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28.ささやかなごほうび

 セラフィナが見た夢の通りに、魔物たちはやってきた。けれどその結末は、夢とはまるで違っていた。


 様々な色の制服を着た兵士たちに魔物は取り囲まれ、みるみるうちに数を減らしていった。そうして、最後の一匹が雪の上に倒れ伏した。


「みんな、ありがとう! 助かったよ!」


 静まり返った雪原に、とびきり明るいアルフの声が響く。今の今まで真剣な顔で戦っていた周囲の兵士たちが、一斉に大きく笑み崩れた。


「俺たちは辺境軍だぞ、魔物と戦うのは当たり前だろ!」


「そうだ、そうだ! それよりも、なんでお前がそこで見物なんだよ。最強なら最強らしく、ばんばん魔物を切り伏せろよ!」


 そんな言葉が、晴れやかな笑い声とともにアルフに投げかけられる。アルフも笑いながら、彼らにこたえていた。


 ついさっきまで戦場だったとは思えないほどに和やかなやり取りを、セラフィナはぼんやりと眺めていた。けれど彼女の視線は、自然とアルフに吸い寄せられていく。正確には、自分の肩にかけられたままの彼の手に。


「……あの、そろそろ手を放してもらえると……」


「ええっ、駄目かな? 俺、こうしていると幸せなんだけど」


「わたくしは少々、恥ずかしいので……」


「恥ずかしいだけ? 良かった、嫌がられてなくて」


 そんな会話を始めた二人を、周囲の兵士たちは温かい、ほんの少しあきれたような目で見ていた。




 こうして無事に戦いは終わり、セラフィナは他の兵士たちと共に本部へと戻っていった。かすり傷を負った者も多少はいたが、みな大きな怪我を負うこともなく、無事に帰還することができた。


「……それで、どうしてプリンなんですの?」


 本部の食堂で、セラフィナはプリンの皿を前に首をかしげていた。


 報告を済ませたアルフは、セラフィナを連れてここにやってきたのだ。そうして彼女を席に着かせると、満面の笑みでプリンを運んできた。果物もクリームものっていない、とても質素なものだ。


「君のおかげで、ほぼ無傷で魔物の群れを片付けられた。あれに何の準備もなく当たっていたら、さすがに危なかったよ」


 そういいながら、アルフは彼女の向かいに腰を下ろした。心底ほっとしたような顔だった。


「雪原で最初に聞こえた悲鳴、覚えてるよね。あれさ、『泣き女』って言って、ごくまれに出る魔物なんだよ。あいつはあの声で、辺り中の魔物を集めてしまう。あいつがからむと、ものすごく怪我人が出る大きな戦いになっちゃうんだ。数年に一回くらいしか出ないのがせめてもの救いだね」


「そう、だったのですか……」


「君の夢のおかげで、泣き女を逆に罠にはめることができた。しかもさ、倒すことにも成功したんだよ。貴重な試料が手に入ったって、漆黒のみんなが大喜びしてたよ。今回の功労者は、君だ」


 だからどうしてプリンなのだと、セラフィナはその問いを頭の中で繰り返す。


「だから、これはごほうび。君、これ好きだよね。これを食べてる時、一番いい笑顔をしてるから」


 その言葉に、セラフィナは目を丸くする。余計な飾りがついていない、ただ卵と乳の優しい風味を味わえるこのお菓子に、彼女はこの辺境で初めて出会った。


 それまでの彼女にとってプリンとは、色鮮やかな果物と美しく絞り出されたクリームで盛大に飾りたてられたものだったのだ。飾りが多すぎて、本体を味わうどころではなかった。


