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13)エピローグ

本日、2話同時に投稿いたしました。こちらは2話目です。




 成人の宴、当日となった。

 この国の宰相も列席していた。

 客を迎えようと、成人したばかりの麗しい王子とその隣に目も覚めるような美少女が立っている。

 エルゼリ嬢の叔母上は傾国の美女と誉れ高い公爵夫人だったな、と宰相は思い出した。少女は叔母上に似ていた。


 聖女も綺麗な娘ではあるが、中身が残念だ。王子と婚約者の二人が仲睦まじくしていれば、おかしな聖女も諦めるだろう。

 宰相は、神官長に頼まれて聖女も招待客に入れてしまった。

 宰相と神官長は元学友だ。神官長は、国教の治癒活動をしてくれる聖女にどうしても甘くなる。

 代々、そうなのだ。神殿は聖女に甘い。

 聖女は神殿に仕えて生涯、治癒魔法を使い続ける。そういう内容の契約魔法を交わされる。

 聖魔法の治癒の力を強めるためには、大地の女神と契約を交わす必要がある。神殿の秘術による。聖女マリーベルも了解して受けている。

 元々は貴族の平均程度しか魔力の無かったマリーベルが治癒師として活躍しているのはそのおかげだ。

 結婚相手も穢れた相手は許されない。生真面目で魔力をもつもの、と定まっている。聖女を国外に出すことも不可だ。つまり、自由が制限される。

 若い女性にとっては辛いこともあるだろう。ゆえに、神殿は聖女に甘い。

 とはいえ見込みのない結婚を求めるとは、このたびの聖女はどうかと思う。あまりに問題のある聖女は修道院送りと決まっている。

 神殿に一度入った聖女は下界に下りられない。女神の名の下に魔法契約を交わしたのだ。破れば天罰がおりかねない。聖女のためでもある。


 エルゼリは緊張を抑えてクレイの隣に立っていた。

 クレイはときおりちらりとエルゼリを見ては頬笑んでいる。

 視線が熱い。

 お洒落を頑張って良かった。頑張ったのは侍女たちだけれど。

 王妃様も「とても綺麗よ、可愛い私の娘」と言ってくれた。

 実母には言って貰えなかった言葉だ。

 そんなことを考えているうちにクレイの挨拶が終わっていた。エルゼリもにっこり頬笑んでお辞儀をする。

 神官長に続いて聖女が挨拶の列に並んだ。

 気のせいか、嫌な雰囲気だ。無表情が怖い。

 綺麗なのに不気味な聖女に、エルゼリは顔が強ばりそうになった。

「クレイ様、お誕生日おめでとうございます」

 聖女がクレイの手を握る。

 周りの皆がぎょっとした顔になった。

 神官長も困り顔だ。

 殿下を「名前呼び」だ。しかも殿下ではなく「様」。さらに、自分から貴人の手を握っている。

 よほどの要人であっても殿下は握手もしていなかった。それには防犯上の理由もある。

 近衛が踏み出した。

 聖女がクレイになにかを囁いた。

 クレイは無言でさりげなく手を振り払い、神官長が「ほら行きますよ」と聖女を促す。

 なにごともなかったかのように誤魔化すために。

 聖女は「まだお話を」と言いながら引き摺られていった。

 もう、色々と無理じゃないか、とエルゼリは悟った。もしもエルゼリがいなかったとしても。

 そんな人に王子妃になって欲しくないし、クレイの隣に立って欲しくない。

 クレイの隣は譲らない。


 挨拶も終わり、宴もたけなわのころ。

 なぜかベラニカが前に歩み出た。

「国王陛下、妙な噂を聞きましたの。ですから、ここでそんなものは払拭したほうが良いと思いましてね、幾つかご用意しましたの」

 ベラニカが口上を述べるように声を張り上げた。

 国王は細めた目でベラニカを眺める。

 こんな女を側妃にしてしまったのは間違いだったな、とこれまでも幾度も思ったことだが改めて思う。

 十年も前に使い込み事件を起こしたが、そのときに金を立て替えてからほとんど没交渉だ。あの事件は不愉快だったが、良いこともあった。あれが手切れ金となって、この側妃は放っておかれている。国王も、大っぴらに蔑ろにする理由ができて良かった。

