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踏めば助かるのに…

作者: 神河アサヒ

「踏めば助かるのに……」

「うおおお! ほんとに喋った!」


 ある温かな春の朝。

 我が家に新しい家族がやってきた!


 彼の名前は「鬼畜ロボ」。

 日頃の悩みや解決したい問題について相談すると、その名の通り鬼畜な正論で解決策を提示してくれるスグレモノだ。

 価格はAmazonで4,980円(税込)。そのお手頃な価格から彼は瞬く間に人気者となり、いまや一家に一台鬼畜ロボの時代となっている。

 

 「鬼畜ロボ」は昨年流行語大賞にも選出され、もはや日本人に彼の名を知らぬ者はいないといえるだろう。

 そのシュールな見た目に魅せられ、普段は流行に疎かった陰気な者たちもこぞって彼を購入した。

 かくいう俺も日雇いのバイトで稼いだなけなしの津田梅子を生け贄に、鬼畜ロボと北里柴三郎を召喚した一人である。

 あまりの人気に製造が追いつかず、俺は購入から一ヶ月も待たされることとなった。

 そして今日、ようやく彼が俺の住処――築50年超オンボロアパート一階の角部屋――へと到着したのだ。


 俺は嬉しくて、彼にどんどん質問を投げかける。


「オーケー鬼畜ロボ? なかなか彼女ができないんだけど、どうすればいいのかな?」

「痩せればいいのに……」

「そのくらい分かっとるわい!」

 

 分かりきった解決策の提示に、俺は頭を抱えた。

 

 彼にはデリカシーがない。

 人間的な感情の機微を察知する能力に欠けており、切れ味抜群の正論を平気でズバズバぶつけてくる。

 しかしそんなところもまた、彼の大きな魅力だといえる。

 少しでも厳しい言葉を浴びせられるとすぐにパワハラ。性格の問題点を指摘されるとモラハラ。外見に関することやデリケートな話題であればセクハラ。

 まさに一億総ハラスメント時代となった現代において、忖度なく本音をぶつけてくれる相手というのは非常に希少だ。

 

 人々は傷つくことを恐れすぎるあまり、鋭い言葉の刃に対してすっかり免疫を失ってしまった。

 日本人は次第に、自分がいったい何者なのかまるで分からなくなっていった。

 

 鬼畜ロボは、まさにそのような社会的ニーズに合致した画期的な製品である。

 厳しい言葉で人々に危機感を抱かせ、問題解決のための行動を後押ししてくれる。

 

 ちなみに元々は、歴史上の出来事に対し現代的な価値観から的外れな意見をぶつけ、当時の情勢について深く考えるキッカケを作ろう……という目的で開発されたようだが(その証拠に説明書には動作確認用として、「私は江戸時代の隠れキリシタンである。なんとしてでも助かりたいので、解決策を提示してくれ」という趣旨の質問などが複数記載されている)、その用途ではほとんど使用されていない。

 対話型AI搭載ロボットとしては破格の値段だが、単なる歴史学習用の教材としては高い。

 きっとメーカーも、それを分かった上で売り出しているのだろう。

 でなければ、「鬼畜ロボ」なんて命名はまずしないからな。


「――じゃあさ、痩せるにはどうしたらいいの?」

「食事制限をして、プロテインを飲み、ジムに通って、毎朝5km走ればいいのに……」

「うん、ぜったい無理だよ!?」


 ちょっと、なんで俺が太っているか知ってます?

 俺は根っからの出不精で二郎ラーメンを生き甲斐とする、万年金欠系底辺陰キャ大学生なの!

 なんか説明口調になっちゃったのは置いといて、それができれば苦労してないのよ!

