男装の幼馴染に告白してみた -僕の幼馴染は学校の王子様-
「好きです!僕と付き合ってください」
放課後、学校の中庭に幼馴染の大森若菜を呼び出していた。ショートヘアーに整えられた眉毛、切長の目、鼻筋の通った男装の麗人。学校指定のカッターシャツにネクタイがよく似合っていた。
若菜とは保育所時代からの腐れ縁で家も隣だ。蹴られたり、殴られたり、プロレス技を掛けられたりして一緒に育った。
要するに一方的にボコボコにされていたわけだ。
仕方ないだろう?子供時代は女子の方が発育が早いから身体も大きいし、第一に女の子に手を挙げる男なんて最低だ。
従って一方的にボコられるしかないわけだ、納得してもらえたよね。
若菜は小学校ではガキ大将、子分を引き連れてブイブイいわせていた。後始末はいつも僕の役目。
中学校では正義の味方、変態教師を相手に大立ち回り。当然、後始末や教育委員会に脅しを掛けるのは僕の役目。マスコミの人達とも仲良くなりました。
高校では王子様、女子を引き連れて宝塚よろしく崇め奉られている。反動でだらけるのは僕の部屋。せめて自分の部屋でくつろいで欲しい。
「ああ、黒川琢磨君。ボクをここに呼び出したのはそんな事の為だったのか。当然、ボクの答えは決まっているよ」
左手を胸に当て、右手を前に差し出しながらの発言。
男がやったらただのナルシスト的発言を軽々と行えるのは一種の才能だろう。本当に若菜が男に生まれなかったのが勿体ない。
当然、男なら嫁にできないので僕的には残念だけど、その時は僕が嫁に行けばいいだけの話だから何も問題ない。
えっ?何の話かって?
若菜と僕は幼い頃に結婚の約束をしているから当然、大きくなったら結婚する。それは既定路線だ。
「残念だけど――」
若菜の腹から出る声は校舎に囲まれた学校の中庭ではよく響いた。
学校の中庭はその立地から校舎からはどこからでも中庭での活動を確認する事が出来る。
それはつまり、今行っている"告白ショー"を全校生徒が目撃可能だという事であり、その為に選ばれた場所だった。
僕が幼馴染の若菜に告白してフラれる。それを行い、それを見るために用意されたステージだ。
若菜の親衛隊が複数のSNSで今回行われる"告白ショー"の告知を行っていたようだ。若菜の知名度的にほぼ全校生徒が見ていると思って間違い無いだろう。
***
若菜は僕の部屋に飛び込んで来るとそのまま僕のベッドにダイブした。ベッドの上でバタバタと悶えながら暴れている。
「ああん、癒してよ、琢磨!」
「やり直し!言葉遣いが悪いよ」
「わかりました。琢磨君、癒してください」
学校では女生徒達から王子として崇め奉られているのに、この部屋ではとんだポンコツだ。とてもじゃないが信者どもには見せられる姿ではない。
「それで、今日は何があったの?」
「親衛隊の子がね、また琢磨君の悪口を言ったんだよ!若菜には似合わないからさっさと幼馴染の縁を切るべきだって言うんだよ。酷いと思わない?こんなに琢磨の事、大好きなのに」
言いながらベッドから起き上がり飛びついてくる若菜を牽制し引き離しに掛かる。
「毎度、毎度、ワンパターンなんだよ」
「クンクン、いい匂い。琢磨の匂いだぁ!クンクン、ぐりぐり。幸せ――」
抱きついて来て、そのまま捻りを加えられて、僕は仕方なくそのままベッドの上に倒れ込んだ。下手に抵抗して若菜を怪我をさせるのは避けたかった。
そのまま若菜に覆いかぶさられて胸に顔を埋められた。
「ずっと嗅いでいたいな」
「毎日毎日、そろそろ飽きないのか?」
「飽きるわけないよ。このベッドも持って帰りたいもの」
幼い頃の約束とはいえ、結婚を約束した相手を無碍にも出来ない。若菜の気の済むまで背中に腕を回して抱きしめておく。若菜の柔らかな感触が腕に伝わる。
これくらいは役得だ。羨ましがられる意味がわからないぞ。
「そうそう、今日、僕も親衛隊から呼び出し食らったよ」
「えっ?あの子たち、琢磨に何か変な事言わなかったでしょうね?」
「いつも『別れろ、離れろ、近寄るな』って呪文の様に繰り返してるからね。今日は別の要件だったよ。若菜がお前なんて相手にするわけないから『直接告白して見事にフラれろ』とさ。それで綺麗さっぱりと諦めて若菜に近付くな、って」
「な、な、な、なんて事をあの子たちは――」
「いやいや、丁度良いじゃないか!告白して振られたことにして、学校で距離を取る様にすれば、うるさく言われる事もなくなる――」
「やだ、絶対に嫌だ!」
「学校だけのお芝居だからさ、家に戻れば普段通りで良いじゃないか?若菜だって、学校だと宝塚よろしく、男役にハマってるじゃないか?」
「それはそうだけど、学校で琢磨に近寄れないって嫌だよ」
「うーん、それでも若菜が学校で女生徒達の王子様役をこなしている限りは仕方ない事だよ。僕も毎度毎度親衛隊に呼び出されるのは迷惑だしね。ここはきちんと振られて、距離を取る形が一番面倒事がないと思うんだ。そうじゃないかな?」
「――わかった。きちんと問題解決する」
若菜が素直に頷いた。顔からはすっかりと色が抜けていた。
「なら良かった。呼び出しの手紙は明日の朝、下駄箱に入れておくよ。放課後に中庭で待ってるね」
顔色を白くした若菜がゆらっと立ち上がると無口のまま部屋を出て行った。
思い詰めなきゃいいけど。気持ちを翌日に持ち越さないのが若菜の単細胞、もとい、良い所だから、明日には立ち直っているだろう。
***
ただでさえ我慢しているのにさらに我慢しろというの?
そんな怒りしかなかった。
みんなの希望する姿を演じて楽しんで貰っているつもりなのに私の幸せを奪う?
そんな事は許されない。
確かに最初は楽しくて演じていた。それは本当だ。それでもいつからか義務と化して苦痛を感じる様になった。
その辺りからだと思う。琢磨に依存するようになったのは。
幼馴染という事で裏も表も、不都合な過去も、全て知られている。なのに飄々として側にいるだけ。権利を主張するわけでもなく、義務を求めるわけでもない。
ただ側にいて私の邪魔をせず、苦しい時に振り返ると差し伸べられる救いの手。何もかも見透かされている様に感じた。この恋心も。
今更離れる事なんて出来ない。
となれば、私の取る行動は一つしかなかった。
***
「好きです!僕と付き合ってください」
「ああ、黒川琢磨君。ボクをここに呼び出したのはそんな事の為だったのか。当然、ボクの答えは決まっているよ」
いつ見ても琢磨は格好良い。
「残念だけど――」
いつまでも私を見つめていて。
「――逃がさないよ。返事はイエスだ」
戸惑った顔も可愛いよ。
「ボクの初めてを奪っておいて逃げれると思ったら大間違いだよ。責任はきちんと取ってもらおうか?」
伸ばしていた右手で琢磨の後頭部を抱きかかえるとそのまま唇に口づけした。
「やめてー!!!」
「若菜様!!!」
「嘘よ!!!!」
「ぎゃぁー!!!」
校舎のあちらこちらから、頭上から女生徒の叫び声が聞こえて来た。
それでもキスはやめない。琢磨も離れない。
見せつけるように二人の接吻は続くのだった。