「第一王子は魔力がないんですって。そんな噂ですのよ。これは、放ってはおけませんわ。そんなことはないと証明しないといけません」

「なにを言っている」

 国王はとりあえず知らぬ振りをした。

 もはや、レインの立太子は可能性がなくなった。

 クレイの魔力の問題が解決したので、レインはなしで良いかと思っていたところだ。

「これは魔導具を持っていないことを確かめる魔導具ですわ」

「そうか」

 国王は鷹揚に頷いた。

「こう使いますの」

 ベラニカが勝手に第一王子の体を調べる。

 近衛が目を剥いて歩み寄るが、国王は視線で止めた。

「それから、これを瞬かせていただけば完了ですわ」

 魔力量を測る魔導具だろう。ご丁寧に、結果が目立つように王笏に似たものを取り寄せたらしい。

 クレイは国王にちらりと視線を向けた。

 王は笑みを隠して頷いた。

 クレイが王笏を手に取る。

 わざともったいぶっておいた。舞台はこの上なく整った。

 王笏を掲げる。

 クレイはゆっくりと魔力を流し込む。

 すると王笏が瞬き始めた。

「え? そんな、いえ、でも、まだ」

 ベラニカがぶつぶつと独り言を呟く。額には脂汗。

 淑女なら動揺を隠すべきだろう。

 クレイはさらに魔力を流す。

 王笏が広間を燦々照らし出すまで流し続けた。


 その後、クレイの立太子を早めることができたので、かえって良かったのかもしれない。

 クレイに魔力がないなどと言う者はもう二度と出てこないだろう。


□□□


 マリーベルは呆然としていた。

 夢のお告げの結果は、こんな風だったろうか。

 あの台詞は、魔法の台詞ではなかった。なんのためにマリーベルは生きてきたのだろう。

 せっかく王子に会えたのに。運命の人に会えたのに。

 せっかく、素敵なドレスを着せて貰ったのに。

 マリーベルは最初、最高級ドレスを着せてくれと神官に頼んだ。

「そんな予算ありません。向こう十年、古いパンと水をすする生活をしていただけるのなら、なんとか王宮の宴で浮かない程度のドレスは用意できますけどね」

 神殿の財務部から絶望的な返事をもらった。

 そこで、神官長が助け船を出してくれた。

「妻のお下がりをあげよう」

 お下がりという点は不満だが神官長の奥方は裕福な伯爵家の生まれで、ドレスは最高級品ばかりだという。

 彼女は小柄なので少し若いころのドレスなら着られるだろうと見繕って貰った。

 マリーベルはドレスの質など知らないが、一目見て高級品だとわかる素晴らしいドレスだった。だが、いかんせんサイズが合わない。

 背丈はさほど変わらないということで、裾は直さなくても良かった。肩幅も、ドレスの袖のデザインに余裕があるおかげで少しきつめだが大丈夫だった。

 問題は胸とウエストだった。胸がぶかぶかだ。

 少し胸の開いたデザインなので詰め物で誤魔化すのはしない方が良いだろう。そこで、宮殿の侍女で裁縫の得意な人を選んで、胸にダーツを入れたのちレースで誤魔化す手直しをしてもらった。