 

「もうちょっとさ、その、現実的な案を……」

「楽に痩せられる方法なんてないのに……」

「とは言ってもさぁ、無理なものは無理なんだもん。頼みますよぉ」

「何かを変えたいなら、何かを捨てるしかないのに……」

「!?」

「本気で人生変えたいなら、死ぬ気で努力するしかないのに……」

「!?!?」


 ……そうだった。コイツの意見は鬼畜だが確かに的を得ている。

 変わりたいのなら、死ぬ気で努力するしかない――紛れもない正論だ。

 

 美樹先輩。以前働いていたバイト先の先輩で、晴れ渡るような笑顔がトレードマークの素敵な女性。

 美人で優しくコミュ力も高い。まさしく雲の上の存在。

 こんな俺にも優しく接客を教えてくれ、おかげさまで無口な俺も少しは人と喋れるようになった。

 俺は彼女を慕い、憧れ、恋い焦がれた。

 

 ――しかし美樹さんとは、ここ半年の間、まったく顔を合わせていない。

 彼女には好きな人がいた。俺たちのバイト先――マックドナルド吉祥寺東店の、吉村副店長である。

 彼は自他ともに認めるイケメンであり、口から覗く白い歯の眩しい典型的な陽キャだ。

 

 ああ。勝てないな。

 美樹先輩から吉村さんへの思いを告白されたとき。あのときの俺はそう思った。

 なにせあれほどの美人だ。吉村さんだってイケメンだが、落とせないハズがない。

 

 俺は諦めた。

 美男美女カップルの成立だ。おめでたいじゃないか。

「がんばってください。先輩ならきっと、吉村さんを落とせますよ」

 あのとき先輩が見せた最上の笑顔を、俺は未だに忘れられない。

 それが、俺と彼女の、最後の会話となっている。


「外は快晴なのに……いつまでも家に籠もってないで、早く走りにいけばいいのに……」


 気が付くと俺は毛玉まみれのジャージに着替え、首に白いタオルを巻き、小さなクマ柄の水筒を片手に持ちながら、近所の河川敷を走っていた。

 普段は多少なれど気になるハズの周囲の視線も、まったくと言っていいほど気にならなかった。

 俺はとにかく、無我夢中になって走り続けた。

 再び自宅の玄関先に立ったときふと見上げると、西の空は朱く染まり、東の空では一番星が輝きだしていた。


「汗臭いから、ちゃちゃっとシャワーを浴びてくればいいのに……」

「はあ……はあ……へへ」


 いま思えば、俺の人生最大の転換点とはまさにその日のことだったのだろう。

 

 


 半年後、俺は見違えるようなイケメンとなっていた。

 

 「ダイエットは最も効果の高い美容整形」とはよく言ったものだ。ルックスが格段に向上し、俺の自己肯定感は脱臼しそうなほど見事に右肩上がり。

 先月からは遂にジム通いを始め、その効果の高さに驚かされる日々を送っている。

 二郎はやめた。サラダチキン片手に飲むプロテインの方が、俺にはずっと旨く感じるからね。

 

 よく育った腹筋を撫で、にやにやしながら東京の街を歩く。

 なぜ出不精だったはずの俺がにやにやしながら出歩いているのかって? 理由は他でもない。近所のコンビニでサラダチキンを補充するためだ。


「タンパク質、タンパク質~」


 雨が降っていようと関係ない。

 俺はウキウキで鼻歌を歌いながら、見事に引き締まった身体を見せつけるようにして、夜の東京を堂々と散歩ランニングしていた。

 そのときだった。


「タンパク質、タンパ――あれ?」


 橋の欄干にもたれかかっていたのは、どこか見覚えのある人影。

 次の瞬間、その人影は欄干からヒョイと身を乗り出した。


 飛び込み自殺――最悪の単語が俺の脳裏をよぎる。

 あまりに突然の出来事に俺が固まっていると、左腕に巻いたスマートウォッチから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「早く止めればいいのに……」

「とは言っても――――」

「いま行かなきゃ、きっと一生後悔するのに……」


 鬼畜ロボがそう言い終わるよりも先に、俺の足は人影の方向へと動き出していた。

 連日の豪雨に荒れ狂う秋の川へと身を投げ出した人影を、ジムでせっせこ鍛えた腕力を活かし、寸でのところでその細い腕を掴み、抱き寄せた。


 人影は年若い女性のようだった。俺の腕の中でプルプル震えている彼女を落ち着かせるため、手持ちのレインコートを被せてやり、近くのベンチに座らせた。

 無言でレインコート越しに彼女の頭を撫でていると、彼女はより一層激しく泣き出してしまった。

 ちょっと待て。これってもしや、セクハラなのでは?


