18.ようやく手に入れた居場所
そうして今回の任務も無事に終わり、セラフィナはみなと一緒に本部に戻ってきた。アルフは隊長として今回のことを報告しに行くが、隊員たちはこれから自由時間だ。
にぎやかに騒ぎながら、隊員たちが散っていく。自分も部屋に戻ろうかとセラフィナがきびすを返しかけた時、アルフが彼女を呼び止めた。
「ああ、そうだ。今日、時間ある?」
「ええ、空いていますわ」
「だったら、二時間後に食堂に来てくれないかな。待ってるよ。あ、勤務時間外だから、私服でいいよ。というか、むしろ私服の君が見たいんだ」
「分かりました。ところで、食堂でいったい何をするんですの?」
「今は内緒。楽しみにしておいてくれよ」
やけに楽しそうなアルフに、セラフィナも笑顔でうなずいた。不思議なくらいに心が浮きたつのを感じながら。
そうして自室に戻ったセラフィナは、猛烈な勢いでクローゼットに突進すると、大急ぎで服を選び始めた。
彼女が持っている服はそう多くはなかったが、着ていく服を決めるのに、彼女はたっぷり一時間近くかけていた。
どうせならアルフに可愛いと思ってもらいたい、けれど貴族っぽさを出したくもない。そんなことを考えながら、彼女は服と靴、それに装飾品を一生懸命に選んだのだ。
さらに彼女は、残った時間で一生懸命にめかしこんでいた。汗とほこりをぬぐって、髪を丁寧にとかし、薄く化粧をする。派手にならないように、でも可愛らしく見えるように。戦いの時以上に、彼女は集中していた。
「あ、いけない、もうすぐ時間だわ」
最後にくるりと回って全身を確認してから、セラフィナは自室を飛び出していった。
いつも以上に念入りに着飾って廊下を歩くセラフィナに、出くわした兵士たちはみな笑顔を向けていた。
アルフに過度に入れ込んでセラフィナを敵視していた女性たちは、今はみな取り調べの最中だ。そして彼女たちがしでかしたことは、もうみなに知れ渡っているらしい。
今までセラフィナを遠巻きにしていた兵士たちの態度も、すっかり和らいでいた。セラフィナは悪質ないじめの被害者として、同情されているようだった。
軽やかな足取りで、セラフィナは歩く。理由はともあれ、今まで感じていた居心地の悪さがなくなった、そのことがとても嬉しかったのだ。
「あら、もう任務から戻ってきたの?」
「ずいぶんご機嫌だな」
廊下の向こうから、ヴァレリーとカミーユが歩いてきた。仕事の途中らしく、それぞれ書類の束を抱えている。セラフィナは二人に駆け寄って、うなずいた。
「ええ。任務自体は無事に終わったわ。でもそれとは別に、驚くほど大きな魔物と戦ったけれど」
「まあ……大丈夫だったの?」
「わたくしは大丈夫でしたし、隊のみなさまも無傷でした。でも少々無茶をして、アルフに叱られてしまいましたわ」
満面の笑みでそう答えるセラフィナに、ヴァレリーとカミーユはこっそりと笑顔を見かわす。
つい先日まで、セラフィナはとても暗い顔をしていた。人間関係も仕事もいまいちうまくいっていないところに、悪質な嫌がらせまで受けてしまったのだから、それも仕方のないことではあった。
でも今のセラフィナは、とても幸せそうな顔をしていた。ほんの少し興奮した様子で、今日あったことを語っている。
「新しい部隊が肌に合ったようで、良かったわあ。ところで、すっごく可愛く着飾っているけれど、どこかにお出かけ?」
「ええ、アルフに呼ばれているの。その、この格好、可愛いかしら……?」
「もちろんよ。可愛くて、でも堅苦しくなくて、とてもいい感じ」
「僕は服装のことなんて分からないけど、まあ、いいんじゃないか? ……少なくともアルフのやつは、喜ぶだろ」
ヴァレリーとカミーユの言葉に、セラフィナはぱあっと顔を輝かせる。それから小声でつぶやいた。
「良かった。……でも、どうして待ち合わせが本部の食堂なのかしら?」
それを聞いて、カミーユとヴァレリーがすぐに言葉を返す。
「ああ、あれか」
「気にしなくても大丈夫よ。たぶん、想像してるのとはちょっと違うけれど、きっと楽しいから」
「よく分からないけれど、二人がそういうのならきっと大丈夫ですわね」
「信じていいのか? 僕はあんたと、ろくに面識がないだろう?」
皮肉っぽく返すカミーユに、セラフィナはおっとりとした、邪気のかけらもない笑顔を返す。
「でも、あなたはわたくしを窮地から救ってくださった方の一人ですわ。わたくしが魔物に襲われた件について、色々調べてくれたみたいですし」
「あれは、ヴァレリーに頼まれたからだ。……あと、ああいうふざけた連中がのさばってると、空気が悪くなる。あいつらを裁きの場に引っ張り出すのは、僕にも利があることだった」
「あらあ、珍しい。カミーユが照れてるわあ。わたしでもめったに見たことがないのに」
「おい、ヴァレリー。……そろそろ行くぞ。さっさとこの書類を、届けてしまおう」
はしゃぐヴァレリーを腕で制して、カミーユが不機嫌そうに言う。セラフィナは軽やかに会釈して、その場を立ち去っていった。
「ほんと、元気になって良かったわねえ」
弾むような足取りで歩いていくセラフィナの背中を見ながら、ヴァレリーがしみじみとつぶやいた。