 なんとかなった。

 ウエストは同じレースと同色の生地を足して緩めた。これも、なんとか出来た。全てレースで手直しを擬装した。

「まるで私が寸胴体型みたいじゃない」

 マリーベルが思わず呟くと、居合わせた侍女たちはみな同じ顔をした。

 その通りです。

 侍女たちは胸の内で頷いた。

 ともあれ、これで、わずかな低予算でドレスが出来た。

 靴も、神官長の奥方のお下がりをもらった。少々きつかったが、柔らかい素材の靴だったので靴型で時間をかけて伸ばしたら丁度良くなった。

 髪飾りとペンダントと耳飾りはイミテーションを借りた。

 ホンモノを借りて無くしたらパンと水の生活十年では済まないのでイミテーションで良い。

 見た目だけは淑女に仕上がった。

 立ち居振る舞いはさんざん聖女教育で習ったのだが、ほとんど身についていなかった。やむなく復習することになったが、残念ながら教育係の満足のいく出来にはならなかった。

 気の遠くなるような道程を経てようやくクレイ王子に挨拶をすることができた。

 そっと顔を寄せて、夢のお告げを囁いた。

「魔力のないあなたをお支えできるのは、私だけなのです」

 クレイ王子の目が驚愕に見開かれる。

「私、魔力を注ぐことができます。聖魔法の使い手になら可能な秘術です」

 マリーベルはすぐさま神官長に広間から連れ出された。


□□□


 マリーベルは神殿に戻されるのかと思っていたが、王宮の一室で留め置かれた。

 何時間も待たされた。

 ようやくノックの音がしたと思えば、数人の見知らぬ男たちと神官長がやってきた。

 マリーベルが戸惑っていると、

「神官長殿はしばらく黙っていてください」と、神官長が脇に追いやられている。

「では、質問を」

 男の一人が告げる。皆、いかつい制服を着ていた。

「先ほどクレイ殿下に魔力に関して仰ったことを繰り返してください」

「魔力のないあなたをお支えできるのは、私だけって」

「その情報は、どこから?」

「聖女の予知能力からですわ」

「違いますね。どうやら、前世の知識にそんなようなものがあったらしい」

 読心術らしい。前世の記憶とはなんだろう。マリーベルは夢で見ただけだ。

「正直に話す気はないようだな。神官長、聖女の性格には難があるようですな」

「少々素直さに欠けるだけですよ。難などありません」

 神官長がマリーベルを庇ってくれているのがありがたい。

「クレイ殿下は魔力あげの魔導具などなくても魔法は使えますよ」

 真偽判定の魔導具の反応は、真だ。

「情報が間違っていたの?」

「そのようですね。デマを流していたら、あなたはもっと不味いことになっていましたよ。だが、不敬罪は免れないな」

「誤った申し出をしたのは確かに不味いですが、クレイ殿下を想ってのことですよ」

 神官長が必死に庇おうとする。だが、表情は半ば諦めていた。

「まぁ、聖女殿も色々と犠牲を払って神殿に勤められているわけですけどね。だが、問題のある聖女であることは否めない。生半可でない力をお持ち故に野放しにも出来ないのですよ」

