38.微笑みの死神と、そして
竜にまつわる騒動が片付いてから一か月後。セラフィナとアルフは、のんびりと町を歩いていた。
今日は二人とも非番で、せっかくだから町でゆっくりしようということになったのだ。店を見て回りながら仲良くお喋りをしている二人を、町の人たちはにこにこしながら見守っている。
「しっかし、あの騒動がこんな事態を呼び込むなんてなあ」
緊張感のかけらもない幸せそのものの顔で、アルフがつぶやく。
「ええ、そうですわね。あの時にたくさんの魔物を倒したせいで、魔物の数が減っていると聞いた時は、驚きましたわ」
「だよね。漆黒の隊の予測だと、たぶんもう一か月はのんびりした日々が続くだろうってことだろうし。今のうちに、うんと羽を伸ばしておこうよ」
「平和って、素敵ですわ」
可愛らしく微笑むセラフィナを見て、アルフがとろけるような笑みを浮かべる。
「はあ……君って、どうしてそんなに可愛いのかな。ぎゅっとしていいかな」
「人前ではちょっと……わたくしも、あなたに触れたいのはやまやまなのですけれど」
「だったら後で、どこか二人きりになれるところに行こうか。いつものとこなんてどう?」
「いいですわね」
顔を寄せ合って、仲睦まじくささやき合う。
二人は人前ではおとなしくしているつもりだったが、その姿はいちゃついているようにしか見えなかった。しかもそのことに二人とも、まったく気づいていない。
「あらあらあ、今日も仲がいいのね。ごちそうさま」
しかしそんな二人に、ためらうことなく声をかける者がいた。ヴァレリーだ。いつも通りにおっとりとした笑みを浮かべている彼女の隣には、カミーユが立っている。こちらは、あからさまにあきれた顔をしていた。
アルフが片手を挙げて、朗らかに答えた。
「よ、ヴァレリー、カミーユ。仲がいいっていうなら、そちらもだろ」
「わたしたちはそんな風に、人前でべたべたしてないわよお」
おっとりと切り返されて、アルフは何も言い返せなくなる。口ごもる彼をおかしそうに見ていたヴァレリーが、ふとセラフィナに向き直った。
「ところで……あなたについて、ちょっと面白い噂が立っちゃってるのよ」
「また、セラフィナの噂? 聞いたことないけどな。しかも、面白い噂ってどういうことだよ。セラフィナが可愛い、って噂なら、俺も納得できるんだけど」
平然と言い放つアルフに、カミーユが目を細めて言い返す。
「アルフ。あんたさ、自分がのろけてるって自覚があるだろ」
「実はある」
「堂々としすぎだろ。いつか誰かに叱られるぞ」
「分かってるけどさ、セラフィナが可愛くて仕方がないんだよ」
そんな会話を始めてしまったアルフとカミーユを見ながら、ヴァレリーが肩をすくめる。
「とりあえず、あの二人は放っておきましょう。ところで、本題なんだけど」
ヴァレリーが声をひそめる。セラフィナは真っ赤になった頬をそっと押さえながら、顔を寄せた。
「あなたの噂ね、今はまだ一部でささやかれてるだけ、なんだけど……たぶん、あっという間に辺境軍中に広まっちゃうと思うの。だからその前に、あなたの耳に入れておいたほうがいいかなって。どうする? 聞きたい?」
「……ええ、聞かせて」
「分かったわ。そのね、あなたにあだ名……というか、二つ名がつき始めてるのよお」
「二つ名? わたくしにですの?」
ちょっぴり期待しながら、セラフィナは問いかける。そんな彼女を見て、ヴァレリーはその言葉を口にした。
「そうなの。『努力の姫君』ですって」
「…………」
告げられた名に、明らかにセラフィナは納得がいっていないようだった。複雑な顔をしている彼女に笑いかけてから、ヴァレリーはカミーユの腕を引っ張る。そのままするりと腕組みをして、にっこりと笑った。
「それじゃあ、わたしたちも行くわね。今、デートの途中だから」
「……あのさヴァレリー、恥ずかしいんだが、これ」
「わたしは幸せだわあ。たまには堂々といちゃつくのもいいものね」
そんなことを言いながら、ヴァレリーとカミーユが立ち去っていく。後に残されたセラフィナとアルフは、ぽかんとしたままその姿を見送った。
「『努力の姫君』……何というか、もう少し優雅な名前が良かったですわ……」
