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35.辺境軍、全軍出動!

「まさか、本当にうまくいってしまうなんて……」


「俺がいて、君がいる。辺境軍最高の、最強の二人なんだから。やろうと思えば、なんだってできるさ」


 一晩の間に降り積もった雪をかき分けて、セラフィナとアルフは歩いていた。ひたすらに南に向かって。


 このまま山を下っていけば、いずれ開けた場所に出られるはずだった。さらに南に進んでいけば、じきに防壁のどこかに行き当たる。


 浮かれた様子でアルフが雪をかき分け、鼻歌交じりに突き進む。


「君の夢には感謝しないとな。それに、崖をまっさかさまに落ちながら、下へと続く道を見つけてしまうなんて。君はすごいなあ」


「いえ、そこにたどり着く方法を編み出したあなたのほうが……」


 どことなくあっけにとられたような顔をしたまま、セラフィナが答える。


 あの夢の中で、セラフィナは見た。崖の途中、洞窟の入り口よりもずっと下に、道らしきものがあるのを。大きな岩と岩の間にあるその道は、どうやら南へ向かって続いているようだった。


 そのことに気づいた時、彼女は食い入るようにその場所を見つめた。アルフがいる洞窟からの距離、位置。そういったものを、目に焼きつけるために。


 そうして彼女は、それらの情報を全てアルフに話した。それを聞いたアルフは、いともあっさりと解決策を口にしたのだ。


「まさか、『降りていけなさそうなところに道があるなら、そこまで落ちていけばいい』なんて言われるとは、思いもしませんでしたわ……」


 二人が休んでいた洞窟は、切り立った崖の中腹にできた横穴だった。アルフはセラフィナをしっかり抱え上げると、そのまま洞窟の出口から飛び出したのだ。当然ながら、二人は暗い谷底に向かって落ちていった。


 とんでもないのはここからだった。落下しながら二人は、アルフの指示に従って魔法を使った。そうやって落下の軌道を調節して、そのまま道の入り口に見事転がり込むことに成功したのだ。


「昨日君を助けた時も、同じようにしたんだ。風でも炎でも思いっきり噴射してやれば、落ちる方向を調整できるし、着地の時の衝撃を和らげることもできる。もっとも長時間使えるものでもないから、高いところから落ちた時はどうしようもないけどね」


「習ったことのない使い方ですわね。けれど、あなたが妙に手慣れているように思えるのは、気のせいかしら……」


「気のせいじゃないさ。魔物に奇襲をかける時とか、低い崖の上から襲い掛かったりもするし。俺、飛び降りるのには慣れてるんだ」


「わたくしには、真似できそうにありませんわ……」


「そうだね、比較的めちゃくちゃをやらかしがちな俺たちの隊でも、この戦法をとるやつは少数かな。それに君は、回避からの反撃のほうが向いてると思うよ。ほら、俺たちとの初陣で見せてくれたやつ。かっこよかったなあ」


 アルフの声には、まぎれもない称賛の響きがあった。彼の後ろを歩きながら、セラフィナはそっと頬を押さえ、ふるふると首を横に振る。


「あれは単に、力と体力の不足を補おうとしているだけですわ。ただひたすらに機を待っているだけの、地味な戦い方ですから」


「そうやってじっと待てるのがすごいよ。俺はそういうのが苦手でさ。魔物を前にしたら、すぐにぼっこぼこにするほうが性に合ってる」


「ふふ、アルフったら」


 そんなことを話しながら、二人はどんどん進んでいく。やがて雪山を抜け、平地の森にたどり着いた。


「よっし、ここまできたらあと少し……はいいんだけど、なんだか騒がしくない?」


「ええ。あちらのほうから、何か聞こえてきますわ」


 遠くに小さく見えている辺境軍の本部、その北東の平原。そちらのほうから、たくさんの人間が騒ぐような声が聞こえてくるのだ。しかし森の木々が邪魔をして、人影ひとつ見えはしなかった。


「何が起こっているのかは分からないけど……」


「ひとまず、行ってみるべきですわね」


 二人は顔を見合わせて、同時にうなずいた。そしてそのまま、そちらに向かって駆け出した。




「うげ……」


 騒ぎの中心に近づいていくと、たくさんの兵士たちの姿が見えてきた。色とりどりの制服たちが、何か大きなものを取りかこんでいる。その何かを見て、アルフがげんなりした声を上げる。


 その声に、周囲の兵士たちが振り返った。二人の姿を見て、ほっとした顔になる。


「おっ、アルフにセラフィナ! 無事だったか!」


「崖から落ちたくらいで、アルフがどうにかなる訳ないだろ」


「それより、手伝ってくれ! あいつもう、とにかくしぶとくってな。攻撃がろくに通ってないみたいなんだ」


「しかも、なぜか小型の魔物が次々集まってきて、あれに近づくのですら一苦労なのですよ」


 彼らは小型の魔物と戦いながら、一斉に同じものを指し示した。


 そこにいたのは、昨日の灰色の竜だった。ちょっとした家よりも大きな竜の周りには、大小さまざまな魔物が飛び交っていて、竜の姿を半ばほど隠している。


「分かった、すぐに向かう。たぶん、紅蓮の隊もあそこにいるはずだしな。行こうか、セラフィナ」


 そう言って、アルフはセラフィナを連れ、竜のほうに近づいていく。そんな二人を見送った兵士たちは、何やら意味ありげなにやにや笑いを浮かべていた。




 竜に近づくにつれ、赤い制服の者が増えてきた。魔物との戦いに一番長けている紅蓮の隊の者たちだ。どうやら紅蓮はほぼ全員が出そろっているな、この非常事態なら当然かと、アルフはそんなことを考えていた。


