25.彼のことが知りたくて
見事アルフが勝利をおさめ、リシャールがこれ以上セラフィナをわずらわせることもなくなった。
みな、リシャールはすぐに辺境軍から出ていくだろうと考えていたが、意外にも彼はここに残ることを選んだ。
その決断に、そして彼がアルフの命令をきちんと守っていることについて、辺境軍の面々は少しだけ感心していた。
相変わらずリシャールは陰口を叩かれる身ではあったが、彼への風当たりが少し、気のせいかと勘違いしそうになるくらい少しだけやわらいではいた。
そして『三度の死闘』から二日後のお昼時、セラフィナはアルフと一緒に、町の食堂で昼食をとっていた。人通りの多い道に面した、屋外の席だ。
「ありがとう、アルフ。あなたのおかげで、やっと平穏な日々が戻ってきましたわ」
「どういたしまして。って言っても、俺は売られた喧嘩を買っただけさ。それに、全部元通り、とも言いにくい気がするけど」
食事の手を止め、二人は同時に苦笑する。
セラフィナがリシャールに追い回されることはなくなった。しかしリシャールはまだ彼女のことをあきらめてないらしく、偶然を装って廊下で顔を合わせては、あいさつだけして去っていくのだ。それも、一日に何度も。
「……彼はわたくしのことを愛してはいないと断言しましたのに、どうしてわたくしを連れて帰ろうと、正妻としてめとろうと必死になっているのかしら」
上品に食事をとりながら、セラフィナが首をかしげる。
「あの王子様、馬鹿だよな。こんなに魅力的な君と婚約できたなんて、とんでもない幸運なのにさ。なのに浮気して、そのくせ君を正妻にって。……ほんと、貴族ってのは馬鹿げてる」
アルフの声はいつになく暗くとげとげしく、触れるものを切り裂きそうな鋭さを帯びていた。そのことにセラフィナが驚き、黙り込む。
「ああ、ごめん。おどかしちゃったね。つい、あの王子様に腹が立ってさ。気にしないでくれると嬉しいな」
「……前に、貴族と何かあったのですか?」
心配そうな顔で、セラフィナが尋ねる。アルフは困ったように笑いながら、返す言葉を探しているようだった。寂しげな暗い影が、彼の金色の目に落ちている。
「おや、こんなところで会うとはな」
二人の間に居心地の悪い沈黙が流れたその時、低く豊かな声が割って入った。
「司令官、どうしてこのようなところへ?」
セラフィナが目を丸くして問いかける。二人のテーブルの近くに立っていたのは、辺境軍の頂点たる司令官その人だったのだ。
「なに、たまたま時間が空いてね。運動がてら、町を歩いていたのだよ」
いつも通りの口調でそう言ってから、司令官はそっと声をひそめる。
「セラフィナ、君もアルフについて色々と気になっているのだろう。だが、秘密を抱えた男というのも、魅力的だとは思わないか?」
司令官は茶目っ気たっぷりに、そんなことを言ってのけた。ついでに、セラフィナに軽く片目をつぶってみせる。あまりにも砕けた仕草に、セラフィナはあっけにとられながら答えた。
「ええっと、魅力……ですか。そうかもしれませんけれど」
「そうなのだよ。うむ、君も分かってくれて嬉しい」
「分かったような……分からないような」
「バティストのおっさん、あんまりセラフィナを困らせんなよ」
困り果てているセラフィナが、その声を聞いてさらに目を丸くした。向かいに座るアルフは、たいそうなれなれしい、まるでいたずら小僧のような口調で、司令官に話しかけていたのだ。
「困らせているというならお前のほうだろう、アルフ。経験の浅い彼女をお前の隊に引っ張ると聞いた時は、司令官権限で止めてやろうかと思ったぞ」
「この隊には腕の立つ者しか入れない。一時の気の迷いで、未熟な者を隊に入れてはならない。あんたの教えは、きちんと守ってるさ」
「分かっているならいい。しかし、彼女の資質をよく見抜いたな? 彼女はこんなにも愛らしい、しとやかな女性だというのに」
