2)面接
お見合いから一月後。
このたびは一人ずつ王宮に呼ばれての面接が行われる運びとなり、今日はエルゼリの日だった。
父は相変わらず愛人宅に行っていて、母は尻込みして付いてくれなかったのでエルゼリは執事に付き添ってもらった。両親より執事のほうが頼りになるので良かった。
ジークは優秀な執事だ。問題だらけの侯爵家を支えている。よくも呆れずに仕えていると感心する。
ドレスは母のお下がりを侍女に手直ししてもらう。それでなくとも大して実入りのない家なのに父が散財するためドレスを買う金はない。
水浅葱色のドレスはエルゼリの歳の少女が着るには地味な気もするが、侍女の手でレースのリボンを足して可愛らしくしてある。
王宮ではジークは控え室で待機し、エルゼリ一人が面接に臨んだ。
エルゼリが挨拶をすると、
「しっかりしているのね」
と、女神のように麗しい王妃に褒められた。
親の付き添いもなく、たった一人で王家の方々と対面しているからだろう。
「お褒めいただき光栄です」
こういう場合の典型的な返答の一つ目を答える。五つまではジークが教えてくれた。そんなに褒められるわけがない。お世辞をいただいたとしても三つくらいで足りるだろう。
場所は応接間だった。小花の散るクリーム色の壁紙に明るい蔦草模様のカーテンの部屋は王妃の応接間かもしれない。雰囲気が女性らしい。
畏れ多いことに陛下もおられる。クレイ殿下は髪と目の色は国王陛下と同じで、顔立ちは王妃に似ていた。静かに佇むように座っている。なかなか迫力のご一家だ。
さすがに緊張したが、王妃が褒めたとおり、エルゼリは自分でもしっかり者だと思う。なにしろ、ルディエ侯爵家は壊れかけている。腐りかけている、ともいえる。領地の管理は祖父母が信頼する臣下に頼み、両親には手が出せないようになっている。それだけが救いだ。父が散財している金は、最低限の屋敷の維持費、生活費が母のところに入るようになっていて、その金を流用している。
のほほんと育ったわけではない。あんな家、しっかりしなければやってられない。
頼れる執事のジークに行儀作法はみっちり習っているが、王家になにかアピールするなんて大それたことは考えられない。そんな知恵を授けてくれる親もいなかった。
当たり障りのないことを答えて大きな失敗をせずに帰るのが目標だ。一人でこの任務を果たさなければならない。不敬な言動さえ気を付ければなんとかなる。
「ときに、ルディエ侯爵は品行に問題があるそうだが大丈夫かな」
陛下がいきなり爆弾発言をした。
国王陛下はそういう下世話な質問をする人なのか。思わず顔が歪みそうになったが堪えた。
「あまり大丈夫ではありません。申し訳ありません、陛下にまでご心配をおかけして」
エルゼリは小さく頭を下げた。
エルゼリの返答に、今度は王妃とクレイ王子が目を瞬いた。
「オホホ」
王妃は軽やかに笑った。若干、苦笑が混じっていた。
エルゼリは、なにか失敗したのかもしれない。どこにミスがあったのかはわからなかった。あとで執事に確認しよう。
エルゼリは知らなかった。
この場合の正解、つまり貴族令嬢としての無難な答えは、父の不品行は「知らない振り」をして言葉を濁す、だ。
「クレイ。エルゼリ嬢に質問はないのか」
陛下が息子に振った。
「趣味はなんだい?」
クレイは問いを用意してあったのかすぐに尋ねた。王子殿下は意地悪ではないみたいだ。
エルゼリは答えやすい質問が来たので安堵した。
「古武道の体術が趣味です」
「そうか」
質問してきた王子はそれしか応えてくれなかった。
「刺繍とか、そういう趣味はありませんの?」
王妃が尋ねた。
「うっかり刺繍を習うのを忘れておりました」
失敗した。これで、婚約者候補の話はなしだろう。刺繍など、今このときまで趣味の候補にあげたことはなかった。貴族令嬢の趣味の筆頭だというのに。
エルゼリは密かに落ち込んだ。屋敷から逃げることはできなそうだ。
つい、うつむきがちになったが、慌てて顔をあげた。これくらいでへこたれてはいけない。自分はルディエ家代表だ。
「楽器などは?」
王妃がさらに攻めてくる。
でもこの質問は良かった。楽器は祖母の趣味だったので教わっている。祖母は二年前、祖父が亡くなる前の年に病死したが、祖母に習った竪琴はそれからもずっと独学で練習している。
「竪琴を少々。最近は『桜の園』を弾いております」
『桜の園』は上級の曲だ。半ば自己流とはいえ、エルゼリの竪琴の腕は悪くない。
「ルディエ家の領地は特産はなんだったね?」
陛下がゆったりとカップを傾けながら聞いてくる。
「薬酒用の小麦と薬酒ですわ」
エルゼリの声が若干、昏くなる。
良質の小麦は採れない。採れるのは醸造用の小麦だ。それも等級の低いものだ。薬酒の材料になっている。
ルディエ領で、薬酒の醸造も始めたのはもう五百年も前のことだ。当時の領主が工夫を重ねて編み出した醸造法なので、領の秘密になっている。けれど、手間のかかる醸造法なため量産はできない。
そもそも大して広い領地ではないのだ。農作物に有利な土地でもない。取り立てて言うところのない領地だ。だからこそ、そんな領地に住まう領民を大事にすべきなのに。
あのクソ親父。
一瞬にしてエルゼリの心中は父親の罵詈雑言で埋まる。領地を思うたびに腹が立つ。
エルゼリには父親を追い出す力は無いが、万が一、この婚約がうまくいったらどうにかなるかもしれない。でも、エルゼリは跡継ぎだ。それだけが疑問であり、不安でもある。
そんな風に思っていると、陛下がエルゼリの心を読んだかのように話しかけてきた。
「エルゼリ嬢がクレイと婚約した場合。ルディエ家の跡継ぎは親類を養子にしてもらうか。あるいは、エルゼリ嬢とクレイの子が幾人か産まれたら、その子に継いで貰うことになるな。それはどう思うね」
「願ったり叶ったりです」
エルゼリは考えるより先に食いつき気味に答えてしまった。
「ほぅ、そうかい。なぜ?」
陛下は楽しそうに問う。
「我が家にとっては、その方が良いからです」
「なぜ?」
「跡継ぎに関して、優れたご意見番がいてくださるのは我が家にとって救いです」
エルゼリは正直に答えた。
このままでは、あのクズ親父に良いようにされかねないからだ。
「そうか。君はとても聡明だな」
陛下の声には感心した響きがあった。
ありがとうございました。明日は夜20時に投稿いたします。