「おおいみんな、戻ったぞ……って、ええっ!?」


「えっ、まさかそんな!?」


 紅蓮の隊員たちばかりになった一帯にたどり着いたアルフとセラフィナが、驚きのあまり声を上げる。それを合図にしたかのように、周囲の兵士たちが二手に分かれた。その先には、一人の人影が立っていた。


「おお、アルフか。やっと戻ってきたな。セラフィナも無事なようで、何よりだ」


「いや、バティストのおっさん、なんであんたがこんなところにいるんだよ!?」


 そこにいたのは、なんと司令官であるバティストだった。


 さらに驚いたことに、彼は紅蓮の隊員たちに混ざって、魔物たちと戦っていた。両腕にはめたがっしりとした小手で、魔物たちを片っ端から殴り飛ばしている。


「どうしたもこうしたも、あの魔物はかなり危険なもののようだからな。やたらと頑丈で、しかも小型の魔物を呼び寄せている。私はこの辺境に来て長いが、あんなものは見たことがないな」


 そう説明している間も、バティストは豪快に魔物を殴って殴って殴りまくっている。金色の剣を振って同じように魔物を叩きのめしながら、アルフが声を張り上げた。


「危険なのは見れば分かるし、みんなが総出で戦う必要があるってのも分かる。でもあんた、司令官だろ。前に出てきてどうすんだよ」


「仕方ないだろう。よりにもよって、紅蓮の一番隊が隊長不在だったからな。あの竜と戦うのに、副隊長の指揮では少々心もとない。だから前隊長の私が、一時的に力を貸すことにしたのだ」


 あきれるアルフとセラフィナに、バティストは堂々と言う。


「しかしお前が戻ってきたからな、ここからは私も臨時にお前の指揮下に入ろう。かつて『炎の剛腕』と呼ばれた私の腕前、まだまだ衰えてはいないぞ!」


「だから、なんでそうなるんだよ!!」


 あきれるアルフをよそに、バティストは手近な魔物の群れに突っ込んでいった。さっきよりもさらに軽快な動きで、手当たり次第に魔物をぶちのめしていく。辺りの赤い制服たちが、戦いながらも必死に笑いをこらえている。


「…………下がれって言っても聞かなさそうだな、おっさんは。仕方ない、ひとまずあれは忘れよう」


「忘れてしまっていいんですの!?」


 あきらめきった顔でつぶやくアルフに、セラフィナが大いにあせりながら呼びかける。


「ん、いいんだよ。確かにおっさん、ちっとも衰えてないしな。あれならよほどのことがない限り大丈夫だ。それよりも、今はあの竜をどうにかすることを考えよう」


 そうやって話している間も、小ぶりな魔物が次々に襲い掛かってくる。二人は危なげない動きで一体ずつしとめながら、竜をじっと観察した。


「あの竜……少しずつ、本部に近づこうとしているような気がしますわ……」


「俺もそう思う。問題は、あいつがとんでもなく頑丈だってことだ。みんなが交互に斬りつけてるけど、全然傷になってない」


「物語に出てくる竜に、そっくりですわね……あの姿といい、あの強さといい」


「だよね。そんなものがいるなんて、思ったこともなかった」


 せっせと戦いながら、二人が同時にため息をつく。その時、ぼそぼそとした声が割って入った。


「もしかしたら、弱点もそっくりかもな。ほら、喉元のあのうろこ」


 その声に、二人が同時に振り向く。そこには、防御の魔法で作った透明な壁の後ろに隠れているカミーユと、彼の隣で壁越しに魔法の弾を連射しているヴァレリーがいた。


「わたしたち、ちょっとずつ竜に近づいてきたのよお。カミーユが、どうしても近くで見たいってきかないから」


「あいつはとびきり珍しい魔物だ。研究に携わる漆黒の者として、見逃す訳にはいかない」


「それで、少し離れたところで観察してたんだけど……そうしたら、カミーユがちょっと気になることがあるって言いだしたの。だから、あなたたちに教えておこうと思って」


「あの喉のところ、見えるか」


 カミーユが、竜の喉を指さす。アルフとセラフィナが目を凝らすと、そこに小さなうろこがくっついているのが見えた。他のうろこよりずっと小さく、少し浮き上がっているようにも見える。


「いわゆる『逆鱗』かもしれない。少なくとも、僕はあれがそうなんだと思う」


「げき……りん? 聞いたことがあるような、ないような? なんだったかな、それ」


「弱点だ」


 カミーユのその言葉に、アルフがぱっと笑顔になる。周囲の人間が思わず見とれてしまうような、晴れやかで鮮やかな笑顔だった。


「よし! じゃあ決まりだな。どうにかしてあそこをつっついてみよう。みんなで力を合わせれば、何とかなるさ! もしはずれだったとしても、その時はその時だ!」


 周囲から、おお、という歓声がわき上がる。まだ戦いの真っ最中だというのに、みなの顔に不安はなかった。アルフがいる、ただそのことが、みなを安心させているようだった。


 そんな彼の、すぐそばにいられる。セラフィナは魔法銀の細身剣をふるいながら、そんな幸せにこっそりと浸っていた。

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