17.役に立ちたいと、そう思った
アルフが姿を消してから、隊員たちの動きは変わった。魔物を倒そうと躍起になるのではなく、少しでも魔物の注意を引き付けて、魔物を少しでも疲れさせようとするようになったのだ。
セラフィナは細身剣を構えて、一歩下がったところからじっとそのさまを観察していた。渾身の一撃を放つ、その瞬間を待っていた。
自分は、紅蓮の一番隊だ。アルフが自分の力を見込んでくれて、ここに連れてきてくれた。その思いにこたえたい。女だからと守られていたくない。自分にもできることがある。
その時、魔物が大きく腕を振り下ろした。その腹が、がら空きになる。
胸の内の熱い思いに突き動かされるようにして、セラフィナは大きく一歩踏み込んだ。手にした細身剣に、たっぷりと魔力をまとわせて。
踏み出した勢いを乗せて、まっすぐに剣を突き出す。振り下ろされたままの魔物の腕の横をすり抜けて、セラフィナは剣を魔物の腹に深々と突き立てた。
「おおっ、刺さった!」
「今までで一番、いい攻撃じゃないか!?」
そんな歓声が、周囲から上がる。セラフィナは呆然としながら、魔物の腹に刺さった自分の剣を見ていた。
ああ、自分の剣はこの魔物にも通用した。そう彼女がほっとしたのもつかの間、彼女は顔色を変えることとなった。
「えっ、嘘! 抜けませんわ!」
思いのほか剣が深々と刺さってしまったらしい。彼女の剣は魔物の腹に刺さったまま、抜けなくなってしまったのだ。
魔物がいらだたしげに吠え、腹に手をやろうとする。巻き込まれそうになったセラフィナがあわてて後ろに飛びのいたその時、上から声がした。
「ようし、隙あり! 最高の攻撃だったよ、セラフィナ」
アルフの軽やかな声が降ってくる。彼は黄金の剣を構え、周囲の木の上にひそんでいたのだった。確実に魔物をしとめられる、その一瞬をそこで待っていた。
セラフィナの攻撃で、魔物に大きな隙ができた。そこを見計らって、彼は木の上からふわりと飛び降りた。金の剣を下に向かって突き出し、自分の体重の全てを乗せるようにして。
彼の金色の剣は、魔物の首元近くにやすやすと刺さった。魔物は悲鳴を上げて、右へ左へ大きく身をよじっている。しかしアルフは刺さった剣にしっかりとつかまったまま、激しい揺れをやり過ごしていた。
やがて、魔物が突然動きを止める。その巨体が、ひどくゆっくりと地面に崩れ落ちていった。辺りを揺るがす大きな地響きに、周囲の隊員たちが身構える。
しかし、もう魔物は動かなかった。その死骸がゆっくりと溶けて、泥の山へと変わっていく。
アルフはそれを見届けて、ふうと大きく息を吐いた。その右手には金の剣が握られているし、左手にはセラフィナの魔法銀の剣が握られている。いつの間にやら、ちゃっかり回収してきたらしい。
差し出された自分の剣を受け取りながら、セラフィナはアルフに見とれていた。アルフも優しく微笑みながら、彼女を見つめている。
と、周囲の隊員たちが一斉に駆け寄ってきて、そんな二人を取り囲んでしまった。
「よっ、さすがは『微笑みの死神』! 鮮やかな戦いっぷりだったぜ!」
「相変わらず身が軽いよな、お前。あそこからああ跳ぶなんて」
そんなことを言いながら、隊員たちはアルフの背中やら肩やらをばんばんと叩いている。
「そうそう、俺、身が軽いし。だからさあ、今からでも……別の名前にしてくれないかな?」
アルフが苦笑しながら、そんなことを言っている。隊員たちは声を上げて笑いながら、てんでに首を横に振った。
「何言ってんだよ、今のでもぴったりじゃないか」
「だよなあ。ぜいたく言ってやがる」
彼らが一体何の話をしているのか、セラフィナだけが分かっていなかった。そんな彼女に、隊員たちがこっそりと耳打ちする。
「『微笑みの死神』ってのは、アルフの二つ名なんだよ」
「いつも明るく笑顔を絶やさず、そのくせ魔物どもは容赦なく叩きのめす。そんな理由で、自然とそんな名前がついた。そもそも、紅蓮の一番隊の隊長には、周囲の人間が派手な二つ名をつける習わしになってるんだ」
