14.これからは、仲間として
君が欲しい。
愛の告白としか受け取れないその言葉に、セラフィナは大いに戸惑っていた。それでも彼女は、公爵令嬢としてのたしなみを総動員して、どうにかこうにか内心の動揺を押し隠していた。
「わたくしが、欲しい……と?」
「ああ。俺には君が必要なんだ」
さらに熱っぽく、アルフは言う。セラフィナのつややかな頬に、ほんのりと赤みが差した。
「俺のところに来て欲しいんだ。隊長権限で、君を俺の隊、紅蓮の一番隊に招き入れたい」
辺境軍の各隊の隊長には、ある程度の人事権がある。他の隊から隊員を引き抜くことも認められているのだ。もっとも、当人の同意は必要だが。
アルフの言葉に、セラフィナは大いに落胆する。しかしすぐに思い直した。辺境軍で最強の隊に招かれる、それはとても栄誉なことではないか、と。
「ああ、そういうことでしたの。けれど……わたくしに務まるでしょうか」
「この間一緒に戦った時に思ったんだ。君のその力は、翠緑の隊に置いておくにはもったいないって。あっ、別に翠緑の隊を下に見ているとか、そういうことじゃないんだけどね」
「ええ、分かっていますわ。あなたはわたくしの剣の腕を買ってくれた、そういうことですのね」
「うん、そういうことなんだ。それに俺が君の近くにいれば、また何かが起こっても守ってあげられるからさ」
「辺境軍最強と呼ばれる方に見込んでもらえるなんて、光栄ですわ。その申し出、喜んで受けます」
それは彼女の本心だった。ようやく自分の頑張りが認められたと、彼女は内心大喜びしていたのだった。
しかし同時に、彼女はこうも感じていた。入隊のお誘いだけだなんて、ちょっと残念ですわ、と。どうしてそう思うのか、彼女はまだ自覚していなかったけれど。
アルフがひざまずいたまま、セラフィナに手を差し伸べる。彼女は優雅に微笑んで、その手を取った。
「だったら、これから俺たちは一緒に剣を振るう仲間だね。改めてよろしく、セラフィナ」
「こちらこそよろしくお願いいたしますわ、アルフ。……もしかして、『隊長さん』とか『隊長殿』などと呼んだほうがいいのかしら」
ふとセラフィナがつぶやいた言葉に、アルフが全力で首を横に振る。
「いや、今まで通りに接して欲しいな。隊のみんなも、呼び捨てがほとんどだし。だいたい隊長って、そんなたいそうなものでもないからさ」
「たいそうなものですのに……」
「違うって! 俺はこれまでも、これからも、ただのアルフ! 様づけとかしたら、泣くからね?」
二人はとても和やかに、手を取り合って語り合う。もしはたから見る者がいたら、まちがいなく仲睦まじい恋人たちだといっただろう。それくらいに二人は、親密な雰囲気を漂わせていた。
やがて二人は、どちらからともなく手を放した。名残惜しそうにしながら、二人並んで木の根に座り直す。
「俺が話したかったことは、これで全部。つきあってくれてありがとう。ところで、君は俺に何を話そうとしてたのかな」
アルフの問いに、セラフィナは一瞬口ごもった。
先ほど彼女がアルフに声をかけたのは、彼とこのまま別れたくない、せっかく会えたのだからもうちょっと一緒にいたいという、ただそれだけの理由だったから。
少しだけ考えて、彼女は気になっていたことをとっさに口にした。
「たいしたことではないのですが、ちょっと気になっていて……あなたとヴァレリー、そしてカミーユの関係はどういったものなのでしょうか」
三人はやけに親しげだった。彼らがどんな関係なのか、セラフィナはほんの少し気になっていた。
そしてアルフとお茶をしていたというだけの理由で殺されかけたセラフィナとしては、どうしてあの女性たちはヴァレリーを狙わなかったのも気になっていたのだ。口ぶりから察するに、ヴァレリーはアルフとそこそこ親しいようだったし。