「うわあああ! ごめんなさい! 嫌でしたよね、こんなどこぞの馬の骨かもわからん男の――」

「……え? 古川くん?」

「……? ええっと、どうして俺の名前を……って、美樹先輩!?」

 

 フードから覗いた美しい瞳を見て確信した。

 この女性は、俺の憧れだった先輩――伊東美樹その人だ。


 思わぬ再会に俺は当惑したが、彼女の左手薬指に輝く指輪を一見し、最低限の冷静さを取り戻した。

 

「指輪……先輩、吉村さんとは、どう……だったん……ですか?」


 「吉村」という単語が出た途端彼女は顔を覆って泣き出し、明確に拒否反応を示した。

 さては………………。


「その……振られたんですか?」


 彼女は静かに泣きながらコクリと頷き、しばらくしてからその小さな口を開いた。


「古川くんがバイトを辞めた後、告白は成功したんだ。

 私と副店長との関係はそのまま順調にいってね、それでね、二ヶ月前に婚約したの。来月には式も挙げる予定だったんだ。

 

 ……ひどいスピード婚だよね。いま思えば、あの頃の私はどうかしてた。

 そう、あの人には私の他に、本命の女の子がいたの。

 

 昨晩、お風呂上がりに偶然あの人のスマホを見ちゃって……メモ帳にね、百人以上の女の子の名前が書かれていたんだ。

 私はNo.97だった。『伊東美樹 21歳 ツラは極上。身体微妙』だって。

 

 カッとなって、私はあの人に問い詰めたのよ。『なにこれ、浮気してたの? こんなにたくさん……ふざけないで!』ってね。

 

 そしたらあの人の様子がいきなりおかしくなって、私は散々殴られた挙げ句、バスタオル一枚で家から締め出されちゃったの。

 ドアの前で土下座し続けていたら、流石に洋服――いま着てるこれ――だけは返してもらえたんだけどね。

 

 スマホも、財布も、全部取られちゃった。ハハ。

 

 そう……だから死のうと思って、それで………………」


 口ごもり涙を流してしまう先輩。

 吉村がそんなクズ野郎だなんて思いもよらなかった。やっぱり世の中、見た目じゃないのかな。

 俺はなんとかして先輩を励まそうと、筋肉の詰まった脳みそをフル回転させ、必死に言葉を探す。


「それは……大変でしたよね……元気だしてください! 生きてれば良いことも――――」

「ないよ」彼女は諦めたように呟く。

「全部私が悪かったの。私の見る目がなかった。それにこんなキズモノ、もう誰からも必要とされないよ……」


 マズい。なんて声をかければ良いのか、まったくわからない。

 ちょっと鍛えて自己肯定感が爆上がりしたことで忘れかけていたが、もともと俺はド陰キャだ。

 高校以前はロクに人と会話した記憶がない。

 調子に乗っていた。こんな、いきなりレベルマックスの相談をされても、俺には――――――。


「――――目の前にいるのに……」

「「え?」」


 突然の出来事だった。

 すっかり耳馴染みとなった声が俺のスマートウォッチより飛び出し、雨音を斬り裂いてビル街に響き渡る。


「伊東美樹を大切に想っている人は、目の前にいるのに……」


 思いもしない一言が、鬼畜ロボから発された。

 考えるより先に、気が付くと俺は、彼女の柔らかな両手を握りしめていた。


「ずっと前から好きでした! 先輩、付き合ってください!」


 自分でもビックリするほど大きな声が出た。

 いや、まさかこんな形で告白することになるとは夢にも思わなかった。

 

