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第1話 ゴブリン

 ゴブリン。

 それはこの世界での弱者を意味する。

 肌は緑がかっており、黄色い眼をし、細い体躯に膨らんだ腹。

 人に似て武器を扱うことはできるが、武器を作ることはできない。

 短剣で切れる肉体、魔術により燃える身体、幻術に負ける精神。

 倒すべき悪魔。

 イタズラ好きで、人を敵と見なす危険性。

 ゴブリンを倒す者――ゴブリンスレイヤーという異名すら持つ手合いが現れるほど、ゴブリンは人間から嫌われている。

 酷く弱く醜悪な存在。

 人々から食べ物を奪い、武器を奪い、命を奪う。

 女を奪い孕み袋として使う。

 ゴブリンはオスしかいない。だから多種族の身体を使い増殖する。

 それを人は快く思わない。

 もちろんだ。

 人を強姦する魔物など、ただの驚異でしかない。

 醜悪なものでしかない。

 その認識は絶対に間違っていない。

 追記するなら、彼らには知能がある。

 人を騙し奪いそして使う。

 それだけの知性がある。

 二階建ての家屋には梯子を使うし、他の魔物を呼び寄せてなすりつけるなんてこともする。

 それはもうひどい奴らだ。

 ゴブリンの印象は理解できたかな?

 俺たち〝勇者〟はそのゴブリンを狩る者たち。

 俺の名は『今野こんの竜斗りゅうと』。ゴブリンを狩り、この世界から《《悪》》を討ち滅ぼすために集められた、最強の勇者集団。

 俺が持つエクスカリバーでこの世界を平和にして見せる。

「ゴブリン、覚悟!!」

 俺はそう言いエクスカリバーを抜き放つ。

 その聖剣は今までに見たことのない光を、輝き放つ。

「その人を離したまえ!」

「ぎ?」

 ゴブリンがこちらを見て高笑いを上げる。

 その光景に否が応でも嫌悪感を覚えずにはいられない。

 この世界ではスキルは強奪される。

 今ここで勇者である俺が死ねば、それはゴブリンのスキルになってしまう。

 故に死は許されない。

 世界の重みを肩で感じながらその乱れた息を整える。

 だが、俺はそんなプレッシャーにも負けない。

 だって俺は世界を救うためにこの世界にやってきたのだから。

 世界の命運を任されたのだ。

 負けるわけにはいかない。

「行くぞ。修司しゅうじ実莉亜みりあ

 俺は仲間に声をかけて、目の前に迫るゴブリン集団に挑む。

「ザコが徒党を組もうとも!!」

「消えろ!」

 修司と実莉亜も頑張っている。

 このまま何ごともなく倒せればいいが。

 実莉亜の魔法『ゴッド・キャノン』が火を噴く。

 千の火球を生み出すとゴブリンの群に襲いかかる。

 修司が鉄球を振りかざす。

 ゴブリンが散っていく。

 その様に俺は身震いする。

 歓喜。

 それは喜びを露わにする瞬間。

 俺はゴブリンを殺すことに喜びを感じている。

 最高だ。

 さっさと倒して俺たちは次のステージに行く。

 今はザコ敵相手に活躍しているが、そのうち国を揺るがす戦いを任される。

 それが勇者ということだ。

 日本から異世界召喚されたときはどうなるかとヒヤヒヤしたものだが、あのうざったい義兄もいない。

 こっちでは日頃の鬱憤を晴らさせて頂くというもの。

 俺はこっちで好き放題やらせて頂く。

 勝つ。

 それだけだ。

「ん?」

 ゴブリンの流れが変わった。

 これは……?

 一斉に風下へ向かうゴブリン。

 イヤーワン平原から届く、潮風はこの辺りでは有名だ。

 俺は気に食わないが、この風を知っている。

「修司、回避しろ」

 俺はとっさに叫ぶ。

「あん? なんで?」

 修司は分からないと言った様子で囮のゴブリンと張り合っている。

「さっさと撤退だ。実莉亜。サポートしろ」

「そんな必至になってどうした?」

 修司が未だに分からないと言った様子で眉を寄せている。

「きた」

 火の手がすぐ迫ってくる。

「火事? なんでこんな……」

 修司が顔をしかめて、鉄球を捨てる。

 ゴブリンを蹴り、その反動で回避を試みる。

 さらに火の手の奥から矢が飛んでくる。

「気をつけろ。毒矢だ」

「気をつけろ、って言ったって、どこに!?」

 実莉亜が困惑した様子で結界を張る。

 さらに後方二百から火球が襲ってくる。

「バカな。このコンビネーションは!?」

 飛んできた火球は爆発となり、周囲を燃やす。

 この地形を利用した、うまい手口だとは思う。

 だがゴブリンごときにこの戦い方は聞いたことがない。

 俺は実莉亜と修司を連れていったん撤退を決める。

「撤退だ。西門、奥。二十に行く」

「了解」

「分かったにゃ」

 二人は相づちをうち、戦闘空域から撤退を開始する。

 初任務で無様な失態だが、俺は二人を死なせるわけにはいかない。

 それにゴブリンを操作する奴がいる。

 そいつが誰かは知らないが、俺たち勇者、引いてはデュオ王国にたてつくつもりだ。

 そんな奴を許しておくわけにはいかない。

 今度会ったら、確実に叩き潰す。

 今逃げるのだって、次のためだ。

 敵の勢力やクセを知るために勇気ある撤退をしなければならない。

 そうだ。

 これは撤退じゃない。

 ただの偵察が任務だったじゃないか。

 それをあいつが無理にでも戦闘しようと言い出した。

 それが全ての始まりだった。

 俺は悪くない。

 悪いのは全部あいつだ。

 俺をバカにし、こけにし、嘲笑したあいつが。

 この世界に来る前に、俺を貶めたあいつが悪いんだ。

 俺はあの義兄を許さない。

 そうだ。すべてあいつが悪い。

 どろりとした黒い感情を露わにし、目の前に立ちはだかるゴブリンの群を睨めつける。

 殺してやる。

 あいつと同じ匂いがする。

 醜悪で、気持ちが悪いあいつの。

 最低な奴だ。

 胸中で呟く言葉は、自分の性格の醜さを露わにしていると気がつかない勇者は、修司の捨てた鉄球を片手にゴブリンを蹴散らし、退路を作る。

 やりたくないが、こっちだって生きていたい。

 こんなところで、しかもただのザコ敵ゴブリンに殺されてたまるか。

 斧や鍬を持ったゴブリンがギロギロとした目付きでこちらを見下してくる。

「必ず、お前らを殺しにくるからな!」

 ゴブリンロードでもいるのか?

 この世界にいてはいけない存在だと言うのに。

「くそ」

 苛立ちを言葉にし、不満を呑み込む。

 絶対にゴブリンは殲滅してやる。

 思えば、この時からゴブリンに執着するようになっていた気がする。

 勇者と名高い戦士が、闇に落ちる瞬間でもあった。

 俺は勇者だ。

 その気概が、思い上がりが、俺らを失脚させた。


 ゴブリンは嫌いだ。


 きっと睨み付けると、近くにある拠点に向かい馬車を走り出させる。

 ゴブリンの勝ちどきが聞こえてくる。

 馬車の中で耳を塞ぐ以外に、俺にできることはなかった。

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