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27.未来はみんなでつかむもの

 セラフィナの悪夢について知ったにもかかわらず、アルフはそれから何事もなかったかのようにいつも通りに過ごしていた。


 むしろ彼は、セラフィナへの告白の返事がどうなるか、そればかりを気にしているようだった。


 彼は時折、期待に満ちたきらきらした目で彼女を見るようになっていたのだ。困ったように彼女が微笑みかけると、彼はそれはもう嬉しそうにへにゃりと笑み崩れる。


 それを見た周囲の人間は、「ごちそうさま」「とっととくっつけば?」「うらやましいぜ」などの言葉を遠慮なく叩きつけていた。


 セラフィナはその言葉に大いに照れ、一方のアルフはさらに嬉しそうに笑う。それが、このところのお決まりになっていた。




 アルフの告白を聞いてから数日後、今度はセラフィナがアルフを呼び出していた。


「あの……アルフ。ちょっといいかしら」


「うん、君のためならいくらでも時間を割くよ」


 そんなやり取りを経て、二人は町はずれの公園に歩いていった。人気のない木陰のベンチに、並んで腰かける。二人の間の距離は、前よりもずっと近かった。


「実は、先日の夢の話なのですけれど……」


 セラフィナがそう切り出すと、アルフはほんの少しだけ残念そうな顔をした。


 彼は先日、告白の返事は急がないと、そう言った。しかしそれは単に、格好をつけていただけだった。本心では、彼はセラフィナの色よい返事が欲しくてたまらなかったのだ。それも、一刻も早く。


 がっかりした気持ちを胸の奥に押し込んで、アルフはきりりと顔を引き締めた。隊長としての、頼りがいに満ちた表情だ。


「ああ、ある程度の対策は思いついたよ」


 その言葉に、セラフィナがほっとした顔になる。そんな顔も可愛いなあなどと思いながら、アルフはきびきびと話し続ける。


「そうだ、もう一度夢の話を聞かせてくれないかな。魔物が出てきた時の状況とか、辺りの地形とか。そういうのが分かれば、もっと細かく策を調整ことができるかもしれないし」


 その言葉に、セラフィナは大きくうなずいた。あの夢を思い出すのは恐ろしいけれど、アルフはその情報をきっと役に立ててくれる。心からそう信じられるのが嬉しいと、セラフィナはそう感じていた。


 改めて夢の話を聞き終えたアルフは、あごに手を当てて考え込み始めた。時折ぶつぶつと小声でつぶやきながら、じっと宙を見つめている。


 セラフィナはその隣で座ったまま、静かに待っていた。彼女はほったらかされているに等しい状況だったけれど、彼女は少しも戸惑ってはいなかった。むしろ、この時間を心地いいとさえ思っていた。


 彼の考え事の助けになれれば、もっとよかったのですけれど。そんなことを考えながら、セラフィナは涼しい風に栗色の髪をなびかせていた。




 それから、さらに数日が過ぎたある日のことだった。北の雪原を偵察していた純白の隊から、知らせが入ったのだ。雪原の魔物たちの動きが、いつもと違っているようだ、と。


 そうして、紅蓮の一番隊が出撃した。彼らの赤い制服は、この『向こう側』の地でもとびきり目立つ。そうやって魔物たちを引き付け、叩きのめす。それが彼らの任務なのだ。


 セラフィナは出撃してすぐに、あることに気がついた。先頭はアルフ、自分はその隣。それはいつも通りだ。けれど他の隊員たちが、やけに少ない。


 首をかしげている彼女に、アルフが静かに言った。


「……報告があった場所は、君が夢で見た場所と特徴が一致するからね。たぶん今日が、あの夢が正夢になるかもしれない日なんだろう」


 その言葉に、セラフィナが息を飲む。アルフはあわてて、明るい声を出した。


「もちろん、そうなってもいいように手は打ってあるよ。心配しないで。きっと、ううん、必ずうまくいくからさ」


「……はい……そうなることを、祈りますわ」


「大丈夫大丈夫、これでも俺、意外と策略得意なんだよ? バティストのおっさんに、『人当たりがいいくせに、ずいぶんと性格の悪い罠を張るものだな』って言われたことあるし」


「……それ、褒めてるのかしら?」


「どっちかというとけなされてる気分だったね」


 そんなことを話しているうちに、セラフィナの緊張もほぐれていった。ついくすりと笑った彼女に、アルフが穏やかに話しかける。


「うん。やっぱり君は、笑っているほうが素敵だ。俺は君と笑っていられる未来をつかみとってやる。だから、そこで見ていて」


 アルフの黒髪に、雪の照り返しがきらきらとした光を添えている。綺麗で、穏やかで、それでいて力強い彼の笑顔を見ているうちに、セラフィナは胸がぎゅっと苦しくなるのを感じていた。




