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31.わがまま王子様の言い分は

 そんなこんなで、セラフィナとアルフの仲は、あっという間に辺境軍中に知られることになった。


 その強さと立場、それに快活な性格から、みなの尊敬を集めていたアルフ。そして、新入りながら十分な実力を持ち、貴族であることを鼻にかけることもない努力家のセラフィナ。


 そんな二人が恋仲になったことは、おおむね好意的に受け入れられていた。


 しかしもちろん、例外もある。セラフィナを追いかけて辺境軍に入り、そのまま居ついてしまったあの二人だ。


「どうしてセラフィナが……確かに私はマリオンを愛しているが、だからといって彼女がほかの誰かのものになるなど……彼女は、私の婚約者なのだから……」


 アルフの命令のせいでセラフィナにろくに近づけないリシャールは、人気のない廊下で頭を抱えていた。


「なんとかしなくては……なんとしても、彼女をこの手に取り戻さなくては……」


 彼はそんなことをぶつぶつとつぶやいている。しかしどうやら、自分が非常識であるとの自覚はないらしい。


 あくまでも自分は婚約者に逃げられ、辺境の兵士たちに冷たい目で見られている被害者なのだと、彼は本心からそう思っているようだった。


 リシャールは時々ちらちらと顔を上げては、隣のマリオンを見ている。どうか、傷心の自分をなぐさめてくれと、そう言いたげな表情だ。


 しかしマリオンは、赤みを帯びたふわふわの金髪をいじりながら、明後日の方向を見てため息をつくだけだった。


「はあ……セラフィナ様に会いたいよう。あたし一人で近づいてみても、いっつもあのアルフって男に邪魔されちゃうし。これじゃ、こんな田舎まで来た意味がないじゃない」


「……マリオン」


「セラフィナ様が王妃になって、あたしが側室になる。最っ高の案だと思ったのになあ」


「マリオン」


 リシャールは眉を下げ、情けない声でマリオンを呼ぶ。品よく整った顔をしているというのに、今の彼はまるで甘ったれの子供のように見えていた。


「あ、はいはいリシャール様。なんですか? あたし、今考えごとに忙しいんですけど」


 けろりとした顔でそう言い放ち、また自分の考えに没頭しようとしているマリオンの腕を、リシャールはあわててつかむ。


「待ってくれ、これは私たちと、それにセラフィナのこれからに関係があることなのだ」


 セラフィナの名を聞いて、マリオンがぴたりと口をつぐむ。そんな彼女に、リシャールはいたって真剣に話し始めた。この状況を打開するために、自分が考えたことを。




 その次の日の午後。リシャールとマリオンは、小さな会議室にいた。そこには彼らのほかに、三人の人間も集められていた。


「セラフィナに用があるなら少しずつ近づくようにとは言ったけどさ、こんな風に呼び出すのはどうかと思いますよ、王子様?」


 不機嫌を隠そうともしないアルフが、鼻筋にしわを寄せてリシャールをにらむ。


「落ち着け、アルフ。どのみち、いずれはきちんと対応しなくてはならない問題だと、お前にも分かっていただろう」


 牙をむいてとびかかりそうなアルフを抑えているのは、司令官たるバティストだ。


「……そうですね。アルフの命令により、わたくしはリシャール様と距離を置くことができました。けれどリシャール様は、今でもわたくしに執着しておられるように思えます。このままでは、駄目でしょう」


 アルフの隣では、セラフィナが深々とため息をついている。物憂げな彼女を、向かいに座ったマリオンがにこにこしながら眺めていた。


「それではリシャール様、彼女をここに呼んだ理由をお聞かせ願えるでしょうか」


 バティストが頭痛をこらえているような顔で言った。リシャールは最初、セラフィナだけに声をかけたのだ。頼むから、一度だけ話し合いの場に出てきてくれ、と。


 当然ながら、セラフィナ一人で出向くことをアルフは認めず、自分も立ち会うと言い張ったのだ。さらに彼は、司令官であるバティストまでも巻き込んだ。


 殴り合いなら、リシャールには絶対に負けない自信がある。だが、権力をふりかざされたらどうしようもない。しかしバティストであれば、リシャールの要求を突っぱねることもできる。


 アルフは真剣に、そこまで考えていたのだった。


 ちなみにバティストのほうは、いざという時アルフを止めるつもりで参加している。


 どうもセラフィナのことになるとアルフは冷静さを失いがちだし、話の流れによってはアルフがリシャールに手を出さないとも限らない。ここは独立性の高い辺境軍とはいえ、さすがにそれはまずい。