もっとも、それをそのまま口にすると、またアルフが落ち込んでしまうかもしれない。だからセラフィナは、あえてそのことには触れなかった。
「あなたがたはただの知り合い……というより、もっと気軽で、気の置けないそんな関係のように見えたのですけれど」
「うん、仲はいいね。僕とヴァレリーは同期入隊の古い友人で、カミーユはヴァレリーの恋人だから」
なるほど、とセラフィナは目を見張る。ヴァレリーはアルフと古い付き合いで、しかも既に恋人がいた。だから、あの女性たちは彼女のことを恋敵だとみなさなかったのか。
「まあ、そうでしたの。……言われてみれば、あの二人はお似合いのような気もしますわ」
「お似合いどころか、たぶん俺が知る限り一番仲のいい恋人たちだよ」
アルフがさわやかに笑って、言葉を続ける。
「ヴァレリーは十五で辺境軍にやってきたんだけど、最初のうちはもっとぴりぴりしていたっていうか、きつかったっていうか。カミーユと知り合って、すっかり丸くなったんだよ。あ、俺がこんなことを言ってたのは内緒でね。あの二人、怒らせると怖いんだ」
おどけた様子でそう頼み込むアルフに、セラフィナがくすりと笑う。
「ふふ、もちろん内緒にいたしますわ」
「ありがとう。君ってやっぱり素敵な子だね。凛としていて心が綺麗で……」
さらりと混ぜ込まれた褒め言葉に、セラフィナはほのかに赤面しながら話を変える。
「あ、それと……もう一つ、尋ねたいことがあるのですけれど……」
「遠慮せずに、どしどし聞いてよ。俺、君と話しているの、楽しいんだ」
さっきの甘い雰囲気はどこへやら、すっかりいつもの調子を取り戻しているアルフに、セラフィナは半ばあきれていた。
ただ、彼女の胸の残り半分は、違う感情で占められていた。温かくてふわふわしたその思いを何と呼べばいいのか、彼女には分からなかった。
その感情から目をそむけ、彼女はさらに問いかける。
「さっきあなたは、わたくしがこの軍で浮いていると、そう言っていました。具体的にどういうことなのか、教えてもらえないでしょうか。……わたくしとしても、早くここになじみたいですし……」
「ああ、さっきのこと覚えてたんだ……失言だったなあってこっそり反省してたんだよ」
アルフが頭をかき、苦笑する。
「そうだね。君は、口調も態度もとっても上品だ。でもそのせいで、平民には少々近寄りにくい雰囲気になっちゃってるんだと、俺はそう思うよ」
「もしかして、お高くとまっていると思われているのかしら……」
「その可能性がない、とは言えないね。ごめん」
「どうしてあなたが謝るんですの」
神妙に頭を下げたアルフがおかしくて、セラフィナがくすくすと笑う。肩の力が抜けたその笑顔を見て、アルフが声を張り上げる。
「そう、その笑顔だ」
突然の言葉にセラフィナがきょとんとしているのにも構わず、アルフは少々熱っぽい口調で説明していく。
「君はとっても魅力的なんだから、意識して今みたいな笑顔を浮かべてみるといい。その上で、ほんのちょっとだけ口調を崩してみれば、もっといいね。そうすればきっと、君を敬遠してた連中も、君の魅力に気づくはずだよ」
「そ、そうかしら……」
「もちろんだよ。あ、でもそうなったら、君はこうして俺と話してくれなくなるかもな……君にはあちこちから声がかかって、ひっぱりだこになるに違いないし……」
言うだけ言って、アルフはしゅんとしている。
まだ起こってもいないことをあれこれと想像して、一人でくるくると表情を変えているアルフを見ているうちに、セラフィナはおかしくてたまらなくなってきた。やがて彼女は、声を上げて笑い出す。
公爵令嬢らしからぬ自分のふるまいに、彼女は戸惑う。けれどそれでも、彼女は笑い続けた。
底抜けに明るいその笑い声に、アルフも顔を上げて微笑む。二人だけの森の中に、晴れ晴れとした笑い声が吹き抜けていった。




