは知っている。

「充分ではありませんわ。数からして少ないですし」

 グレーティが言い返す。

「そんなことありませんわ。あちこちにありますでしょ」

 ミランダは少々きつい口調で答えた。

「だが、劣悪な修道院もあるし、不便な僻地に多いだろう」

 ライデルが言葉を挟んだ。

「僻地の方が良いですわ。彼女たちのような女性にとっては都合がよろしいもの」

 ミランダは肩をすくめた。

「女性たちを助けやすい場所ではありません」

 グレーティはミランダに向き直った。グレーティがミランダに直接、話をするのは初めてのことだった。

 ミランダは苛ついた。

 戦争のないこの時代、辺境伯など立場の強いものではない。

「なにもわかってないのね。それでは貴族令嬢として失格じゃないかしら」

 ミランダは色んな意味を込めてそう言ってやった。

「それは、どういう意味でしょうか。具体的に教えていただけないかしら。私のわからない点が知りたいです」

 グレーティは嫌みもわからないらしい。

 ミランダはよけいに苛ついた。

 もと娼婦たちは、町や村の者たちから蔑んだ目で見られるだろう。

 だから、僻地の静かな修道院が良いに決まっている。

 当たり前のことではないか。

「そうだね、浚われたり親に売られて娼館に入った女性は傷ついている。同じ女性として助けようと思うものではないのかい」

 それまで聞き役に回っていたクレイが、グレーティの肩を持つような事を言い出した。

 言い方もひどかった。どうしてそんなきつい言い方をするのか。ここは、婚約者の味方をして庇う場面だろうに。

 それにミランダは、助けることは反対していない。

 すると、エドウィが間に入った。

「まぁまぁ、だいぶズレているよ。彼女たちに対しては、こればかりは根の深い偏見とか、いろいろと絡んでくる。話し合ってどうこう出来る問題じゃないだろう。ひとまず話を元に戻さないと単なる言い争いになってしまうよ。そう思うだろう? リュデル嬢」

 エドウィはミランダに頬笑みかけた。

 エドウィがミランダのすぐ隣に一歩、踏み出したおかげで彼の笑顔がすぐ側にあった。

 大人ね、彼。とミランダは感心した。

 遠回しに「根の深い偏見」を持っていると言われたことなど気付かなかった。ミランダは偏見など持っていないつもりだった。保護が必要なことは理解していた。犯罪の被害者なのだから。

 ミランダはエドウィが肩を持ってくれたと思った。クレイより落ち着いてるし、今初めて気付いたが彼は美男だ。

 クレイ以外の男性の顔はどうでもいいと思っていた。

 そういえば、エドウィは女子に騒がれていた。

 彼は頼もしかった。けっこうな優良物件でもある。

 ミランダは、もっと周りを見るべきだった、と気付いた。

 クレイ王子以外にも男はいる。

 法学部にいる有能な男子は、クレイや側近たちだけでもない。

 王妃という地位は、魅力的だ。

 どこが魅力的なのか。

 女性の頂点の地位だ。自分は本当にそれがほしいのか。

 欲しがっているのは、ミランダではなく両親だ。

 ミランダは自分が人生をずいぶん損していたような気がした。

 エドウィが間に入ったことで、グレーティも「そう言えばそうかもしれませんね」と意見を引っ込めた。

 さらに、クレイがさりげなく話題を少し変えてこの場は治まった。


 この日。

 ミランダは公爵邸に帰ると母から声をかけられた。

「クレイ王子の成人の宴で着ていくドレスですけどね、ミランダ。王室管理室に催促しようかしらね。凝った刺繍と、細かいレースを入れさせるのでしたら、早めに準備した方が良いわ」

 途端に、ミランダの耳に、父の言葉がまた蘇った気がした。

「今なら、辞退は簡単にできる」

「今なら、どことも軋轢なしに、傷一つ無く辞退できる」

 ミランダは咄嗟に、

「婚約者候補を辞退したいと思いますの」

 と答えた。

 ミランダは、父から「レイン王子の婚約者候補になりなさい」と言われたが「調子が悪くて、もし面接があったら失言しそうなので休ませてください」と頼み込み、保留にしておいてもらった。




ありがとうございました。明日、「仮の婚約者の終わり(2)」投稿いたします。

明日も夕方20時になります。

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