表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

第2話 異世界転生

 かたかた。

 キーボードを打鍵する音が、八畳一間の空間に木霊する。

 パソコンのモニターが二つ。

 その片方ではMMORPGの画面が光を放っている。

 部屋には足の踏み場もない荒れ模様。

 ラノベやマンガ、そしてゴミの山が、そこに住む者の精神を現している。

 ここに住む五部ごぶ林太りんたの精神は病んでいた。

 毎日、自慰行為をしてギリギリの精神を保っていた。

「主人公がなんだ。俺だって……」

 グズってもしょうがない。

 ゲームに集中する。

 俺はゲームの中なら主人公なんだ。

 誰になにを言わせようとも、俺だって必死に生きているんだ。

『リン、よくやった』

 ゲームの会話ログに隊長からのメッセが届く。

『やっぱりリン君すごいよ!』

『さすが次期リーダー』

 そうゲームの中ならみんなに頼りにされる最高のプレイヤーなんだ。

「リンタ、醤油買ってきて!」

「母さん、今ゲーム中」

 部屋の前で母さんが呼びかけてくる。

 そんな母さんに苛立ちを覚える。

 醤油くらい自分で買ってこいよ。

「今日は刺身なのに……。残念ね……」

 刺身。

 その言葉にぴくっと指が跳ねる。

「お父さんも帰ってくるから、せっかくコハダのいいところ、もらってきたのに」


 コ ハ ダ


「わかった。行くよ」

 俺はゲーム仲間に一時離脱を告げると久々に私服に袖を通す。

 ボサボサになった頭を少し整えて財布を握りしめる。

 近くのスーパーは徒歩で片道十五分くらい。

 俺にとっては長い道のりだ。

 母さんにお金とエコバッグを受け取ると、玄関脇にある自転車、海王丸にまたがる。

「五部林太、行きます」

 情感たっぷりめに言うとペダルを漕ぎ出す。

 晴れやかな夏の空。

 湿り気のある風を全身で浴びながらスーパーに着く。

「あれ? 五部じゃん」

 話かけてくる他校の制服を着たギャルが一人、歩み寄ってくる。

 誰だ?

「あーしだよ、あーし」

 ギャルはこれで分かると思っているらしい。

 あーし詐欺には気をつけよう。

「わかんないかー。広瀬ひろせ菜由なゆだよ! 一緒に海水浴行ったじゃん!」

 何が可笑しいのか、ケラケラと笑う広瀬。

「広瀬……」

 その名前には心当たりがある。

 昔仲良くしていた部活仲間だ。

 まあ広瀬がモテすぎて、仲間のほとんどが仲間割れ。解散に至ったのだけど。

 当時からモテない俺には関係ない話だった。

「あははは。あーしのこと覚えていないとか、初めてなんだけど!!」

「いや、まあ……」

 ニタニタと笑うと広瀬はぼけっとしている。

「笑い方キモいかも」

「ほうっておけ」

 俺は苛立ちを覚える。

 笑い方くらい好きにさせろ。

「じゃあ……」

 離れようとすると広瀬はしたり顔をする。

「ははん。あーしには見せたくないもの買うのかな?」

「え。醤油だけど?」

「じゃあ、もうちょっと一緒でもいいよね?」

 どういうことだ。

 俺と一緒にいてもメリットなんてないのに。

「い い よ ね?」

 圧が強くなった。

 笑顔が怖い。

「はい」

 豆腐メンタルかつ陰キャな俺はそう答えるしかなかった。

 広瀬と一緒に買い物をし、帰り道を歩く。

「あんた、なんであーしのこと避けているのよ?」

「え。いや、ええっと」

 俺は困ったように眉根を寄せる。

「陽と陰の、違い、かな……?」

「なにそれ。誰が決めたのよ」

 寂しそうに呟く広瀬。

「あーし、アニメの話をしたいんだよ?」

「えっ……」

 オタクに優しいギャルなんて本当にいるん?

