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近頃、城下町で物騒な事件が相次いでいる。騎士団がパトロールをしているが、彼らはそんなにやる気がないように見える。
物騒なのは事件だけではない。街中で頻繁に戦闘が行われている。騎士団と衝突しているのが、自警団だ。あの事件以来、騎士団を信頼できなくなった民間人が、自警団を結成した。
事件について、ジジ王女が主犯であることは明白なのに、国では原因不明の毒が祭りの飲み物に混入していたと発表した。ジジ王女については何も言及されず、もちろん彼女はお咎めなしで、今でもグロスアルティッヒ本国で悠々自適の日々を過ごしている。
私は許せなかった。だから、自警団に入団した。自警団に入団すると言った時、両親は反対した。特に母は激しく反対した。
自警団に入団したということは、フィリップやリターとは袂を分つ覚悟をしたということだ。
あの時、私に何も言ってくれなかったリターには失望した。
ほんの一年前までは、私は幸せな結婚を夢見る女の子だったはずなのに。今では、一度は結婚を夢見た相手を憎んでいる。彼のために、私は薬師の勉強に励んだというのに、今では彼らとの衝突で傷ついた自警団を治療している。
なんという皮肉だ。運命とは、ここまで残酷なのか。
私は自虐的に笑った。まるでポエムだ。そんな乙女じみたこととは、とっくに縁を切ったはずなのに。
「市外ブロックで自警団と衝突した。一人怪我をしている。救援に来てくれ」
深夜に連絡が来て、私は救急セットを持って指定された場所へ向かった。日に日に、騎士団と自警団の衝突は激しくなって来ている。その間にも、街中では謎の爆発や殺人が起きている。彼らは争っている場合ではないのに、どうして手を取り合えないのか。
最初は騎士団憎しで入団した自警団にも、疑問を持つようになってきた。街中で行われるテロリズムは自警団によるものなどという風説が、まことしやかに囁かれている。もちろん信じてはいないが、何が正義なのかわからなくなってきていた。
指定された場所に着くと、数人の男たちが怪我をしていた。彼らの中には見知った顔もあり、私が治療をすると感謝してくれた。彼らの感謝の言葉が、今の私がすがりつけるぎりぎりの正義だった。
自警団は騎士団と渡り合えるくらい強かった。さすがに、一対一で戦って勝てるというほどのフィジカルはなかったが、市街戦では地の利がある自警団は負けなかった。さすがスパニエンの国民である。ただの民間人ですら強いのだ。
だからだろう。私は自警団に入団したことで、自分が強くなったように錯覚していた。
私は疲れていて、早く帰って寝たいと思っていた。だから、治療が終わるとさっさとその場を離れて家へ向かった。
市外ブロックと呼ばれる場所は郊外で、スラムのようなものだった。そんな場所を、深夜に女一人で歩くなんて、普段はしなかった。治療した自警団の団員に送ってもらうべきだった。怪我をしているとはいえ、彼らの戦闘力はそこらへんのならず者程度なら制圧できる。それなのに、私は慢心していた。
明かりのない場所で、突然後ろから羽交締めにされ、首元に生温かい息がかかった。以前、路地裏に連れ込まれた時のことがフラッシュバックした。
「ひっ」
引き攣ったような呼吸のまま、体が動かなくなった。声も出ない。恐怖が私の体を支配して手放さない。そのまま、私を羽交締めにした何者かは、私を地面に押し倒した。必死に体を守ろうとしたが、何者かは私の首に手をかけ、強い力で圧迫した。
息ができない。闇の中で何者かに組み敷かれ、私は死を覚悟した。私は何度同じ過ちを犯せば学ぶのだろうか。
「ぎゃ」
悲鳴とともに、突然体が軽くなった。
暗闇の中で、断続的に悲鳴が続く。何かわからないけれど、この隙に逃げなければーーそう思えば思うほど、体が動かなくなる。
悲鳴が聞こえなくなった。その代わり、蚊の羽音みたいな掠れた呼吸音が聞こえる。
足音がこちらに近づいてくる。私は胸の前で手をぎゅっと握って縮こまった。
「おい」
男の声だ。
「おい、お前」
グイ、と乱暴に髪の毛を掴まれる。恐る恐る目を開くと、見覚えのある顔だった。
「隊長」
震える声を絞り出した。自警団のいくつかある隊の隊長だった。先程治療した人たちの中にいたのを見た。
「大丈夫か」
私の髪の毛を力いっぱい掴んでいる彼の姿を見て、心配する態度ではないだろうと思ったが、助けてもらったのにそれはいえなかった。
「大丈夫ですありがとう」
棒読みになってしまった。本当は大丈夫じゃなかったけれど、彼が激情家であることは知っていたし、たぶん、先程襲ってきた暴漢の呻き声や呼吸音がもう聞こえなくなったところを見ると、死なないように力の加減をすることもできない。彼の二つ名は、実行部隊の暴力装置である。彼の手にかかって死んだとしても、暴漢は自業自得なので同情はできないが。
彼の力が緩んだ。その隙に立ちあがろうとしたが、体に力が入らずに再び地面に転がってしまった。
無様な私の姿を見て、隊長は舌打ちをした。
「間抜けが。こんな夜更けに一人で帰ろうとする馬鹿がいるか」
「すみませんね、馬鹿で」
もう一度立ちあがろうとする。やはり力が入らない。
グイと強い力で腕が引っ張られた。思わず「痛い」と言ってしまった。
「我慢しろ間抜け」
彼は私のことを乱暴に背負った。胸が彼の背中に強くあたったため、咳き込んでしまった。
「ったく、戦闘の後に力仕事させんなよ」
隊長が悪態をつく。
「助けてくださったことは感謝します。でも、もう大丈夫です。一人で帰れますから。下ろしてください」
このまま、彼の悪態を聞き続けるのは嫌だった。
「うるせえんだよ、間抜け。家はどっちだ。早く言え間抜け」
腹が立ったが、私は家の方角を指差した。
「暗くて見えないんだよ。間抜け、口で言え」
目の前にある頭を思い切り叩いてやりたくなったが、彼に力では敵わないことは、さすがの私でもわかる。だから大人しく説明した。
以前、ならずものに襲われた時にリターが助けてくれたことを思い出した。彼は優しくて紳士的だった。彼と隊長はまったく正反対で乱暴な男だ。
立ち昇ってくる臭いも汗臭くて獣みたいだ。リターはいい匂いがしたなと、懐かしく思い出す。
でも、彼の背中はリターと同じくらい広くて頼もしかった。
ふと、どうして彼は私を助けてくれたんだろうと考えた。先程、彼は「こんな夜更けに一人で帰ろうとするな」と言った。私が一人で帰ろうとするところを見ていたということだろうか。それで、心配で追ってきてくれたのだろうか。もしかして、隊長は口が悪いだけで良い人なのではないだろうか。
「まったく、今度は帰る時に声かけろ。余計な仕事を増やすな。めんどくせえ。今度は、俺の見えないところで野垂れ死ね」
やっぱり嫌なやつだった。