 そんな思惑を秘めたまま、みながリシャールを見つめる。やがてリシャールは、ゆっくりと語りだした。


「セラフィナは、私が彼女を裏切ったと言った。しかし私のほうにも、理由があったのだ」


 ほおお? とアルフが小声で低くすごむ。どうも彼は、リシャールに対しては明らかに喧嘩腰だった。


「彼女は、非の打ちどころのない令嬢だった。民を思い、自らを高めるための努力を怠らなかった」


 いいことだろうがよ、とアルフが若干やさぐれた口調でつぶやく。リシャールは彼のほうを見ることなく、悔しげに視線を落とす。


「……だからこそ、私は引け目を感じてしまった。セラフィナといると、もっとしっかりしなくてはと、せきたてられるような気持ちを覚えるようになってしまった。彼女のそばは、ひどく息苦しかった」


 その言葉に、セラフィナが黙って目を見張る。彼女にとってその言葉は、あまりにも意外なものだったのだ。


「だから私は、マリオンに癒しを求めた。彼女と心を通わせ、そして、愛してしまった。それがいばらの道だと知っていても、戻れなかった」


 しかしマリオンは、そんなリシャールの言葉に顔色一つ変えなかった。彼女は、セラフィナを見つめるのに忙しかったのだ。


「だが」


 そこでリシャールは言葉を切る。マリオン以外の三人が、居住まいを正した。


「こうしてセラフィナと離れて、ようやく私は気づいた。私は彼女のことを、頼りにしていたのだと。私は彼女のことを、姉のように思っていたのだ」


 アルフが金色の目を細め、白けたような表情になる。


「それに、たとえマリオンを王妃にすることができたとしても、彼女はとてもその任には耐えられない。だから私は、セラフィナに支えて欲しいと思っているのだ。この国のためにも、彼女の存在は必要だ」


「ふっざけんな!!」


 いきなり、アルフが吠えた。両手で机をばんと叩いて立ち上がり、真正面からリシャールをにらみつける。


 アルフは、セラフィナがどんな目にあってきたか全て知っていた。そして、彼はずっとリシャールにいきどおっていた。その思いが、一気に爆発してしまったらしい。


「セラフィナに、犠牲になれってか!! 自分のことを愛してないどころかうとましく思っているくせに、都合のいい時だけ頼ってくるような男に、人生捧げろって言いたいのかよ!! そんなの、不幸になるに決まってるだろ!!」


 その剣幕に、リシャールがひるむ。しかし彼も押されっぱなしではなかった。


「お前のような下々の者には分からないだろうが、王族や公爵家の者には、生まれながらに義務が存在するのだ! 己の幸せは後回しにせよと、幼いうちからそう教え込まれる!」


「はあ? 自分はちゃっかり惚れた女連れて歩いてるくせに、何言ってんだ?」


「ぐ……しかし、私が次の王となることは、もう決まっているのだ。そうなれば、この辺境軍の人事にも口をはさむことができる。あまりなれなれしい口をきいて、将来どうなっても知らないぞ」


「不利になったから脅しかよ? はっ、あんたみたいな腰抜けの横やりなんて、怖くもなんともないな」


「お前、今の発言はさすがに見過ごせんぞ! 誰が腰抜けだ!」


「あー? 俺、何かまずいこと言いましたっけ? 身に覚えがありませんね?」


 話し合いだったはずのこの場は、いつしかアルフとリシャールの本気の口喧嘩の場となってしまっていた。二人は、今にもつかみかかりそうな剣呑な雰囲気をたたえている。


「アルフ、少し落ち着いてください」


「リシャール様、本日はもう話し合いにはならないでしょう。どうか、日を改めてはいただけないでしょうか」


 見かねたセラフィナとバティストが、アルフとリシャールの間に割って入る。マリオンは相変わらずセラフィナだけを見ていた。


 そうしてこの場はいったんお開きとなり、それぞれが部屋を出ていく。去り際に、セラフィナはアルフに声をかけていた。


「もう、あんなに食ってかかるなんて、思いもしませんでしたわ……けれど、ありがとう。あなたがわたくしのために怒ってくれて、嬉しかった」


 そう語る彼女の横顔を見て、リシャールは衝撃を受ける。


 今まで彼が見たこともないくらい、セラフィナは甘く優しく、そして幸せそうな顔をしていたのだ。自らもマリオンに恋をしているリシャールには、その表情の意味するところはすぐに分かった。


 もう、何があろうとセラフィナは自分のところには戻ってこない。リシャールはようやくそのことを実感し、声もなく立ち尽くしていた。


 そんな彼を支えるはずのマリオンは、リシャールのほうを見ていなかった。ただ彼女はアルフをにらみつけ、口の中だけでなにやらつぶやいていた。彼女の緑がかった黄色の目は、寒気がするほどに冷たく、ぎらついていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] セラフィナ嬢が戻ってこなかったら恋人様もいなくなるのでは…うん、どんまい。
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