そうして少しだけ遅刻したセラフィナを出迎えたのは、アルフと、そして紅蓮の一番隊の面々だった。
「ごめんなさい、遅くなりました」
「遅れてないさ。俺たちがちょっと早く来すぎたんだよ。ほら、君の席はこっち」
アルフが隣の席を指して、さわやかに笑う。セラフィナがいそいそと腰を下ろしたのを見届けて、彼は居並ぶ面々に向かって言った。
「それじゃ、今回も全員無事に戻ってこられたことを祝して!」
その言葉にこたえるように、隊員たちは歓声を上げながら、一斉に握りこぶしを突き上げる。セラフィナもためらいがちに、小さなこぶしをそっと顔の前まで上げた。
ちょうどその時、食堂の給仕たちが次々と料理の大皿を運んできた。あっという間に、宴会が始まってしまう。
「ほら、君も食べなよ。これ、好きだったよね?」
戸惑っているセラフィナに、アルフがやはりさわやかに声をかけながら料理を取り分ける。
「あ、ありがとう……ところで、これはいったい何の集まりなのかしら?」
「祝勝会さ。俺たちは辺境軍の中でもとびきり危険な任務をこなすからね。出撃の後は、いつもこうやって互いの無事を喜び合うんだ。俺が隊長になるよりもずっと前からの伝統なんだ」
てっきり二人きりで会うものだとばかり思っていたセラフィナは、ほんのちょっぴりだけ、残念だなと思っていた。
しかし彼女は、すぐに気持ちを切り替えた。こうやってみんなで騒ぐなんて、辺境に来てから初めてだ。これはこれで楽しそうだ、と。
そんな彼女を見つめていたアルフが、不意に金色の目を切なげに細めた。セラフィナが思わずどきりとして、背筋を伸ばす。
「……君が無事で、良かった。こうやって一緒に祝えて、本当に良かった」
セラフィナが頬を染めて、彼を見返す。ちょうどその時、隊員たちの陽気な声が割り込んできた。
「おいアルフ、なに二人だけでいい感じになってるんだよ」
「そうそう。セラフィナを独り占めとか、隊長だからって横暴だぞ」
「セラフィナ、これ食べてみろよ。ちょっと癖があるけどうまいぞ」
「ああっ、抜け駆けすんなよ!」
そんなことをわいわいと言い合いながら、隊員たちは次々と料理や酒をセラフィナに勧めてくる。彼女の前には、あっという間に料理の皿と酒の杯がひしめいてしまっていた。
それを見て、隣のアルフが力いっぱい肩をすくめる。
「ああもう、お前らはしゃぎすぎだろ。少しは落ち着けよ」
その言葉に、一斉に反論が返ってきた。勝利の安堵と解放感からか、みな少し羽目を外しているようだった。
「仕方ねえだろ、アルフが男ばっか引き抜いてくるのが悪いんだ。久しぶりに女の子、それも飛び切り可愛い子が来たんだぞ、浮かれずにいられるか」
「男しかいない隊って、辺境軍の中でもここだけだぞ。紅蓮でも二番隊なんかは、そこそこ女性がいるのに」
「それはまあ、俺らは戦って戦って戦いまくるのが仕事だって分かってるけど、もうちょっと潤いが欲しいよ……」
「なあアルフ、この調子でもっと女の子入れてくれよお」
彼らの嘆きは、若くて健康な男性であれば当然のものと言えたかもしれない。実際に、それを聞いたセラフィナは特に口を挟むことなく、穏やかに苦笑していた。
しかし彼女は、すぐ横でふくれあがった殺気に飛びのきそうになった。
そろそろとそちらをうかがうと、金色の目をらんらんと光らせたアルフが、背筋を軽く丸めて隊員たちをにらんでいるのが見えた。まるで獲物にとびかかる寸前の獣のような、そんな気配だった。
「……俺たち紅蓮の一番隊は、一番危険な任務を負う」
いつもの軽妙な声ではなく、うなるような低い声でアルフがゆっくりと言う。
「だから、この隊には腕の立つ者しか入れない。一時の気の迷いで、未熟な者を隊に入れてはならない。俺が先代の隊長から、幾度となく言い聞かされてきたことだ」
普段とはあまりにも違うアルフの様子に、隊員たちは青ざめながら背筋を伸ばした。そんな彼らに、アルフは静かに告げる。
「男だ女だなんてことは、関係ない。俺は、この隊でやっていけると判断した相手にしか声をかけない。不満があるなら、出ていってくれていい」
「済みませんでした!」
「調子に乗りました!」
声をそろえて、隊員たちが頭を下げる。セラフィナは状況についていけずにきょとんとしながらも、そっと胸を押さえていた。
アルフに引き抜かれてこの隊にやってきたものの、彼女はいまだに自信が持てずにいた。自分がここにいていいのか、足手まといになりはしないか、と。
けれど、先ほどの彼の言葉で、そんな迷いは吹き飛んでいた。彼の怒りは本物だ。彼の言葉に偽りはない。だから自分には、紅蓮の一番隊にいる資格があるのだ。セラフィナは、素直にそう信じることができた。
「……アルフ、みなさま、お料理が冷めてしまいますわ。わたくし、お腹が空いてしまいました」
だからセラフィナは、にっこりと笑ってそう言った。はりつめていた空気が、一気に和らぐ。アルフはいつも通りの人懐っこい笑顔で、隊員たちはほっとしたような顔で、彼女を見てうなずく。
わいわいと騒ぎながらの宴会が、また始まった。はしゃぐアルフと隊員たちを見ながら、彼女はそっと泣きそうな笑みを浮かべていた。
やっと、居場所が見つかった。そんな思いが、彼女の胸には満ちていた。




