15.赤い制服にそでを通して
次の朝、セラフィナは目を覚ました。いつもと同じ自室の光景に、一つだけ見慣れないものがある。それを見つめて、彼女は小さく微笑む。
いつも彼女は、明日着る服を壁にかけてから眠りについていた。朝目覚めた時に、まっ先に目に入る位置に。
そうして今朝、彼女の目に飛び込んできたのは赤い制服だった。昨日、アルフの申し出を受けて部屋に戻った彼女のもとに、この新しい制服が届けられたのだ。
「……夢ではなかったのね」
ぼんやりと、セラフィナはつぶやく。
昨日はとてもあわただしい、驚くべき一日だった。ヴァレリーに呼び出され、自分が命を狙われたことを知った。そしてアルフは、彼女を自分の隊へと誘った。
あまりのことに、セラフィナはこれが夢なのではないかと、疑わずにはいられなかった。
今までセラフィナを憎んでいた女性たちは、みんな上官のもとに自首していった。どんな裁きが下るかはまだ分からないが、彼女たちが今までのようにセラフィナにくってかかることは、もうないだろう。
これからは、アルフに自由に会える。それに、これからは彼と同じ隊だ。もっと気軽に、ちょっとしたお喋りをすることだってできる。そんなささいなことが、セラフィナの心を驚くほど浮き立たせていた。
新しい、赤い制服に袖を通しながら、セラフィナは晴れやかに笑った。やっと、本当に自分が望んだ生活ができるかもしれない。彼女は軽い足取りで、部屋を出ていった。
「ああ、やっぱり君には赤も似合うな。前の緑も、良く似合っていたけれど。それに、俺とおそろいだって考えると、余計に嬉しいよ。もしかして、君もそう思ってたりしない?」
廊下を歩き出してすぐに、セラフィナはアルフと出くわした。彼は満面の笑みで、甘くてくすぐったい言葉を浴びせてくる。
セラフィナは、どぎまぎしながらも平然を装って答えた。
「おはようございます、アルフ。でもおそろいというなら、そもそもみんなおそろいでしょう? それと、まずはあいさつから入るものだと思うの」
昨日の彼の助言に従っているのか、彼女の口調はほんの少しだけ砕けていた。それに気づいたアルフが、顔いっぱいに笑みを浮かべた。
「ごめんごめん、君があんまり素敵だから、つい素直な感想が口をついて出ちゃったんだ。それに、やっぱり君と朝から話せたのが嬉しくてさ」
「それは……わたくしも、嬉しい……ですわ。あなたはわたくしにとって、この辺境に来て初めての、……お友達、ですから」
つっかえつっかえ、セラフィナがそんなことを口にする。明らかに照れている彼女を見て、アルフがさらに笑み崩れる。
「俺が君の初めて、か。いいね、最高だよ。お友達、っていうのだけがちょっぴり残念だけどね。そこもまあ、いずれ変えてみせるさ」
友達から、いったい何をどう変えるというのだろう。そんな疑問がセラフィナの脳裏をよぎったが、彼女はあえて何も言わないままでいた。
たぶん、アルフに尋ねれば答えは返ってくる。しかしきっと、その答えはいてもたってもいられないくらいに甘ったるいものに違いない。そんな気がしたから。
「あらあ、本当に移籍したのねえ、セラフィナ。似合ってるわよ、赤い制服。おはよう、二人とも」
そうやって話し込んでいる二人に、通りすがりのヴァレリーが声をかける。青みを帯びた銀髪を綺麗に編み込んでいて、緑の制服をきっちりと着こなしていた。
彼女の隣には、眠そうな顔のカミーユが立っている。その赤毛にはたっぷりと寝ぐせが残っていて、黒い制服のボタンはいくつか外れたままだった。
カミーユは小さくあくびをしてから、ぼそぼそとつぶやいた。
「アルフは前から彼女のことを気にしていたし、セラフィナは優秀だって聞いていた。だからいつかは、引き抜きをかけるだろうなと予想していたけれど、思ったより早かった……ふわああ……駄目だ、眠い……」
「カミーユったら、夜ふかしはほどほどにって、いつも言っているでしょう?」
「研究がのってきた時に中断するなんて、そんなもったいないことができる訳ないだろう。……ああ、そうだ」
ヴァレリーと仲良く話していたカミーユが、ふとセラフィナに向き直った。
「昨日の件で、ひとつだけ伝えに来た。あんたが気にしていた件について、上官から伝言がある」
今回、女性たちは自分のことを危地に追いやり、殺そうとした。ならば自分についての根も葉もない噂を流したのも、彼女たちなのだろうか。セラフィナは昨日、ふとそう思ったのだ。
しかしさすがに、それを当の本人たちに聞く度胸はなかった。女性たちは他ならぬアルフにさとされて、すっかり打ちひしがれていたのだから。
だから彼女は、ヴァレリーとカミーユを通して上官に頼んだのだ。もし可能であれば、これからの取り調べにおいて、そのことも聞いてはもらえませんか、と。
「噂の出どころは、彼女たちではなかった。ただ彼女たちは、ここぞとばかりに噂を広めていたらしい」
「だから、じきに噂もおさまるわ。そもそもあの噂はおかしいって、そんな声もちらほら聞こえてたし。あなたの普段の行いを、みんなちゃんと見てたのよ」
「そう、なの……」
結局、噂の出どころは分からなかった。けれどどうやら、自分はもうあのおかしな噂に苦しまなくて済むらしい。その戸惑いと喜びに、セラフィナは口ごもる。
「良かったね、セラフィナ。俺もあの噂は聞いてたし、何とかしたいと思ってたんだ。ただ、下手にむきになると、ああいうのは余計に広がっちゃいかねないからさ……」
「いえ、あなたがそう思ってくれただけで充分ですわ」
「ありがとう、君ってほんと優しいね」
そんなことを話しているセラフィナとアルフを、ヴァレリーとカミーユが見守っていた。ヴァレリーは興味深そうな顔で、カミーユはややあきれた顔で。
その時、アルフの腕にはめられていた通信の水晶がちかちかと光った。全員が口をつぐみ、そちらを見つめる。
アルフは打って変わって神妙な顔で水晶を操作すると、小声で水晶に話しかけている。
「……了解です」
やがて、アルフがそう言って通信を切った。彼はほんの少し緊張した顔で、セラフィナに手を差し出した。
「行こう、セラフィナ。紅蓮の一番隊、出撃だ」
そうして紅蓮の一番隊は、防壁の北側、魔物の領域である『向こう側』に集まっていた。彼らはみな、初顔のセラフィナを遠慮のない目で見ている。
それも無理はない。紅蓮の隊は辺境軍の花形で、戦いに秀でた者の集まりだ。彼女のような若い女性は、かなり珍しい。というより、ここにいるのは彼女以外、全員男性だった。
「みんなに紹介しておくよ。彼女はセラフィナ、俺が翠緑から引き抜いた。ついこないだまで訓練兵だったけど、腕は俺が保証するからさ」
いつも通りの軽妙な声で、アルフがそう説明する。隊員たちはどことなく戸惑っているようではあったが、それでも次々に名乗りを上げていく。
セラフィナも、そんな彼らと順にあいさつを交わす。彼女は胸の中に、ゆるやかに安堵と期待が膨れ上がっていくのを感じていた。
自分もここでなら、仲間として受け入れてもらえるかもしれない。自分の力を、生かしていけるかもしれない。
そんな思いを秘めたまま、セラフィナはアルフの指揮にしたがい、歩き出した。魔法銀の細身剣を手にして。




