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闇のお祭り

作者: なと(もずく)

おういおういと

海の向こうから聞こえる声が

ずっと耳に蝸牛が這っている

ちりんと風鈴が白昼夢の悪夢をかき消して

嗚呼、夏がまた逝くのですね

千本万本の蝋燭が仏壇の閻魔大王を明るく照らして

此処はまるであの世の様

術に嵌らないように

辻占の婆様が蛇の様に嗤いながら

ふっと線香の灯が消えた


旅に出よう

温泉街の鄙びた民宿

近くには地獄谷があるから

お客さんも気を付けて

気にも留めてなかった部屋の隅の

壺の中にらんらんとした赤い眼

うんと遠くへ行こう

もう戻れない

父と母を、櫻の花びらの舞う彼岸桜の下で

殺めたことを

きっと、戒めなのだ

背中に大きな黒い影を背負って

湯舟に浸かる





僕は何時だって一人

鬼の子は只寒く感じる

孤独なのだ

秋になって黄金色の芒は

お日様色の優しさを

洗面台の中の桶の中に

小さなヒトデが

桶から逃げだそうとしているから

君も僕と一緒なのだ

と呟いて見せた

たった一人で

独りぼっちで

公園で一人で本を読んでいる人がいる

あの人も孤独なのだろうか






遠い雲に亡き人を想う

町家の影は何処までも伸びてゆき

やがて外は真っ暗になる

けれども昼間は

誰もゐない静かな通り

悪い子は地獄へ連れていかれますよ

亡き母の優しい声は

神社の境内の真っ赤な鳥居みたいに

とても恐ろしく感じる

老婆が花を持って通りを歩いている

僕の事ももう、誰も覚えていない





夢現

古町への旅は

時計を逆さまに廻しているような

幼き頃を思い出す

記憶の影にいつも笑ってゐる祖母の顔

鈴虫の音色と荒れ野のヒーロー

あの人は誰だっけ

黒い影法師

ヤニの香りに黄色い歯

ついていっては駄目だよ

六畳半の小さな部屋の

妻に逃げられた哀れな男

彼だって生きている




夢現

遠きを旅する小人を

さっき捕まえたのだと

お椀をひっくり返してみたら

櫻の花びらが一枚入ってゐた

風流な旅人は

これでいいのさ、と

玄関の猫の背中に乗って

また悠久の旅に出て行ってしまう

亡くした小指の欠片がまだ戻らないというのに

洗面台の灯りが点滅して

夢の暁には

小指の木乃伊を



蔵の中にはびっしりとこがね虫

トイレに入ると便座の上に昔の記憶を置いてきた

古びた看板のアイドルが

遠き過去へと旅をしろと命令してくる

曲がり角の歯医者は閉院しましたと

幽かに臭う麻酔薬の匂い

幼子のシャボン玉

僕は胎児になって母のお腹の中で眠る

陽炎は子宮のよう

子らははやがて皆嬰児に



夏の薫りを求めて秋の木陰を彷徨います

昔の人の木乃伊がそっと木匣に入ってゐる

坂を上りきって見える入道雲は

最後の夏の囁き

僕は、もう行かなくちゃ

時計を逆さにしたまま

遺影にはカラスが映りこんでいる

古いシネマみたいに

白黒の世界にぽつんと極彩色の娘が

お多福のお面を被って

外は雨で





台風一過の宿場町に

こっそりアメフラシがまだ

水たまりに残る小さな足跡は昨日の記憶

やあ、旅に来たんだ

通りゃんせ通りゃんせ

帰り道に気をつけな

旅人は蜘蛛の糸を頼りに

地獄の果てに用がある?

酔っ払ったままの小鬼が

袖を引っ張るものだから

あの街角の喫茶店で

菩薩如来を抱きしめながら




小鳥たちの囁きで

夕暮れを迎えるころ

そおっとモノクロームの死神が

背中を叩いて

食べかけの味噌汁を

小鬼が盗んでゆく

こんなはずではなかったのにな

夏は終わり秋を迎え

残暑が残り火をまき散らす

孤独とはこんなもの

旅人が囁いて

草原に消える







骨の軋む音は

夕暮れの鳩の羽の中に

暗く沈んでゆく

もういいかい?

幽かな呼び声が

遠い昔の知り合いの声と重なり

シンクタンクの盥に

小さく水の滴る音が

遠い国の雨を思い出して




夕陽が堕ちる

蔵の中は薄暗がり

何処からか手毬唄が聞こえてくる

赤蜻蛉が人差し指に止まった

電車の汽笛の音が遠くから

送り火の灯りが二階の窓から点々と

サイダーの瓶が割れている家の前の川

夜になっても蝉時雨が止まない

通りを歩く雲水さんが

錫杖を鳴らしながらお寺の方向へ消えてゆく






夢の様に

昨日金魚掬いをしましたね

秘密の想いは胸に隠したまま

君は長生き出来ないよ

そんな言葉に

太宰治の人間失格を想い出した

君はまた僕をそうやって苦しめる

夏の太鼓は鼓動をどくどんと

社に飾ってある

怖ろしい鬼婆の仮面を

今宵、ふたつに割ったら

鬼の棲む山へふたりして

逃げてしまおう








あの虫籠窓の隙間から

シャボン玉が風に乗って

箪笥の中の匂いが鼻を掠めた

この町では

不老不死の人魚が何処かの家で

閉じ込められているという噂が

綺麗なおべべを着せられた娘が

包帯まみれで

野辺送りには

間に合いそうですね

実姉がもう虫の息

蝉時雨に七日は早いと思いつつ

お盆は線香の香り






そっと街角で鬼様を待つ

通りには誰か居ますか?

いいえ誰もゐません

ただ暗がりにぼんやりと

赤いセロファンのような

小さな赤い眼がふたつ

お友達の千代ちゃんは

山の鬼に攫われて神隠し

いつまでも戻りません

だからこうして花冠を作って

海の潮騒の音に耳を寄せて

いつまでも待っているんです






夢現

夕焼け坂道

部屋の隅から般若心経の声がして

時計は逆さに時を刻んでいる

やっぱり居るのだ

タケヤブヤケタ

怪文書の中に亡くなった祖父の名前

そろそろ参ります

田螺が仏壇にびっしり貼りついている

そんな幻が脳髄を墨まみれにして

野辺送りの線香の香りがして

洗面台の合わせ鏡

なきべその私

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