 そうして彼女は、この素朴なプリンがすっかり気に入ってしまった。でも、そのことをアルフに話した覚えはない。それなのに、まさか表情で見抜かれていたなんて。


「……確かに、ここの食堂で一番好きなのは、このプリンですけれど」


「お、当たった! ……でもどうせなら、一番好きなのはあなたです、って言って欲しかったな」


 少々大げさに喜んで、それから冗談めかしてアルフが言う。しかしその金色の目は、彼の言葉の全てが冗談なのではないと、そう語っていた。


 アルフは、自分のことをよく見てくれている。セラフィナの目じりに、じわりと嬉し涙が浮かびそうになった。それをごまかすように、彼女は早口で答える。


「功労者というのなら、あなたのほうですわ。あなたがみんなを動かしてくれたおかげで、わたくしの悪夢は現実にならずに済んだのですから」


「ええっ、俺は別にたいしたことはしてないよ」


「してますわ。とっても。ですからあなたにも、ごほうびが必要だと思います」


「そう思ってくれるんだ? 君って優しいね。だったらさ、ひとつおねだりしてもいいかな?」


「おねだり、ですか?」


「大丈夫だよ、そう構えなくても。……あのさ、ちょっとだけ、頭なでてくれない?」


「…………はい?」


 まったく予想外のおねだりに、セラフィナは青紫の目を見張って硬直する。


「ああ、えっと、別にやましい意味じゃないんだよ。……俺さ、子供の頃両親に褒めてもらうのが好きだったんだ。よくできましたって頭なでてくれたのがさ、記憶に残ってて」


 大あわてで手を振りながら、アルフが説明する。


「だから、君に褒めてもらえたら、きっととても嬉しいだろうなって」


 その言葉に、セラフィナはゆっくりと息を吐いた。覚悟を決めたように、右手をぐっとにぎりしめる。


「……じっとしていて、くださいね」


 まるで戦いにおもむく時のような真剣な顔で、セラフィナは立ち上がり手を伸ばす。食堂にいた人間たちがみな口を閉ざして彼女を見ていたが、彼女のほうはそのことに気づくだけの余裕すらなかった。


 セラフィナのしなやかな手が、少し癖のあるアルフの黒髪に触れる。みなが固唾をのんで見守る中、彼女は厳かなほどにゆっくりと手を動かして、アルフの頭をなでた。


 その瞬間、アルフがほわんと笑う。子供のようにとても無垢な、純粋な喜びだけをたたえた笑みだった。


「最高のごほうび、もらっちゃったな」


 それを聞いたセラフィナが、ひゅっと息を吸ってアルフをまっすぐに見つめる。彼女の顔は、見事なまでに真っ赤になっていた。




「はあ……」


 その日の夜、セラフィナは自室で一人ため息をついていた。昼間に触れた、アルフの髪の感触が手に残っているかのように、右手をじっと見つめたまま。


「アルフは、幾度もわたくしを助けてくれた……だから、わたくしが彼のことを気にするのは当然のことで……」


 彼女の耳はほんのりと赤くなっている。寝台の上に腰かけて、彼女は一人つぶやく。


「だからきっと、彼から目が離せないのは、そのせいで……」


 クッションを抱きしめて、セラフィナはまた切なげにため息をつく。


「……そう言えば、彼の告白の返事が、まだでした……」


 いかにも今偶然思い出したようなふりをしているが、実のところアルフの告白の言葉は、ずっとセラフィナの胸の中に居座り続けていた。


 彼は文武に優れていて、そしてとても魅力的な人物だ。みなに慕われているのもうなずける。自分だって、彼のことは憎からず思っているのだ。とっさにはぐらかしてしまった告白の返事も、実のところもうとっくに決まっていた。


「答え……そもそも一度たりとも、迷ってはいませんし……でもやっぱり、恥ずかしい……」


 でも、いつまでもこうやって引き延ばす訳にもいかない。それに、自分の答えを聞けば、きっとアルフは大喜びしてくれるはずなのだ。いい加減、覚悟を決めるしかない。


「……明日、彼と話しましょう。ちょうどわたくしたち、二人とも非番ですし……」


 消え入るような声でつぶやいて、セラフィナはそのまま寝台にぱたりと倒れこんだ。

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