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私の心配をよそに、フィリップ王子は怪我ひとつなく帰ってきた。王が戻ってきたことにより、街はお祭りのように賑わった。元々、この国の人間は陽気である。やかましく騒ぐのが好きなのだ。
城も例外ではなく、連日のようにパーティが催されていた。
薬師の勉強ばかりしていたので、しばらく城には行っていなかった。クライネはどうしているだろうか。
街中のお祭りムードが落ち着いてから、私は城へ行ってみた。
クライネはいつものように花籠の庭にいたが、私をみても喜んではくれなかった。それに、様子が違った。一番違うのはーー。
「ご無沙汰じゃない」
クライネが言った。ツンとした顔をして、なんだか素っ気ない。
「その髪どうしたの」
私が指差すと、彼女はキッとこちらを睨みつけた。めちゃくちゃに切られている。
あの三馬鹿女にやられたのだろうか。ずいぶん酷いことをする。髪は女の命だと言うのに。
「リターが戻って来たから様子見に来たのね。私には会いに来ないくせに、男が戻ってきた途端にやってくるなんて、とんだ色情魔だわ」
クライネはめに大粒の涙を溜めていた。
「ごめんね。そういうわけじゃないの」
言い訳をしたかったが、彼女は話を聞いてくれる様子ではない。
私がいない間、かなりきつくやられていたのだろう。
「おや、来ていたのかい」
久しい声に振り返ると、フィリップ王子だった。タイミングの悪い男だ。そんな私の気持ちも知らず、彼は聞いてもいないのにグロスアルティッヒへ行った時のことを話し始めた。特にジジ王女に会った話だった。ギラついた目で、ジジ王女への愛を語る彼の姿は、まるで信者である。彼の話を聞いている間に、クライネはどこかへ行ってしまった。
ジジ王女の話をするフィリップは、私と話す時とは全く違った。まるで何かに乗り移られているみたいだった。
なんだ、最初から私なんか眼中にないのねーーそれなのに私ったら、あんな夢まで見て馬鹿みたい。
「そろそろ時間だな」
フィリップは懐中時計を取り出すと、そう呟いた。
「クライネ、おいで。髪の毛を整えてもらおう」
クライネは花壇の隅の方にいた。クライネは顔を伏せたまま、城の中へ走って行った。
「責任を取れないなら、希望を持たせるようなことをしないでほしい」
先ほどとは打って変わって、フィリップは冷たい表情で言った。
「責任って何よ」
思わず反論した。少しの間ここに来られなかったことは悪かったが、そんな言い方をされる筋合いはない。それに、守ってやれなかったのはフィリップだって同じではないか。
「せっかく彼女は一人でいることを受け入れていたのに、君と友達になってから、期待を持つようになってしまったんだよ」
「期待って?」
「他人にさ」
「良いことじゃない。出自は彼女のせいじゃないでしょう。だったら、もっと人生を楽しんでも良いじゃない」
フィリップはため息をついた。
「君は何もわかっていない」
馬鹿にされたような気がした。
「あなたは何がわかっているっていうのよ」
フィリップは城を見上げた。
「王族のしがらみかな」
私は頭に血が上っていた。
「庶民ですみませんでしたね。私なんぞが王族の悩みを少しだって理解できやしませんよ。あなたたちだって、私たち庶民のことをわかっていないでしょう。どうせ、王族なんてお気楽に暮らしているんでしょう。私たちからたっぷり税金をとって」
一息に言ったが、少し言いすぎたかなと思ってフィリップの顔を伺った。彼は少しも表情を変えずにいた。
「そうだね。僕は君たち庶民のことなんてこれっぽっちも知らないし、僕たち王族のことを知ってほしいとも思わない。だから、もうここへは来ないでくれないか」
気がつくと、私は自分の部屋の寝台に顔を埋めて泣いていた。どうやって帰ってきたか思い出せない。フィリップに何も言い返せなかったことがすごく悔しかったことだけは覚えている。
なんて勝手なやつだ。これだから、王族や貴族って嫌いだ。お高く止まって、私たち庶民を見下しているんだ。
マットレスをボカボカ殴った。その度に寝台が悲鳴を上げる。母が文句を言いにきた。
「何をそんなに暴れているの。子供みたいに」
「お母さんにはわからないよ!」
私は母に枕を投げつけた。
「もう、勝手におし」
母はプリプリ怒って部屋を出て行った。
窓の外を見ると、初雪が降り始めていた。