「仕方ないよ。俺だって『微笑みの死神』だし。それに、その名前似合ってるよ。君は努力家だし、姫君みたいに可憐だし。みんなもそう思ってたってことだね」
ふふと笑いながらアルフが言う。それから彼は空をあおぎ、しみじみとつぶやいた。
「微笑みの死神と努力の姫君、か。案外、悪くないかもな」
「……そう、かしら?」
「そうだよ。一生懸命に頑張る可愛い姫君を、最強の死神が守るんだ。元気づけるように、優しく笑いながら。そう考えたら、素敵じゃないかな?」
その言葉に、ようやっとセラフィナに笑顔が戻る。
「うん、やっぱり君は笑っているほうがいいね。その笑顔を、こんなに近くで、こんなにしょっちゅう見られるようになるなんて、思いもしなかったな」
「そうですわね、わたくしも思いもしませんでしたわ。この町に入るなり声をかけてきた、少々軽い男性が、まさかわたくしの人生を丸ごと変えてしまうだなんて」
「……ええと、俺、軽かった?」
「ええ。少々、なれなれしかったですわ。ちょっと面倒な方に目をつけられてしまったかもと思いましたもの」
「それ、ちょっぴり傷つく。でもいいんだ、もう俺はあんな風に女の子に声をかけたりしないって決めたからね。俺には、君さえいればそれでいいから」
「アルフ……嬉しいですわ」
「ああ。君にそう言ってもらえて、俺も嬉しいよ」
そうしてまた、二人は見つめ合う。二人の歩みは、さっきからちっとも進んでいなかった。
また、ある日のこと。セラフィナは報告のために、一人で司令官室を訪れていた。
「ああ、報告ありがとう。……しかし、君もいい顔をするようになったな」
書類を受け取ったバティストが、やけに上機嫌な笑みを見せる。セラフィナはちょっと戸惑いつつも、上品に微笑み返した。
「そうでしょうか。でしたら、嬉しいですわ。一人前の兵士になれたということでしょうから」
「一人前というなら、アルフが君を紅蓮の一番隊に引き抜いた時点で立派に一人前だ。それに、君はとっくに我ら辺境軍の主力だよ」
「ありがとうございます」
バティストの褒め言葉に、セラフィナが嬉しそうに頬を染める。その時バティストが、ほんのちょっぴり人が悪そうな笑みを浮かべた。
「これからも頑張ってくれ、『努力の姫君』」
いきなり不本意な二つ名で呼ばれ、セラフィナが目を丸くして身をこわばらせる。その様子を見て、バティストが明るい笑い声を上げた。
「どうやら、そちらの名には慣れていないようだな」
「はい。……いつの間にやら、勝手に名付けられていたので」
本当はもっと優雅な、可愛らしい名前が良かったなどとは言えず、セラフィナはそう言葉を濁す。
「なに、じきに慣れる。アルフのやつも、名前が付いた直後はよく愚痴を吐いていたものだ。『俺、もっとかっこいい名前が良かった……』とな」
そのさまがありありと頭に浮かんでしまって、セラフィナは笑い出しそうになる。必死に真面目な顔を作ろうとしている彼女に、バティストは温かな目を向けていた。
「君はすっかり柔らかくなったな。いいことだ。最初に会った時など、悲壮感に顔がこわばっていて、見ていてはらはらしたものだが」
「あ、あれは、実家から迎えが来たと聞かされて、必死だったのです。……そういえば」
この辺境に来た次の朝、いきなり呼び出された時のことを思い出して恥ずかしくなったのか、セラフィナがむきになって反論する。しかしその途中で、何かを思い出したらしい。
「あの……わたくしの実家なのですが、それ以降どうでしょうか……ばたばたしていて、すっかり忘れておりました……」
その言葉に、バティストが豪快に笑う。先日、戦場で大暴れしていた時と同じ、かつての雄姿をほうふつとさせる笑いだった。
「まったくあきらめていないようだな。あれから使いが、二度……いや、三度来たな。『魔物から人間を守る最前線たるこの辺境軍の、有望な若手を持っていかれては困る』と言って、全部即追い返したが」
得意げに胸を張って、バティストは続ける。
「あんまりうるさいので、先日陛下に直訴した。彼女を連れ戻させないようがつんと言ってやってください、と」
「まあ、そうだったんですの……ありがとうございます」