「見た目で判断すると痛い目見るぜ、おっさん。彼女、魔法剣の腕前と、あと度胸はとびっきりなんだ」
「なるほど、そうか。しかし度胸というものは、もろ刃の剣となりかねないぞ」
「そっちも分かってるよ。俺は隊長として、あとは……その、なんだ……一人の男として、彼女をきちんと守っていくつもりだ。いや、『つもり』じゃ駄目だな。俺は彼女を、守る。そう決めたよ」
「うむ、大いに結構」
アルフと司令官は、やけに仲がいいようだった。指揮系統の頂点と、武力の頂点。ある意味近しい立場にある二人ではあったが、それにしても仲が良過ぎる。
その時、セラフィナは思い出した。アルフは腕の立つ者しか隊に入れない。先代の隊長に言い聞かされてきたのだと、彼はそう言っていた。
「司令官の教えを、アルフが守っている……でもその教えは、先代の隊長のもので」
セラフィナが小声でつぶやくと、今までわいわいとにぎやかに喋っていた男二人が、同時に彼女に笑いかけた。
「紅蓮の一番隊、先代の隊長バティスト。それが、このおっさんのもう一つの肩書だよ。……現役のころは、それはもうしごかれまくったんだよなあ」
「それだけ、お前は見込みがあったんだ。私の後をたくせると思うくらいには」
「見込みがあるっていうのなら、もうちょっと優しくして欲しかったよ。あんたは穏やかなふりして、結構過激だからなあ……。俺、何回か『駄目だもう死んだ!』って思ったもんな。あんたの特訓のせいで」
「でも、おかげで今困らずに済んでいるだろう?」
「……まあな。そういう意味では、まあ、感謝してる……かもしれない」
そうやってまたなごやかに話し続けている二人を、セラフィナはとても優しい笑顔で見守っていた。
一通り話し終えた司令官が立ち去っていき、セラフィナとアルフはまた食事を再開していた。
「……それにしても、あなたと司令官がそういう関係だったなんて、知りませんでした」
しみじみとセラフィナがつぶやくと、アルフがぱっと顔を輝かせた。
「もしかして、見直した? 俺、すごくない?」
期待に満ちた目を自分に向けているアルフに、セラフィナはちょっと恥じらいながら答える。
「見直すも何も、あなたは最初から……その、素敵な方、でしたから……」
「やったあ!」
まるで子供のように、アルフがはしゃぐ。その無邪気な笑顔に心が温かくなるのを感じながら、セラフィナは思い出していた。かつて彼がリシャールと論争を繰り広げていた時の、凛々しくも知的な、きりりと引き締まった横顔を。
三度の死闘、その第二戦では、アルフは王子であるリシャール相手に互角に戦い、勝った。
法律の知識と解釈、そして実際の適用というその主題について、ほとんどの民は一生縁がない。実際、あの戦いを見物しに来ていた面々でも、アルフとリシャールの話をきちんと全て理解できている者は少ないようだった。
あれだけの論争ができるのは、貴族か役人、あとは学者あたりだろうか。セラフィナはアルフを見ながら、そんなことを考える。
しかしそのいずれも、彼には似つかわしくないように思える。彼は貴族にしては元気が良すぎるし、役人として生きるには型破りすぎる。学者のように、ひたすら一つの事だけを続けるのにはあまり向いていないようにも思える。
考えれば考えるほど、アルフの謎が増えてしまう。そう思いながらも、セラフィナはとても楽しそうに笑っていた。
謎が深まるほどに、知りたいという気持ちも強くなる。そのそわそわとした気持ちは、不思議と心地良いものだったのだ。
「謎がある分、魅力が増す。それは事実なのでしょう。けれどわたくしは……いつか、あなたのことを全部知りたいと、そうも思ってしまいます」
口の中だけで、セラフィナはそうつぶやく。それが聞こえたはずもないのに、アルフが目を細めて、切なげな笑顔を彼女に見せていた。