 マリーベルはがたがたと震えながら頷いた。

「あなたは、側妃ベラニカ殿に会われたことは?」

「あ、あの、ベラニカ様と、家臣に呼ばれているかたには会ったことがあります」

「ほう。どこで?」

「おそらく、彼女の屋敷で」

「おそらく、というのは? はっきりしないのですか」

「男に誘拐されるみたいにして連れて行かれたので」

「どういうことです?」

 男が不審そうにする。

 マリーベルはあったことを正直に伝えた。

「なるほど」

 それからまた、マリーベルは部屋に閉じ込められたまま一時間ほどが過ぎた。

 突然にノックされて同じ男たちが部屋に入ってくる。

「聖女殿。首を切られるのと、遙か遠い修道院に閉じ込められるのと、神殿から出ない生活を受け入れるのと、どれが良いですかね。なるべく、あなたの意思を尊重しましょう」

「し、神殿暮らしで」

「了解しました」


 それからマリーベルは、本当に神殿から一歩も出ない生活をしている。

 この生活は嫌ではない。安全だからだ。もうこのまま神殿暮らしで一生を過ごしてもいい。あの夢は間違っていたとわかった。

 初恋が見せた幻だったのだろう。夢を追っていたときは幸せなときもあった。でも、不安なときや焦りで心が疲れ切っていたときもあった。

 あのお告げのような夢はなんだったのだろう。マリーベルに不幸しかもたらさなかった。


 最近、マリーベルは、見習い神官の青年リーロと仲が良い。

 彼は少しロイに似ていた。

 幼なじみで宿屋の息子だったロイはどうしてるだろうと、ふと想ってしまうのが玉に瑕だ。

 マリーベルはときどき思う。

 あの温かい大家族の家庭で幸せを素直に受け取ることが出来たら。また違った人生があったのかな、と。


□□□


「聖女殿は本当に変わられた。ありがたいことです。あんなに反抗的だったのに。まぁ、脅しすぎな気もしますが」

「彼女のためです。それに、脅しすぎでもないですよ。さすがにここまではベラニカ殿も手を出さないでしょうけどね」

「あの子の不敬罪は、不問に付すことにしたんですよね」

「ええ、まぁ」

 様子を見に来た王宮情報部の職員は言葉を濁した。

 神官長も、自分の推測で合っているだろうと確信しているので深追いはしない。

 神殿には独自のルートで入ってきた情報があり、それらは大事に記録されている。案外、情報通なのが神官長だ。

「単にベラニカ殿に恨みを買っているだろうからと、保護することにしただけですよ」

 それは事実だ。あれからレイン王子の立太子の可能性は消えた。ベラニカは大恥を掻いた。聖女に謀られたと愚痴をこぼしているという。マリーベルがこれまで通り気ままに暮らしていたら、聖女はベラニカに報復されるだろう。

 この職員は、暗殺部隊の隊員のごとく厳つい。彼は、様子伺いの務めを終えると速やかに退室した。

 神官長は今後も何事もなく済みそうだと安堵する。

「リロイくんは、自分のことを聖女が忘れていると少しショックを受けてたみたいですが。もうそれでいいことにしたようですね」

 窓からは二人が仲良く、なにか荷物を運んでいる姿が見えた。

 マリーベルは幼馴染みの本名がリロイだったことを知らないのだろうか。今、彼はリーロという愛称で呼ばれているからか。


 聖女はリロイ神官と案外、幸せに暮らした。

 ベラニカが病で亡くなり、もう出ても良いと言われても、二人でここで暮らすと離れなかったほどに。


□□□


 クレイとエルゼリは卒業して十八歳となった年に婚姻した。

 いつもクレイの隣にはエルゼリがいた。

 エルゼリはようやく幸せな家庭を手に入れた。

 ずっと憧れていた。最低最悪の夫婦を親として生まれ、自分がちゃんとした親になれるか不安だったが、大丈夫だった。周りが支えてくれたし、クレイも良き夫、良き父となってくれた。

 親子でピクニックにも行った。自分が幼いころはできなかったことを全部やった。

 草原の敷物の上で家族でサンドイッチも食べたし、川辺で遊んだ。

 病めるときも健やかなるときも。生涯おしどり夫婦だった。


 クレイは王になるとすぐに王室管理室と話し合い、決めた。

 魔力のありなしで王を決めるのは辞める。

 王室管理室は、意外なことにすぐに同意した。

 もう時代にそぐわないし、面倒だと思っていた。

 こんな慣習のために過去に不都合が多々あった時代もある。

 ただ頭の固い者ぞろいだった王室管理室は、慣習を変える方法を見つけられなかっただけだ。

 今さら、どうやって変えればいいのか。


「考えすぎてるのよ」

 とエルゼリは呆れた。

「魔導師の家系にも、稀に魔力の回路に欠陥があって、魔力が少なめの子が生まれるのよ。そう説明すればいいだけだと思うわ」

 クレイはそのシナリオで決めた。

 今後、魔力の低い王子が生まれたら「魔力回路に生まれつき少々の不都合が生じている」と公にしてしまい「それ以外は健康体で支障ない」として、人柄や能力に問題がなければそのまま王位を継ぐ。

 正攻法な方法だ。

 初めからそうすれば良かった。

 クレイの魔力が僅かだった理由もわかった。魔力を溜める機能に問題があった。残念ながら、快癒の目処は立っていないが、エルゼリはクレイの魔力を注ぐことができる。


 二人の間には三人の子が生まれたが、魔力の無い子はいなかった。

 良いことではあるのだろう。でも、クレイはそれが少し残念に思えた。

 魔力がないなんてなにも不幸ではないと、言ってあげたかったからだ。

 クレイが幼子に「魔力なんてあってもなくても人生に変わりはない。自分の捉え方と生き方しだいなんだよ」と重い説得力とともに優しく諭したのは、何十年ものち曾孫にだった。




お読みいただきありがとうございました。

感想やご支援、心より感謝いたします。

おかげさまで完結いたしました。


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