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36.みんなで力を合わせて

 ひとまず、竜の喉元にあるうろこを狙ってみよう。アルフのそんな提案に、その場の全員がうなずく。


「あそこを攻撃すればいいのね? だったら、これはどうかしらあ」


 ヴァレリーがそう言って、魔法の弾を竜の喉元めがけて放った。しかし竜は、とっさに手で喉をかばうようなそぶりをみせる。魔法の弾が竜の腕に当たって、ぱあんとはじけて消えていった。


「あらあ、頭にくるわねえ。……当たるまで連射してやろうかしら?」


「落ち着け、ヴァレリー。むやみやたらに打っても意味がない」


 笑顔をひきつらせているヴァレリーを、カミーユがなだめている。アルフはその間も、じっと竜を見つめていた。


「そうなんだよな。どうにかして、隙を作らないと……喉を無防備にさせるには、やっぱり上を向かせるしかないかなあ」


「上……と言っても、ここは草原ですから……この場で一番高いところにあるのが、あの竜の頭ですわ」


「だよなあ。森のほうに誘導するか、あるいは本部の近くまで……いや、それは危ないか」


 黒髪をかき回してうなるアルフに、カミーユが冷静に言葉を返す。


「それ以前に、あれをよそに誘導するのはまず無理だ。周囲の細かいのが邪魔しているから。こうしてる間も、あいつはじりじりと本部に近づいてきてる。僕たちが総出であいつを止めようとしているのに、この始末だ」


 竜の顔は、本部の方角にまっすぐに向けられている。こうして話している間にも、さらに少しずつ竜は前進していた。


 それを見たヴァレリーが、疲れたように深々と息を吐く。


「それにしてもこの戦い、いつ終わるのかしらねえ。朝からずっと戦い通しだから、さすがに疲れたわあ。紅蓮のみんなや陽光の人たちに比べると、わたしたち翠緑なんかはずっとひ弱だし」


「それを言うなら、僕たち漆黒が戦場に出てるのがそもそも異常事態だ。僕たちは研究一筋だから。……僕も、防御の魔法は得意だけれど、さすがにここまで長時間張りっぱなしなのは初めてだ。確かに、疲れた」


「でも、そのおかげでわたしは攻撃に専念できるのよお。ありがとう、カミーユ」


「……ど、どういたしまして」


 そんな会話に耳を傾けていたアルフが、吹っ切れたような顔で大きくうなずいた。


「よし、飛ぶか」




 それからアルフは、あちこちの隊に伝令をやって、必要な人員を集めさせた。もちろん、その間も周囲の小さな魔物を倒しながら。


「……本当に、やるんですの?」


 作戦の内容を聞いてからというもの、セラフィナはたいそう不安げな表情をしていた。そんな彼女に、アルフはいつも通りさわやかに笑ってみせる。


「大丈夫、大丈夫。いつもやってることを、ちょっとばかり応用するだけだからさ。俺も、君も」


 それでもまだ、セラフィナの表情は優れない。アルフは彼女に近づいて、耳元でささやいた。


「俺は、君を信頼してる。君なら絶対に、やりとげてくれるって」


「……でも、怖いのです。わたくしのこの腕に、辺境軍の未来がかかっているのかもしれないと、そう思えてしまって」


「もし失敗したら、その時は俺が君の分まで頑張るさ。それに、みんなもついてる。誰かの失敗は、みんなで挽回する。それが、辺境軍のやり方さ。だから、肩の力を抜いて」


「……ええ、そうですわね。緊張していたら、力を出し切れない」


 ようやっと顔をほころばせはじめたセラフィナに、アルフは嬉しそうに笑いかける。


「そうそう。気楽にいこうよ」


「アルフは気を抜きすぎだろ。セラフィナを見習ったらどうだ」


「そうよねえ。あれだけ適当なのに、今まで深刻などじを踏んでないんだから、不思議よねえ」


 戦場のただ中で甘い雰囲気を漂わせ始めたアルフに、カミーユとヴァレリーが小声で注意している。というよりも、あきれている。


 アルフはそんな言葉はまったく気にしていないようで、各隊からかき集めた色とりどりの兵士たちに、号令をかけている。


「それじゃあ、打ち合わせ通りに頼むよ、みんな!」


 そうして、アルフの急ごしらえの作戦が始まった。赤と橙の制服の者たちが、小さな魔物を倒して道を作る。アルフとセラフィナは、その道を通って竜の前後に分かれていった。


「さあ、こっちですわ! おいたがすぎますわよ!」


 セラフィナは竜の正面に立ち、声を張り上げる。彼女の周囲には、各隊から集められた防御魔法の使い手がずらりと並んでいた。さらにその後ろでは、黒い制服の兵士たちが地面にかがみこんで何やらごそごそとやっている。