「本人には拒否権はない。だって、周囲の人間たちが敬意をもって贈る名なんだからな、受け取り拒否なんてしたら、軍の士気が下がっちまう」
その時、アルフが心底不服そうに口を挟んできた。
「けどさあ……やっぱり恥ずかしいんだよ。いくらなんでも大仰すぎるし、なんか格好悪いし。先代の隊長は『炎の剛腕』だったけど、俺もそれくらい分かりやすいほうが良かったよ」
「だがなあ、分かりやすくすると『天然女たらし』とか『魔物と男の敵』とかになるぞ」
「ああ、それいいな。今からでも変えられるよう、周囲に広めてみるか」
「ちょっとみんな、それ、ただの悪口になってるよ! あと、やっぱりかっこよくないし!」
隊員たちとアルフは、そう言ってにぎやかに騒いでいる。遠慮のないやり取りとその表情から、彼らがとても親しくしていることが容易にうかがわれた。
そんな彼らを黙って見ていたセラフィナは、そっと視線を落としてつぶやいた。
「でも、『微笑みの死神』というのも、悪くない名前だと思いますわ。……あなたの笑顔は、いつもわたくしに元気をくれますから。それにあなたは、とても強いですし」
彼女の穏やかな表情と声音に、アルフが照れくさそうに肩をすくめた。
「……そっか。君がそう言ってくれるのなら、この二つ名もありなのかもね。やっぱりちょっとくすぐったいけど」
そうして二人は、向かい合ったまま立ち尽くす。お互いからちょっとだけ視線を外して、もじもじと恥じらっていた。
「……あっ、そうそう。さっきの君の立ち回り、いい感じだったよ」
唐突に、アルフがそう言った。彼のその声は、少しばかり上ずっていた。
「そうなんですの? 実戦経験を積んだあなたに褒められると、とても嬉しいです。これからも頑張りますわ」
「あー……それなんだけどさ」
セラフィナの言葉に、なぜかアルフの顔が曇る。
「確かに、いい太刀筋だった。とどめを刺した俺を除けば、君が一番いい一撃を加えてた。でもね」
彼はいつになく真剣に、そして静かな声で言う。
「……一歩間違えば、君の身が危なかった。俺は『足止めを頼む』って言っただろ? 危険を冒してまで、それ以上のことをする必要はなかったんだ」
アルフの言葉に、セラフィナが申し訳なさそうに目を伏せた。
「もしかしてわたくしは、出過ぎたことをしてしまったのでしょうか……」
明らかに落ち込んでいる彼女に、アルフは一転して優しく笑いかける。
「戦況だけを見るなら、そうとも言えるね。でも俺は、君が頑張ってくれたこと自体は嬉しいんだ。ありがとう」
はじかれたように、セラフィナが顔を上げる。その青紫の目に浮かぶすがるような色に、アルフは金の目を細めた。ゆっくりと、まるで子供に語り掛けているような口調で、彼は言った。
「俺たちは一人で戦ってるんじゃない。みんなで一緒に、魔物に立ち向かっているんだ。みんなで出撃して、みんなで協力して戦って、みんな無事に帰る。そうでなくちゃ、意味がない」
「みんなで、協力……」
「そう。そしてもちろん君も『みんな』の中に入るからね。……俺個人としては、もうちょっと親密になりたいな、なんて思ってたりもするんだけど」
最後のほうはごにょごにょと口ごもりながら、アルフはそんなことを言っている。セラフィナはその言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、とても嬉しそうに微笑んでいた。
隊員たちはそんな二人を遠巻きに見ながら、こそこそとささやき合っていた。
「なんか、いい感じだな?」
「あそこだけ、空気が甘酸っぱくないか?」
「珍しく、アルフのほうが不利っぽいけどな」
「もしかして、好いた惚れたには疎いのかな、あの子?」
「いいとこの育ちっぽいからなあ」
そんな言葉は、二人の耳には届いていないようだった。アルフは照れながら、セラフィナは幸せそうな笑顔で、ただじっとお互いだけを見つめ合っていた。




