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24.文句なしの決着

 三度の死闘、その二戦目。こちらの内容については、リシャールが決めた。


 アルフとリシャール、それに観客たちは、図書室に場所を移していた。今回はよほどのことがない限り怪我をするような勝負ではないので、青海の隊員たちもずっとくつろいだ表情をしていた。


「ねえねえセラフィナ様、今度はどんな勝負になるんですか?」


 セラフィナの腕にしっかりとしがみついたマリオンが、とても嬉しそうにセラフィナに尋ねている。


 マリオンは相変わらず、いや日ごとに馴れ馴れしくなっていった。彼女をどう扱ったらいいのか、セラフィナは大いに困り果てていた。


「法律にどれだけ詳しいか、どれだけ実情に合わせて法を適用できるか、そういったことを競い合うのよお」


 おろおろしているセラフィナを見かねたのか、隣にいたヴァレリーがおっとりと答える。


 しかしマリオンは、さらにぎゅっとセラフィナの腕に抱きつくと、上目遣いにヴァレリーをにらみつけてしまった。


「……なんですか、あなた。セラフィナ様の友人気取りですか? あたしは、セラフィナ様に話しかけてるんですう」


「マリオン、彼女はわたくしの友人です。友人気取り、ではありません」


「だとさ。よかったな、ヴァレリー」


 三度の死闘自体には全く興味がなく、ただ法律の問答が聞きたくてやってきたカミーユが、やる気のないぶっきらぼうな声でそうつぶやいていた。


「ふふ、大丈夫よ。わたしたち、ずっとお友達ですもの。ね、セラフィナ」


 どんどん不機嫌になっていくマリオンには構わずに、ヴァレリーがセラフィナに笑いかける。そんなマリオンに声をかけたのは、意外にもカミーユだった。


「というか、君は王子様を応援しに来たんじゃないのか?」


「ふえ? こっちの勝負なら勝てるって、リシャール様は自信満々でしたよ? 別にあたしが応援しなくても大丈夫ですってば」


「……ふうん、あの王子様はそう思ってるのか。これは面白いことになりそうだ」


 やけに愉快そうに、カミーユが笑みを浮かべる。意味ありげな物言いが気になったセラフィナが彼に問いかけようとしたその時、二戦目の始まりを告げる声が聞こえた。


 小声でお喋りをしていた観客たちが、一斉にアルフとリシャールを見る。


 彼らは、大机を挟んで向かい合うように座っていた。リシャールは勝利を確信した顔で、アルフはいつも通りの軽やかな笑顔で。


 そして彼らの間には、黄色の制服を着た者がずらりと並んでいた。辺境軍内で法務を担当している事務員たちだ。彼らは二人の問答を聞いて、勝者を決めるためにここに呼ばれていた。


 そうして、二戦目が静かに幕を開けた。




 二戦目はとても白熱した戦いになった。理想に満ちた、厳密な法の適用を主張するリシャールと、より柔軟に法を用いていこうとするアルフ。


 そんな二人の討論に引き込まれた観客たちは、お喋りをすることすら忘れて、ひたすらに話に聞き入っていた。


 やがて二人は大きくうなずいて、同時に口を閉ざした。ここで、論戦は終わりらしい。黙って話を聞いていた事務員たちが、顔を寄せ合って相談し始める。


 みなが固唾をのんで見守る中、事務員の一人が厳かに告げた。


「……この戦い、アルフ殿の勝利といたします」


 図書室の中が、静まり返った。一戦目に続き、二戦目もアルフが勝った。


 それはすなわち、『三度の死闘』がここで終了することを意味する。ごくまれにある事態ではあったが、この負け方をするのは恥とされている。


「な……」


 リシャールが青ざめて、こぶしをきつく握りしめる。


 次の王たる自分が、素性も分からない辺境軍の一兵士にあっさりと敗れるなど、あってはならないことだというのに。


 しかも、二戦続けて負けてしまった。接戦ではあった。けれどまさか、負けるとは。


「じゃあ、俺が勝者だな、王子様」


 けだるげに立ち上がったアルフが、リシャールをまっすぐに見つめる。アルフの金色の目と、リシャールの氷のような青い目が、正面からかちあった。


「……認めたくはないが、私の負けだ。勝者の権利を行使するがいい」


 心底悔しげに、そしてどこか投げやりに、リシャールが吐き捨てる。アルフは小さく息を吸って、きびきびと言葉を口にした。とても凛々しい表情だった。


「これ以上、セラフィナを困らせないでくれるかな。普段のあいさつくらいならともかく、彼女が少しでも嫌がったらさっさと離れてくれ。どうしても彼女に近づきたいんなら、少しずつ、時間をかけろよな。あんたは、それだけのことをやらかしてきたんだろう。セラフィナの態度が、それを物語っている」


 金輪際セラフィナに近づくな。きっとそう言われるだろうと思っていたリシャールは、思いもかけないアルフの言葉に目を丸くする。


 彼女を困らせるな、とアルフは命じたが、リシャールがセラフィナに近づくことそのものを禁じてはいない。


「君も、それでいいかな。顔を見るのも嫌だっていうのなら、命令を差し替えるけど……」


 離れたところで勝負を見守っていたセラフィナのほうを向いて、アルフはふんわりとした苦笑を浮かべる。もうすっかり、いつもと同じ様子だった。


 セラフィナは優しく微笑んで、首を横に振る。青紫と金の目を見かわして、二人はとても親密な笑みを向け合っていた。


 何も言わずとも、互いの思いはきちんと通じている。誰もがそう思わずにいられない、そんな雰囲気を二人は漂わせていた。


 あらあらごちそうさま、とヴァレリーが小声で笑う。その隣のカミーユはあきれたように肩をすくめていた。周囲の観客たちも、そして審判を務めた事務員たちも、大体は同じような反応を見せていた。


 しかしリシャールは、じっとアルフをにらんでいた。先ほどとは比べ物にならないくらいに悔しそうな顔で。その視線でアルフを貫いてやろうかというほどに、彼の視線は鋭いものだった。


 できることならアルフの命令など無視して、このままセラフィナをさらって逃げてやりたいと、リシャールの顔にはそう書いてあった。


 もっとも、そんなことをすれば恥の上塗りになってしまうと分かっていたから、彼はただ奥歯をぎりぎりとかみしめるだけだったが。


 そしてそれ以上に、険しい顔をしている者がいた。相変わらずセラフィナの腕にしっかりと抱きついたままのマリオンだ。


 彼女は小柄で、しかもうつむいていた。そして辺りは、アルフの健闘をたたえる歓声で満ちていた。


 だから彼女がどんな表情をしているのかも、何をつぶやいているのかも、知られることはなかった。そう、すぐ近くにいるセラフィナにさえも。


 マリオンは緑がかった黄色の目を見開き、うわごとのように繰り返していた。渡さないんだから、と。その目はらんらんと輝き、普段の彼女とはまるで違う、強く狂おしい光を浮かべていた。

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