 それまでふらふらと本部を目指していた灰色の竜の目が、セラフィナの姿をとらえる。不意に、竜が動きを止めた。そのまま、じっとセラフィナを見つめている。


「みんなの準備が整うまで、どうにかして竜の注意を引き付けなくては……」


 わざと大ぶりな斬撃を繰り出しながら、セラフィナが口の中でつぶやく。竜の背後では、アルフの指揮のもとに、やはり多くの兵士たちが何やら作業にいそしんでいた。


 それ以外の兵士たちは、今まで以上に気合を入れて戦っていた。少しでも、竜の周りに集まる魔物を減らすために。そしてそちらの兵士たちについては、バティストがうまくとりまとめていた。


「竜はセラフィナのほうを向いている、周囲の魔物たちも少しずつ減っている……今のところ、順調だな」


 竜の背後で、アルフが作業の手を止めることなくつぶやく。彼らは魔法を使って、せっせと辺りの岩を積み上げていた。崩れないよう、やはり魔法でしっかりと固めながら。


「俺たちが手間取ると、その分セラフィナに負担がかかってしまう。みんな、もうこれまでにないくらいに全力で頑張ってくれよ」


 アルフのそんな呼びかけに、兵士たちからはおう、と力強く言葉を返す。


「あの子一人に頑張らせるなんて、男がすたるぜ」


「そうそう。私たちの底力、見せつけてやりましょ!」


 そんなことを言いながら、みなてきぱきと作業をこなしていった。やがて、竜よりも高い、石の塔のようなものができあがる。それを見て、アルフは満足げにうなずいた。


「じゃあ、ちょっと行ってくる。この塔が壊されないよう、防衛だけはしっかりと頼むよ。少しの間だけでいいからさ」


 そう言い残して、アルフはするすると塔を登っていった。すぐに頂上にたどり着き、そこでかがみ込む。


 彼は手首に装着した通信の水晶を操作して、セラフィナに呼びかけた。


『こっちの準備、整ったよ。そっちはどう?』


 セラフィナは竜と戦いながら、背後をちらりと見る。地面にひざをついた漆黒の隊の面々は、誇らしげな顔で親指をぐっと立ててみせた。


「ええ、こちらもできたようですわ」


『それじゃあ、行こうか。一発で決まれば楽だけど、うまくいかなくても次の手があるからね』


 そんなアルフのはげましを聞きつつ、セラフィナは漆黒の隊員たちが作業をしていたところまで下がる。そこの地面には、大きな魔法陣が描かれていた。その中心に立ってから、アルフに合図を送る。


「いつでもいけますわ」


『了解。三、二、一、いっくぜー!』


 その掛け声と共に、アルフが飛び降りた。石の塔のてっぺんから。


 彼は左手で魔法を使い、落下の軌道を調整している。そのまま、竜の頭めがけて落ちていった。


「たぶん、あそこなら多少は効くと思うんだよな」


 そんなことをつぶやきながら、アルフは剣を繰り出した。すぐ真下に見える、竜の目に向かって。


 次の瞬間、すさまじい叫び声が戦場に響き渡った。アルフの剣が、竜の目を浅く切り裂いたのだ。竜は怒り狂いながら、自分の額の上に立っているアルフをにぎりつぶそうと、そちらに手を伸ばす。


「今ですわ!」


 セラフィナが叫び、足元の魔法陣を起動させる。そこから光がわきおこり、セラフィナの全身をすっぽりと包みこんだ。


 そうして彼女は、地面を蹴って大きく跳び上がった。普通の人間であればまず不可能な高さまで。


 漆黒の隊員たちが大急ぎで書き上げたこの魔法陣には、上に乗っているものを高く打ち上げる効果がある。セラフィナはその力を借りて、竜の喉元めがけて突っ込もうとしているのだ。


 両手でしっかりとにぎった魔法銀の細身剣に、セラフィナはありったけの魔力を込める。剣の威力を、限界まで上げるために。アルフはああ言っていたが、彼女は自分の手で必ず竜をしとめるのだと、そう決意していた。


「辺境は……わたくしの居場所です。ここにいるのは、わたくしの仲間です。それを壊そうとするあなたには、ここで退場していただきますわ!」


 そんな叫び声と共に、セラフィナは剣を突き出した。竜の喉元にある、あの小さなうろこめがけて。


 魔法で強化された彼女の剣が、深々と突き刺さる。今まで誰もろくに傷一つ付けられなかった、竜の体に。


 先ほどのものよりもさらに大きな、耳が痛くなるような叫び声をセラフィナは聞いた。少し遅れて、竜がゆっくりと倒れこんでいく。そして周囲の小さな魔物たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。


 ああ、わたくしたちは勝ったのですわ。そう思ったその時、セラフィナは気づいた。


 そういえば、着地のことを全く考えていませんでした。洞窟から出た時はアルフの指示で何とかなりましたが、わたくし一人できちんと着地できるでしょうか。


 青ざめる彼女を、笑顔のアルフが空中で抱き留める。そのまま彼は魔法を器用に使いこなし、ふわりと地面に降り立った。セラフィナを抱きかかえたまま。


「みんな、お疲れ! この戦い、俺たちの勝ちだ!」


 アルフの宣言に、兵士たちは一斉に大声を上げる。セラフィナはアルフにしっかりと抱きかかえられたまま、その歓声を涙目で聞いていた。

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