 そうして、とうとう目的地にたどり着いた。アルフは立ち止まり、セラフィナを背にかばう。ついてきていたわずかな隊員たちも、互いに背中合わせになって襲撃に備える。


 魔法銀の細身剣をにぎるセラフィナの手が、小刻みに震えていた。


「ええ……確かに、ここですわ……わたくしが、夢に見たのは……」


「やっぱり、怖い? でも、安心していいよ。これから、すっごい光景を見せてあげるからさ」


 そう言って、アルフは小さく笑う。けれど彼はそれ以上何も言わずに、また遠くに視線を向けてしまった。


 雪原のど真ん中で身構えたまま、彼らはじっとその時を待っていた。やがて、どこからか悲鳴が聞こえた。辺りの静寂を切り裂くような、女性の甲高い声。


「さあ、始まるよ。セラフィナ、俺たちは押し寄せる魔物を引き付けて、少しずつ着実に仕留めていけばいい。とにかく、自分の身の安全を一番に考えるんだ。いいね」


 言いながら、アルフは金色の剣で一点を指し示した。雪煙を上げて、魔物たちがこちらに向かっているのが見える。彼は軽やかな笑みを浮かべ、剣を構えた。


 心の中にまだ不安を残しながらも、セラフィナもまた、迫りくる魔物たちに向き合った。




 戦っても戦っても、魔物たちはどこからともなくわいてくる。これでは、あの夢と同じではないか。セラフィナがぎりりと歯噛みしたその時、最初の変化がやってきた。


 セラフィナたちを取り巻いている魔物の群れ、そのすぐ外側に、いきなり赤い制服がわらわらと現れたのだ。


 それは、今まで戦いに参加していなかった紅蓮の一番隊の者たちだった。どうやら彼らは、白い布をかぶってここまで近づいてきたらしい。


 さらに彼らに率いられるようにして、さらに赤い制服の人間たちが姿を現す。その人数から見て、紅蓮の隊の者がほぼ全てやってきているようだった。


 今までセラフィナたちを包囲していた魔物たちは、逆に紅蓮の隊の者たちに包囲される形になった。辺りに広く散らばっていた魔物たちが、包囲の中心へ、セラフィナたちが戦っているところに追い込まれていく。


 それを見届けると、アルフはにやりと笑った。左手を懐に突っ込み、中から魔法陣の描かれた金属板を取り出したのだ。それを高く掲げ、彼は叫んだ。


「さあ、集まって!」


 セラフィナたちは、今まで戦っていた魔物を放置してアルフのもとに駆け寄る。次の瞬間、透き通る壁のようなものが彼らを守るようにふわりと広がった。


 淡い緑色にぼんやりと光るその壁は球を半分に割ったような形をしていて、アルフたちをすっぽりと覆っていた。魔物たちはこの壁を超えられないらしく、壁の向こうで暴れながら唸り声を上げている。


「さあ、それじゃあフィナーレといこうか!」


 アルフはやけに楽しそうに叫び、今度は筒のようなものを取り出した。その端に手際良く火をつける。すぐに、その筒から光の玉が打ち出され、上空高く昇ってぱあんとはじけた。


「これって……花火、ですの?」


「そう。要するに、目印さ。ここが中心地だぞ、っていう」


 その言葉の意味は、セラフィナにもすぐ分かった。魔物の外側で戦っている赤い制服たち、さらにその後ろに、灰色の制服が見え始めたのだ。遠距離魔法や弓を得意とする、灰影の隊の者たちだ。


 彼らは戦場の外側で立ち止まると、次々と魔法や矢を射かけてきた。セラフィナたちがいる、戦場の中央めがけて。


 頭上から降り注ぐ魔法や矢に、セラフィナは青ざめながら身をすくめる。そんな彼女の肩を、アルフがしっかりと抱いた。


「大丈夫だよ。この魔法陣、カミーユに借りてきたやつだからさ。日々あれこれ研究してる漆黒の隊は、その成果として色んなものを生み出してる。これも、その一つさ」


 そう言って、アルフは手にした金属板をセラフィナに示す。その板は、周囲の壁と同じ緑色に輝いていた。


「守るだけなら、とびきりだって話だよ。……その代わり、中から外を攻撃することもできないみたいだけれど」


 彼の言葉の通り、魔法も矢も、全て淡い緑の壁に弾かれている。セラフィナはほっと息をついて、壁の向こうに改めて目をやった。


「……魔物が、減っていく……誰も、倒れていない……まるで、夢みたい……。あの悪夢のほうが、よほど現実味がありましたわ」


「いいや、これは現実だよ。君が夢について俺に話してくれたおかげで、この現実がある」


 アルフはセラフィナの耳元で明るくささやいて、一緒に壁の向こうを見た。魔物たちは次々と倒れ、黒い泥になっていく。圧倒的に、人間たちが有利に戦いを進めていた。


「君が打ち明けて、俺が応援を頼んで、みんなが力を貸してくれた。これは、俺たちみんなでつかんだ未来なんだ」


 相変わらずセラフィナの肩をしっかりと抱いたまま、ひときわ優しい声でアルフがささやく。セラフィナは彼によりかかったまま、じっと前を向いていた。嬉し涙をこらえながら。

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