 土砂降りの中、濁った川を横目に、ボロボロの自殺志願者を相手取り、内なる想いと欲望を大声で吐露する。

 我ながら最悪のシチュエーションだ。風情なんてあったモンじゃない。

 ああ、俺と先輩の関係も、これで終わりだな……そう確信したが、先輩の返した答えはこれまた意外なものだった。


「……ふふ、ふふふ。あはは、古川くん、変わってないね。

 見た目は随分カッコよくなったみたいだけれど、中身はやっぱり古川くんのままだ。

 それじゃあ、また会おうね。次は、もっとロマンチックな場所で」先輩は悪戯な笑みを浮かべて言う。

「それって……」

「OKってこと。わからない?」




 **********




 俺と先輩が付き合いはじめてから半年。

 ボロアパート一階の角部屋で、俺たち二人はいつも通りの、ごく平穏な朝を迎えていた。


「さてと、今日は久々に私がお料理する。お味噌汁でも作ろっかなぁ」

「お味噌、切らしてるのに……」


 訂正。俺たちは三人家族だ。

 コイツのおかげで俺は痩せられたし、自分に自信もついたし、何より先輩とも付き合えた。

 本当に、我が家の鬼畜ロボ――「ロボ太」くんには頭が上がらない。

 俺はコイツのおかげで間違いなく人生が変わった。何もせずただ無為に時間を浪費するのみの学生生活が、趣味を持ち憧れの先輩とも同棲できる夢のような生活へと移り変わったのだ。

 

 やっぱりキツく叱ってくれる存在は必要なんだなあと、そう強く感じるこの頃である。

 

「健 吾 く ん ?」

「ひゃい」

「調味料切らしたらホワイトボードに書いといてねって、私言ったよね?」

「はい……」

「なんでさ、約束事を守れないワケ? ねえ!」

「はい……滅相もございません」

「謝罪じゃなくてさ、改善する気があるのか聞いてるの」

「いや……あの……悪気はなくてですね……」


 藁にも縋る思いで、ロボ太へ助けてと視線を送ってみる。

 アイツのことだ。きっと何か、革新的な解決策を――――――。


「土下座して、誠心誠意、素直に謝ればいいのに……」

「……お前もそっちの味方かよぉ」

「おいゴルァ! 健吾ォ!」


 

 

 まったく今日は酷い目に遭った。

 大学からの帰り道、スーパーのレジ袋片手に、トボトボ歩きながら思案する。

 

 俺はあの後、愛する先輩からとても筆舌には尽くしがたい拷問を受けた。

 おかげで今日はメンタルがボロボロだ。電線に連なって止まっているカラスたちでさえ、俺のことを笑っているような気がしてならない。

 いいじゃんね、お味噌くらい。そんな怒らないでもさあ。

 

 ……先輩、まだ怒ってるかなあ。

 ここはひとつ、ロボ太先生にアドバイスを頂こう。

 

「ロボ太はさ、こんなときどうすれば良いと思う?」

「……………………」


 返事がない。聞こえなかったのかな?


「お~い、ロボ太? 聞こえてる?」

「……………………」


 応答がない。おかしい。中々のボリュームで喋ったハズなのだが。

 ……まあ、いっか。

 早く家に帰らなきゃ、ね。


 


「ただいま……ってうわっ! ちょっと、いきなり抱きついて、どうしたのさ」

「健吾くん……! 大変なの! ロボ太くんが」

「は? ロボ太が?」


 俺は土足のまま、急いでロボ太本体の置かれたダイニングテーブルまで向かった。


 彼の頭部から、白煙が上がっていた。愛くるしい両目は目まぐるしくその色を変え、ボディに触れると不気味な警報音がけたたましく響いた。

 

 美樹先輩に左肩を叩かれ、俺はテレビの方向へふっと振り返る。

 一見、何の変哲もないバラエティ番組だ。

 しかしながら、その画面上部には、到底信じられない、信じたくない字幕が表示されていた。


 “速報 全国で「鬼畜ロボ」の暴走相次ぐ”


