10)仮の婚約者の終わり(2)
二話同時に投稿いたしました。こちらは一話目です。
ミランダ・リュデルの家から婚約者候補辞退の連絡が来た。
クレイは「なんとか片が付いたな」と安堵した。
ようやくクレイの婚約者はエルゼリに決まったと発表できる。
これで、成人の祝いではエルゼリに隣にいて貰える。
ミランダが婚約者候補でなくなった明くる日。
エルゼリがいつものように王宮を訪れた。
クレイはエルゼリの好きな果物のタルトを用意させた。
エルゼリは部屋に入ってくると、テーブルのタルトを見て頬笑んだ。
クレイは、私を見て頬笑んでほしかったな、と好物を用意させたのは自分のくせに思う。
「ごきげんよう、殿下」
「クレイって呼んで。もう、二人きりだよ。少し寝不足みたいだね」
クレイは隣に座ったエルゼリの頬に指で触れる。
エルゼリは気まずそうな顔をした。
メロウから最近、エルゼリは王子妃教育に根を詰めていて睡眠時間を削ってなにやら調べ物をしている、という報告を受けていた。
「なにを調べてたのかな?」
「魔法と、それが使えるか、法律関係と。それから、財政的なこととか」
「どんな魔法? 王子妃教育関連かな? 勉強はきついの?」
クレイが立て続けに尋ねると、エルゼリは、「あの、その」と口ごもり、迷いながらようやく白状した。
「将来、もしかして、クレイと孤児院とか訪れたときに、なにも出来ない人間が一緒に行っても気まずいかな、と思って。役に立つことを」
「エル。そんなことを考えてくれたのかい?」
「いえ、まだ、ほんの少し考えただけだから。ただ、下水工事のお手伝いを」
「またずいぶん思いがけないことを」
ホント、私の婚約者どのは。クレイはつい困り顔になった。
王子妃が下水道工事なんて、ふつう考えるか。
「いえ、少し考えたんです。工事のお手伝いをしたいとしますよね。魔法で工事をすると、工事する人の仕事を奪ってしまうし。それに、魔力の限界がある。でも、土を柔らかくすることは出来るなぁ、と思って。そういう魔法あったと思って。で、探したらホントにあったので。試してみたところ出来そうな感じだったので使えるかと」
「なるほど」
エルゼリが庭や草原で畑仕事をしていたのは、それか。
「下水がちゃんとしてないと、病気が流行りますからね」
エルゼリが熱心に言う。
「ホントにそうだね」
「そうです。土魔法の可能性も開けます。土魔法って、土塊を使った防御壁を作ったり、ゴーレムを作ったり、土槍で攻撃したりが普通ですよね」
「あー、うん、よほどの熟練した大魔導師ならね」
「そうでもないです、私でも出来ますから」
「出来る、んだ」
クレイが遠い目をする。
「あとは、魔力を注ぎながら耕して魔草のための畑を作ったりとか。土魔法属性の使い道の有名なところですね。それで、その、薬草のための畑作りをできる魔導師なら、下水道工事のための柔らか土作りができます。水魔法で水を生成しながら、土魔法と合成するんですけど」
「ええと、二属性以上の魔法の合成ができる魔導師は、滅多にいないはずだが?」
「え? そうですか。えっと、でも、大丈夫です。魔導具で生成した水でも使えますから。魔力を帯びた水、というところがポイントなんです。その水を土魔法属性の魔力を絡めながら土に含ませるわけです。水は少しでいいんです。ほんの僅かでも混ざりさえすれば。それで、魔法が効いている間に掘削作業をすると、さくさくと、ビスケットを掘るみたいにできます」
「それは凄いね」
「そうなんです。じゃんじゃん工事できます。予算の問題は少し解決です」
クレイは「すごいよ、ありがとう」とエルゼリを抱きしめた。
魔導師を使う工事は技術的なもの以外にややこしい問題が生じ、エルゼリもまだ魔法の確認が終わっていないが、検討する価値は充分あるだろう。