相づちを打つセラフィナは、ちょっぴり涙目だった。『有望な若手』と言ってもらえたことと、バティストがそうやって自分を守ってくれたことがとても嬉しかったのだ。それに、わざわざ王にかけあってくれたことも。
「もっとも、君が実家に戻りたいというのなら、いつでも連絡を取るが……」
「いいえ、結構です。わたくしはこの辺境で、ずっと頑張っていきますわ」
アルフと共に。その言葉を、彼女は飲み込んだ。既に彼女たちの仲は十分すぎるほどみなの知るところになっていたが、それでもやはり、少しばかり照れがあったらしい。
「ああ、よろしく頼む。君はこの辺境軍に、なくてはならない存在になっているのだ。戦力としても、そしてアルフの支えとしても」
「……アルフ、の?」
さっき飲み込んだ言葉を悟られてしまったのだろうかと、セラフィナがどきりとする。バティストは打って変わって重々しい声で、静かに言った。
「アルフはあの通り、腕は立つ。だが、あいつはあの軽妙なふるまいに反して、ずっと誰にも心を許していなかった。私はあいつをしつこく追い回して、ようやく少しだけ腹を割って話せるようになったが」
その言葉に、セラフィナはぽかんとするほかなかった。
アルフは初対面の時からずっと友好的で、いっそなれなれしいと思えるくらいに親しげだった。その雰囲気に押されるようにしてセラフィナも彼に心を許し、ついには思い合うまでになったのだから。
「だからあいつはいつもふらふらと、どこにも根を下ろさずにさまよっていた。気が向くまま誰彼構わずに声をかけていて……それが元になって、君も一度ひどい目にあっているだろう」
アルフがセラフィナにかまいつけていることを苦々しく思った女性たちによって、セラフィナは魔物の群れの中に置き去りにされた。けれどそれでも、セラフィナはアルフに対して悪印象を抱くことはなかったし、彼から離れようとも思えなかった。
「けれどそんなあいつが変わった。なんというか……ようやくきちんと前を向いたような、そんな感じがするのだ。おそらくだが君を守ろう、君の力になろうという思いが、あいつを変えたのだろう」
「そう……だったら、嬉しいです」
「本人に確認してはいないが、きっとそうだろう。だからセラフィナ、どうかこれからもあいつのそばにいてやって欲しい。この辺境軍のため、そしてあいつのために」
「もちろんですわ。何があろうと、アルフのそばで、彼を支えていきたい。それが、わたくしの望みです」
ひときわ晴れやかな、柔らかな笑顔でセラフィナが宣言する。そのさまを見て、バティストもほっと息を吐いた。
「ああ、よろしく頼む。私も君たちのために、可能な限り力を貸そう」
そう言ってうなずき合った二人の間に、軽やかな声が割って入った。
「セラフィナ、まだここに……あっ、いたね」
声の主は、もちろんアルフだった。今の今まで彼の話をしていたことなどおくびにも出さずに、アルフに向き直る。
「ええ、ちょうど報告が終わったところよ」
「お前はいつもセラフィナを独占しているだろう。たまには彼女と話させてくれ」
冗談めかして語るバティストに、アルフはわざとらしくむくれてみせる。
「ええーっ、だったら俺も同席させてくれよ、おっさん。俺だけ仲間外れとか、寂しいよ」
「わかった、わかった。それはまた今度だな。私はそろそろ仕事に戻らねばならん。お前たちも、まだ職務の途中だろう?」
「ああ、そうだった。ほらセラフィナ、戻ろう」
アルフが朗らかに笑い、セラフィナに手を差し出す。セラフィナはちょっと恥じらいつつも、その手を取った。
これからもこの二人は、こうやって支え合いながら、戦いに身を投じていく。どうか二人の未来が、明るく幸せに満ちたものでありますように。
去っていく二人の背中を見ながら、バティストはそう祈っていた。
二人の手は、しっかりとつながれていた。何があろうと決して離れないと、そんな思いがこめられているかのように。
ここで完結です。読んでいただき、ありがとうございました。
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