 間もなくしてテレビは緊急放送に切り替わり、各局が一斉に未曾有のロボット大反乱を報じはじめた。

 当局の調べによれば、一時間ほど前から全国各地の鬼畜ロボが概ね同時刻に異常な挙動を見せだし、その後直ぐに白煙が上がり始めたらしい。

 白煙が上がり始めてから30分ほどでロボットの頭部は爆発し、刃物を振り回すなどして、周囲の人間に対して危害を加えだすそうだ。


 俺は慌てて先輩に聞いた。


「先輩、コイツいったい、いつから…………」

「16時30分よ。ちょうどその時間は私の好きな番組が放送される時間だったから、よく覚えてる」

「16時30分…………」


 恐る恐る、壁に掛けられた時計を確認する。

 16時……57分。

 爆発まで、おおよそ残り3分だ。

 時間がない。俺と先輩の安全のためには、ロボ太を壊すしか…………。

 

 でも………………。

 ロボ太は、俺の大切な家族だ。

 コイツのおかげで俺は先輩と付き合えたのだ。

 まさに恩人。彼を、簡単に壊すワケには…………。

 

 しかし………………。

 ここでロボ太を破壊しなければ、先輩の身が危ない。

 俺は鍛えているから大丈夫だが、細身の先輩はそうもいかないだろう。


「クッソ! どうすりゃいいってんだ!」

「健吾くん…………」


「踏……めば……助かるの……に……」そのとき、狭い室内に、途切れ途切れの機械音声が響いた。


「ロボ太!?」「ロボ太くん!?」


 16:58分。残り2分。


「馬鹿言うなよ! お前は俺たちの、大切な家族だろ!?」

「そうよ! 一緒に何か、解決策を考えましょう」


「何……を……しても……もう……無駄……なの……に……」

 ビリビリと内部の回路がショートしていく音を発しながら、ロボ太は最後の力を振り絞って伝えてくる。


「無駄なんかじゃねえよ! 俺を痩せさせたのは誰だ? 俺に自信をくれたのは誰だ? 俺を、最高の恋人とくっつけてくれたのは、誰だってんだ!」

「諦めちゃダメ! 私だって、死のうと思っていたけれど、ロボ太くんのおかげで楽になったんだから!」

「生きてりゃ良いことがあるんだよ! だから、諦めんな!」


 16:59分。残り1分。


「僕……たち……は……も……と………………政府の……日本侵……に造……ら……た……から……うい……運命……だと……決まっ……たの……に……」

「そんなの関係ねえよ! お前は、俺たちの家族なんだろ!?」


 16:59分30秒。残り30秒。


「二人は……も……僕……で幸……暮ら……のに……」


「もういい! もう喋るな!」

「ロボ太くん……」


 16:59分45秒。残り15秒。


「……期にも……一度だ……言……うの……に……」


 16:59分55秒。残り5秒。


「踏……めば……助かるの……に……」


「畜生ォ!」


 17:00分。残り0秒。


 静まり返った室内には、先輩のすすり泣く声と、ひどく乾いた音が響いた。

 俺の足は、ロボ太のことをペシャンコに踏み潰した。

 ブリキのボディから飛び出した黒い目が、俺のことをただひたすら真っ直ぐに、じっと見つめているような気がしてならなかった。



 

 **********




 温かな春の朝。

 遂に待望の瞬間が訪れた。


「古川さん! いよいよですよ!」


 助産師さんに呼ばれ、俺は急いで病室へと駆け込む。

 ベッドの上で必死にいきむ美樹。

 男の俺はただ、その手を握りしめることしかできない。


 そこからの30分間は間違いなく、人生で一番長い30分だった。

 激しい格闘の末、元気な産声が響く。


「古川さん、よく頑張りましたね! 元気な男の子ですよ!」

「これが……私たちの、赤ちゃん?」


 美樹は赤ちゃんを慎重に抱き上げ、小さな顔を愛おしげに見つめた。


「……ふふ、かわいい」


 古川家待望の第一子。

 古川ロボ太は、その愛くるしい黒い瞳を母へ向け、ニヤリと微笑んだ。


「もう二度と、会えないと思っていたのに……」

「感想・評価等くだされば、作者が泣いて喜ぶのに……」

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この度はフォローいただきまして本当にありがとうございます。 ようやく拝読に参りました!(遅くなってすみません汗) 宜しくお願い致します♪ また、合格おめでとうございます〜! あとカ◯ヨム様で作品が移動…
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