クレイはエルゼリが帰ったのち、実際に計画書を作ってみた。
そのころ。
国王夫妻は、王室管理室から、
「国教の方より、聖女とクレイ殿下の婚約の打診が来ております」
という報告を受け取った。
□□□
明くる日。
クレイは、側近候補のライデルにエルゼリの「下水工事」の魔法について教えた。
ライデルは「それは凄い」と手放しで褒めた。
「良かったですね、エルゼリ嬢に婚約が決まって」
ライデルが優しげに頬笑む。
「ああ、本当に」
クレイは昨日、国教の方から聖女との婚約の打診が来ていたことを、ちらりと思い出した。
国王夫妻は「検討する」と一応、答えたがクレイには「確実に断るから安心するように」と請け合ってくれた。
もう面倒はこりごりだ。国王も王妃もエルゼリをとても気に入っているし、クレイがエルゼリを愛していることも知っている。
聖女など入り込む余地は無かった。
「ミランダ嬢は、自分が婚約者に決まったとか一時期、言っていたみたいですけどね」
ライデルが苦笑した。
「とんでもないな」
クレイも思わず顔を歪めた。
傲った貴族丸出しのミランダを、クレイは密かに嫌っていた。
以前、グレーティたちと「女性を保護する施設」について話していたときもそうだ。
ミランダは、被害者女性を蔑んでいた。
そんな女性が王妃や王子妃になるなど許されない。
グレーティは「彼女はそんなに蔑んでいる感じではなかったですけどね」と首を捻っていたが。
傲った貴族女性で、本当に蔑んでいるような場合は、もっと過激で攻撃的な態度をするのだという。
自分の身近に「そういう施設があるのは我慢できない」と。彼女らは自分が正しいと思っているし本気で嫌がっているので、もっと苛立たしいことを言ってくるという。
けれど、ミランダは違った。ミランダも傲慢なところはある。はっきり物を言う性格でもある。それなのに、違ったのだ。
そういわれれば、ミランダははっきりと考えを言わなかった。保護の施設は僻地にあるほうがいいという時も、女性たちにとってそのほうが都合が良いという言い方をしていた。
クレイやライデルたちは女性の心情などよくわからないので、グレーティの言うことを参考にしておくことにした。
クレイが以前にエルゼリと同じ問題について話をしたとき、エルゼリは「治癒院のそばに建てた方が良いですよね」と言っていた。
「きれいな花壇の庭もあったらいいのでは」とも。
クレイにとっては、そんな風にわかりやすい女性のほうが付き合いやすかった。
□□□
グレーティはエドウィとの婚約話にため息をついた。
ローゼ辺境伯家は、先々代当主が当時の陛下と学生のころに親友付き合いをしていた。それから王家とは親しい間柄だ。ローゼ家の子息は幾人も王宮で要職に就いた。
そんな関係からか、クレイ王子のお見合いの席にグレーティは参加させられた。なぜか伯爵家枠だった。辺境伯も伯爵家と言えなくもない。数合わせのためだ。伯爵家の令嬢も一人くらいほしかったのだろう。それに、グレーティだったら王家は気を遣わずに済む。
だから、あの茶会の場で情報漏洩があったことを知っていた。
その情報漏洩した家の令嬢が、わざわざ候補になったことも知っていた。仮の候補なのが丸分かりだった。
クレイ王子の態度の素っ気なさも見ていて知っている。
ライデルとエドウィも協力していた。エドウィは、ミランダがいるときと居ないときとでは、態度も言うこともまるで違った。
そういうやり方って、どうよ、と思う。仕方が無いのだとしても、彼女らの家は確信犯としても、令嬢たちは被害者かもよ? と。
レイン王子を押しつけられたら気の毒だな、と思っていたら、ミランダはレイン王子との婚約を避けている様子だ。
頑張れ、と思わず応援してしまった。
グレーティも、エドウィとの婚約は保留にしてもらった。




