【1ー4】手料理
クローゼットから取り出したシンプルな青いワンピースに着替え、優香は部屋を出て階段を下る。
改めて見ても凄い内装だ。階段なんか貴族様の屋敷みたいだし、赤いカーペットも本当にしいてあるし、シャンデリアも大きい。所々に綺麗な花がいけてあって、花瓶も多分どこぞのブランド品だろう。とにかくすごい。
キョロキョロ屋敷内を見回しながら1階に降り、教えてもらった部屋の扉を開けた。
長テーブルに、8脚椅子が置いてある。この屋敷内にはいったい何人いるのだろうか。こんなに大きなお屋敷だし、椅子もたくさんあるし、やはり住んでる人は多いのだろうか。メイドさんとかいるのかな。
そのままドアの付近で立ち尽くしていたら、奥の部屋からルナが出てきた。
ルナは優香の姿を目に写すと、にこりと微笑んだ。
「優香。そのワンピース、似合ってますよ。サイズが合うものがあってよかった」
「えっと、ありがとう」
「夕食はできましたので、運びますね。椅子におかけくださいませ」
「う、うん」
優香は言われた通りに椅子に腰掛ける。これまた高そうな椅子だ。自然と背筋は伸びる。
そのまま数分待ったあと、ルナがお盆に夕食を乗せて部屋に入ってきた。
ハンバーグとサラダだ。盛り付けもお店のものみたいで、ふわっと香るお肉の匂いが鼻腔をくすぐる。
くぅ、と小さくお腹が鳴ってしまったのだが、気づかれてないだろうか。少し恥ずかしい。
ルナは優香の前とその向かいの席にお皿を乗せると、その席に自分も腰かける。
「どうぞお食べ下さい。……わたくしの手作りですので、お口に合うか分かりませんが……」
「……えっ、て、手作り?これを?」
「はい」
優香は目の前のお皿に乗っているご飯を見つめた。
盛り付けは完璧、匂いも美味しそう。そして一目で丁寧に作られたものだとわかる。
「いただきます……」
いつも最初はサラダから食べるのが癖なのだが、今日は美味しそうなハンバーグに先に手が行ってしまう。
ナイフで1口に切り分ける。じゅわ……と肉汁が出てきて、思わずゴクリと唾を飲み込む。
そのままフォークで口元に運び、口に入れる。
そこからはあっという間だった。
美味しすぎて感想を言う暇もなくガツガツと食べてしまう。
全ての皿を綺麗にたいらげ、ふぅ、と一息ついたところで、ルナの存在をようやく思い出した。
まずい。作ってくれた本人の目の前でがっついてしまい、感想すら言えていない。
「あ、あのっ、美味しかった!ご馳走様!」
あぁなんと単純で簡単な感想だろう。語彙が足りない恥ずかしさで泣きたくなってきた。
そんな優香に、ルナはほっとした顔をした。
「……よかった」
そう小さく呟き、安堵の表情を笑顔に変えた。
「お粗末さまです。食器は片付けておきますね。先にお部屋に戻ってもらってよろしいですよ」
「えっ、いやいやいや食器の片付けは私にやらせて……私、何も出来てない」
そう優香が食い下がると、ルナは少し驚いた表情を浮かべ……ニコリと微笑む。
「何も出来ていない、なんて、そんなことありませんよ」
「え?」
「……ずっとここで1人だったわたくしの元を、訪ねてくれた。それだけで、わたくしにとって充分なのです」
寂しそうに眉を下げるルナに、優香は何も言えなくなってしまった。
そのまま立ち尽くしていると、ルナは食器を持ってキッチンに行ってしまった。ルナの食事が残っているのに。
追いかける暇もなく、優香はしょうがなく部屋に戻ることにしたのだった。
☆─☆─☆
「……ふふ」
ルナは洗い終わった食器を拭きながら、笑みを零した。
見つめるのは優香が綺麗に食べてくれたあとのお皿。
自炊は1人になってから何年もしてきたし、慣れているけれど、他人に食べてもらうことは今回が初めてだった。
美味しいと言って、最後まで食べてくれたことにどれだけ安堵したことだろう。
震える手で胸を押さえる。
嬉しさで、心拍数は確実に上がっていた。
───×××、心を込めて作った料理を愛する人に食べてもらうのは、嬉しいことなのですよ。だから、×××にも喜んで貰えたらお母様は嬉しいわ。
幼い頃、母に言われた言葉。
その言葉を頭の中で繰り返しながら、ルナは1人呟いた。
「お母様……好きな人が、わたくしの作った料理を美味しいと言ってくださった……それは、こんなにも嬉しいことなのですね」
この幸せな感情に、ずっと浸っていたい。
ルナは、心からそう思った。
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