「どういう、ことだ……?」

「そのまんまの意味だよ。あーしの友達、みんなアニメ嫌いでさ」

 広瀬は遠くを見つめるような声で語り出す。

 ついでにアニメの話をする。

「おお。あの実妹、可愛いよな!」

「そうそう!! あの子健気でかわいんよ」

 うんうんとうなずき、アニメキャラのことを語り合う。

 あれ。これ意外と楽しいかも。

「もうこんな時間だ。また学校で会おうよ」

「俺は……」

 ずっと通っていない学校への誘い。

 みんなの冷たい視線が怖い。

「大丈夫だよ。あーしがなんとかする」

 広瀬の言う通りになると思う。

 スクールカースト上位だし。

 彼女の言葉なら、聞いてはくれるだろう。

「あーし。あんたともっと話したいんだよね」

 広瀬は嬉しそうにはにかむ。

「……わかった。行くよ」

「本当!?」

 広瀬は勢いよく俺を抱きしめる。

「ありがと! えへへへ」

 嬉しそうにギュッと強めてくる。

「ええっと。広瀬、さん……?」

 戸惑いしか覚えていない俺。

 はっとした顔で身体を離す広瀬。

「ご、ごめん。嫌だったよね?」

 いやむしろ眼福ものでした。

 柔らかな双丘に、いい匂い。華奢な身体。

 すべてが俺の脳髄を刺激した。

 とてもいい経験だったと思う。

「じゃあね」

 広瀬はそう言い遠くから手を振っている。

 手を振り返すと嬉しそうに駆けていく。

 俺はその手を見つめながら、自宅へと向かう。

 醤油片手に。

 いやいい経験をした。

 今後も楽しみがありそうだ。

 ルンルン気分で歩いていると、目の前にトラックが現れる。

「やばっ」

 かわさなくちゃ。

 そう思ったが、身体が思うように動かない。

 身体を衝撃が襲おう。

 飛ばされた身体が見た景色は酷く酔う。

 地面を転がり、目を開けたときには全身の痛みが襲ってきた。

 やば。

 痛い。

 でも明日は広瀬との約束があるんだ。

 陰キャから脱却する瞬間が待っているんだ。

 俺はこれから広瀬と素敵な時間を過ごすんだ。

 そしていつか友達と、恋人と、楽しい時間を過ごして、そして。

「大丈夫か!?」

 近くにいたらしいおじさんやお姉さんがしきりに話しかけてくる。

 もう何を言っているのか、聞き取れない。

 彼らは何を言っているのだろう。

 耳が遠くなる。

 血の気が引いていく。

 全身から力が抜けていく。

 これが――。


 死。


 死ぬんだ。俺。

 何もしていないのに。

 ああ。そういえば広瀬と一緒に転生もののアニメの話をしたっけ。

 あれって伏線になんねーかな。

 俺も次世代に転生できねーかな。

 俺、まだ死にたくないよ。

 広瀬と一緒に想い出を作りてーよ。

 くそ。うごけ、動いてくれ。この身体!

 気合いをいれても、何も変わらない。

 何も変えることなんてできやしない。


 ここは……どこだ……?


 俺は目を覚ますと異様に真っ白い世界に居た。

 丸机と丸椅子のそろった綺麗な白亜の世界に。

「あら。人間がここに来るのは久しぶりね」

 揚々とした口調でしゃべり出すのはこの世界の主。

 丸椅子に腰をかけた、まるで十七歳くらいの女子。

 彼女は綺麗な金髪を腰まで伸ばしており、美しすぎるほど整った顔立ちをしている。

 着ているものは上品で白と青を基調としたもの。透けてみえる布地も見える。

 とても静かで神々しい姿をしている。

「ふふ。そんなに怯えなくても大丈夫ね」

「失礼ですが、あなたは?」

「わたくしは、女神ノルン。運命の人ね」

 運命?

「俺は導かれた、ということか?」

「そうね。でもそれは世界の調停者という意味ではないね」

 調停者?

 よく分からないことを言うな。

「ふふ。安心しなさい。あなたは新しい世界で、新しいことをすればいいわ」

「新しいこと?」

 上擦った声を上げる。

 ここまでの事態を飲み込めずにいた。

 俺は誰と話しているんだ?

「きみはわたくしのしもべになるわ」

「はい。わかりました」

 自分の意思とは別に身体が答える。

 どうなっている。

 この身体は自由に動かないぞ。

「さ。新しい世界で、あなたの欲望をぶちまけなさい」

「了解。俺は欲望のままに生きる」

 そう言って女神ノルンの導き通りに、ブラックホールへと飛び込む。

「そうそう。あなたには素敵なプレゼントをしてあるわ」

 プレゼント?

 そんなものがなくても、俺は次の世界で転生し、すべてを奪ってやる。

 思考が分散していく。

 ああ。俺は野蛮人なんだ。

 すべてが酷く憎い。

「はかい、する……」

 それが最後に発した言葉だったかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