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美しき恋と滅亡を招く悪役令嬢の狂宴〜国民が悪役令嬢に虐殺されたので敵国の国民を虐殺したいと思います〜  作者: よねり


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 お城に行かなくなって、どれくらい経ったろうか。私の日常は、すっかり以前と同じに戻ってしまった。あれだけ頑張ろうと思っていたのに、薬師の勉強にも身が入らない。理由はわかっている。目標を失ってしまったからだ。

 リターには一度も会えていない。騎士の訓練場などに薬を納品しに行った時、目で探したが見つけることはできなかった。

 クライネは元気にやっているだろうか。今でも、最後に会った時のことを考えると胸がギュッと掴まれたような気持ちになる。

 勉強に身が入らないとはいえ、少しは私でも作れる薬が増えた。基本を押さえてしまえば、あとは応用がきく。私たち薬師は、化学的に生成した薬とは違って、東方の島国医学である漢方の流れを強く汲んでいる。もちろん、化学的根拠となるものを研究することもある。それでも、先祖代々伝わる薬草の効能を拡張したものを作ることが多い。一般に、教会による祈祷のような馬鹿げた方法で病を治そうとする人がまだ多く、とくに薬というものは修道院が管轄する修道院薬が本流であるという認識である。だから、薬剤師とは修道士のことを指した。だから、私は薬剤師ではなく薬師なのだ。私は修道院に所属するつもりも、修道士になるつもりもない。それに、修道院では東方医学は邪教と呼ばれ禁忌とされていた。とはいえ、結局修道士が使っているのも、修道院で育てている薬草なのだ。何が違うのかと言われたら、信仰が違うとしか言いようがない。

 医師はもっと複雑なようだった。修道院の医学を収めたものを医者と呼び、医術学校を卒業したものと区別していた。修道院の医術は、噂に伝え聞く東方医学からは遅れていて、根拠のない施術や祈祷などが大真面目に行われていた。医術学校では、東方医学の流れを取り入れ、最先端の術式を利用していたが、教会信仰の厚い人たちからは邪教扱いされていた。その点では、私たち薬師と同じような苦悩があるはずである。

 修道士はおそらく、私たちとは違う精製方法を行っているはずだ。薬草から抽出したアルカロイドを使った合成麻薬が他国で流行っていると聞く。修道院から流れたものだろう。そうやって、きっと薬の歴史は分岐してゆくのだ。

 どうしてこんなことを考えたのかというと、今、連合国内で謎の麻薬が流行っているからである。スパニエンではまだ確認されていないが、グロスアルティッヒ本国やフランクライヒなどではすでに問題になっている。この問題に立ち向かうべく、薬剤師が頭を悩ませているのだ。もちろん、薬剤師の中に私たち薬師は含まれない。修道院は我々のことを見下しているからだ。だからと言って、私たちだって手をこまねいているわけではない。少しでも社会の役に立つように努力することが使命なのだ。

 夕食どきに、私は何気なく母に尋ねてみた。

「ねえ、お母さん。例の麻薬って誰が流しているのかな」

 直後、母は表情を硬直させた。

「さあね。ほんと嫌になっちゃうわね」

 母の声色が不自然だったのが、やけに印象に残った。それに、例の麻薬、ですぐにわかるのも不自然な気がした。私たちは薬師だし、今世間を騒がせている話題だからわかるのは自然だが、それ以外の可能性がないかのようである。

「ねえ、お母さん。何か知っているんじゃない?」

 私は恐る恐る尋ねてみた。母はビクッと肩を震わせると、取り繕ったような顔で振り返った。さすが私の母である。わかりやすい人だ。しかし、母がこんな物騒なことにどう係っているというのか。私には想像できない。

「何よ藪から棒に」

「いや、別に根拠はないんだけど。ほら、私たちって薬師じゃない。こういうことも知っておかなくちゃいけないんじゃないの」

「やめないか」

 それまで黙って聞いていた父が、突然声を荒げた。温厚な父がこんな風に声を荒げるなんて、驚いてスプーンを落としてしまった。

「どうしたの、お父さん」

 尋ねても、父は不機嫌そうにかちゃかちゃと音を立ててスープを掬うだけだった。母ももう答えてくれなかった。 

 不自然な二人に、私は違和感を覚えていた。とはいえ、母がそんな物騒なことに関わっているはずがない。だから、きっと修道院との軋轢のようなものを考えただけなのだと勝手に考えていた。父もきっと、行商先で同じようなことを繰り返し聞かれてうんざりしていたのだろう。

 食事が終わると、私は足早に自分の部屋に引っ込んだ。もし、二人がこの件に何か係っているとしたらどう係っているだろう。たとえば、母が麻薬を作って父がそれを他国に売り込みに行く?

 私は笑ってしまった。あの二人がそんなことをするはずがない。そもそも理由がない。そんな度胸だってないはずだ。

 だが、そう考えれば、この国で流行っていないことの説明がつく。

 理由は?

 レジスタンスでもやっているのだろうか。

 何に対して?

 例えば、この大陸に住む動物の愛護とか?

 もしくは他の大陸の国のスパイとか?

 考えながら吹き出してしまった。あの二人がスパイだって? それはないだろう。

 そんなことを考えているうちに眠くなってきた。

 新聞や噂ではとんでもなく深刻な事態のように扱われていたが、スパニエン人は楽観的だった。どこか遠い土地の出来事のように感じていたのだ。実際、被害はなかったし、何か行動が制限されたりしたわけではない。知り合いの誰かが被害に遭ったわけでもなければ、街中で見たわけでもない。修道院からの要請はなかったから、薬師が何かすることもなかった。何か、薬草から抽出されたアルカロイドの影響だろうというくらいしか知らず、それならば薬師の領分ではないとまで主張する人もいた。

 アルカロイドは、自然由来のものと合成化合物とがあるが、自然由来ならば薬師の知識でもかじれただろうが、合成化合物となると私にはお手上げだった。その秘術は修道士だけのものとされており、私はもちろん、母も合成方法を知らなかった。

 だからだろう。私たちは心の準備ができていなかった。それはウイルスのように一度姿を表したら、瞬きをする暇もなく国中に広がって行った。

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