18
家にたどり着くと、彼は私を乱暴に地面に投げ捨てた。
「もっと優しくしてくださいよ」
「うるせえ。重いのにここまで連れてきてやったんだ。感謝しろ」
見上げて、初めて隊長の顔をこんなに近くで見た。フィリップ王子のような端麗な顔でも、リターのような精悍な顔つきでもなく、野生の動物のようだなと思った。もし、彼のことを知らずにいたら怖いと思うかもしれない。今にも噛みつきそうな雰囲気である。しかし、なんだか、キツネか狸のように見えて可愛いかもしれない。
私は頭を振った。何を考えているんだ。もう、こんな風に色にボケることなんてやめたはずなのに。そうだ、少なくともクライネを救うまでは、恋をしている暇なんてないのだ。
私は自警団に参加したけれど、実行部隊ではなくサポート部隊だ。だから、彼らとは治療の時だけしか交流がない。隊長はこんな性格だからみんなに恐れられていたし、少しくらいの怪我では治療に来なかった。だから、あまり彼のことを知らなかった。だから、知りたいと思った。もちろん、この先、自警団としてやって行くためだ。
「じゃあな。間抜け」
彼が踵を返すと、地面に何か落ちた。血だった。
「あの、どこか怪我をしているんじゃあ……」
「あ?」
隊長は振り返った。血が垂れた方の腕を見ると、かなり血が出ていた。よく見ると、服が裂け、その部分に裂傷ができていた。かなり大きな傷だ。こんな怪我をしたまま、私を背負ってきてくれたのか。
「痛くないんですか」
私が言うと、隊長は裂けた腕を少し眺めて言った。
「まあ、別に」
別にってことはないだろう。
彼がそのまま行こうとしたので、私は慌てて言った。
「そのままにしていたら、腐って落ちますよ」
隊長はピタリと足を止めた。
「やばいのか?」
どうみたってやばいだろう。それくらい、隊長なんだから判断してくれと言いたかったが、機嫌を損ねたら嫌だなと思って言わなかった。
「治療しますから、寄って行ってください」
「お前みたいなやつにやってもらわなくても、舐めときゃ治る」
「ダメです。あなた方を治療するのが私の仕事ですから」
私は隊長の腕を掴むと、家の中に入った。
「おい、やめろ」
隊長は慌てて私の手を振り解いた。
「そこで待っていてください」
私が救急箱を持ってくると、まだ隊長はそこにいてくれた。
「座って」
まるで犬に命令しているみたいだった。隊長は少し迷ってから、玄関にあるスツールに座った。
「腕を出してください」
私がいうと、彼はぶっきらぼうに腕を差し出した。玄関に血がポタポタ落ちる。
「服が邪魔だな……脱いでもらえますか」
言うと、彼は「邪魔」の部分しか聞こえなかったのか、袖を引きちぎった。私は心の中で「え〜」と悲鳴をあげていた。
「思ったより酷いですね。ちょっと、こっちにきてください」
まず傷口を洗わねばと思って、洗面所に連れて行こうと思ったが、彼はスツールに座ったまま動かない。
「隊長、こっちです」
「カピ」
「は?」
「俺の名前はカピだ」
初めて知った。皆、隊長と呼んでいたから。
「わかりました。カピさん。こっちにきてください」
「さんはいらない」
面倒な男だ。
「わかりましたから。カピ、こっち」
また、犬に命令するみたいになってしまった。カピはのっそり立ち上がると、私の後についてきた。ひどく手間のかかる男だ。いったい、どんな人生を送ってきたのだろう。あの様子では、恋人どころか友達すらいないのではないか。いや、これは私が心配することじゃないか。
カピの腕を洗うと、怪我をしていないところもずいぶん汚れていた。それに、ずいぶん臭った。
「カピ、最後にお風呂に入ったのはいつですか」
「さあ。雨が降った時じゃないかな」
「はあ? 雨を浴びるのは、シャワーとは違いますよ」
「じゃあ、わからん。覚えてない」
なんてことだ。私は嫌がるカピを脱がした。
「ほら、手をどかしてください。私だって女学生じゃないんですから。こんなことで恥ずかしがりませんよ」
カピは渋々服を脱ぐ。顕になった彼の体は、はっと息を呑むほど痛々しかった。身体中に傷があり、中には肉がえぐれている箇所もあった。
「ずいぶん、怪我をしてきたんですね」
彼の体を洗いながら、話しかける。彼の体は岩のように硬かった。無駄な肉が一切ない。
「ガキの頃から戦場にいるからな」
「戦場? だって、この国は平和なのに」
カピは振り返って私を睨んだ。
「何も知らねえんだな。この国がどんな犠牲の上に成り立ってんのか」
「犠牲……ですか?」
カピは体を洗い終わるまで、もう口を開いてくれなかった。
風呂から出てから腕を縫った。麻酔なんてなかったから、我慢してくれと言ったら、彼は縫っている間、ほとんど表情を変えなかった。さすが、噂に名高い実行部隊の暴力装置である。
「終わりましたよ」
私が言うと、彼は長い吐息をついた。その時、痩せ我慢していたんだなと言うことに気づいた。さすがに、いかな屈強な兵士とて、針と糸で傷口を縫われて痛くないはずがない。
「悪いな」
彼は縫った方の手を握ったり開いたりした。
今のは感謝のつもりだろうか。これ以上は思考の迷宮に迷い込むので考えないことにした。
「あんまり動かさないでください。縫ったばかりなんですから」
カピは動きを止めて腕を下ろした。
「それと、毎日消毒してください。傷口が塞がる頃に抜糸しますから、また来てくださいね」
「わかった」
答えると、カピは玄関へ向かった。
「帰るんですか」
「ああ、もうここに用はない」
変な男だ。つい、吹き出してしまった。
「何故笑う」
カピが怒ったような顔をした。
「いいえ。今日は助けてくだすってありがとうございました」
「礼には及ばん」
振り返らずに言うと、カピは帰って行った。




