13.二人きりでお喋りを
「じゃあ、僕たちはこいつらを上官に引き渡してくる。行こう、ヴァレリー。万が一こいつらが抵抗したら、僕一人ではどうしようもない。手伝ってくれ」
女性たちが逃げ出さないように、見えない魔法の縄で手を縛っていたカミーユが、ヴァレリーに呼びかける。
「ううん……でもこの子たち、もう暴れるようなことはないと思うわあ」
ヴァレリーはカミーユのそばに歩み寄りながら、おっとりと答えた。
「だってアルフったら、これ以上悪さすると嫌いになるよ、ってはっきり言っちゃったもの。それでなくても自分たちのしたことをアルフの前で暴露されちゃって、もう心はばっきり折れちゃってるんじゃないかしらあ?」
「誰かを好きになるのは勝手だが、そこから他の人間を消そうとするなんて、思考回路が全く分からないな。そのくせ、被害者面だけは一人前ときた」
「そうよねえ。同じ女としても、ちょっとこれは、ねえ」
「カミーユ、ヴァレリー、それくらいにしてあげてくれないかな」
ずけずけとものを言う二人に、見かねたアルフが口を挟む。しかし彼は、逆に二人ににらみ返されてしまった。
「そもそも、あんたが女に甘いのが悪い」
「そうよねえ、しかも無自覚だから余計に悪いわ」
同時にそう言われて、アルフはまたしょんぼりと肩を落とす。セラフィナはそんな三人を、はらはらしながら眺めていた。
そんなやり取りの後、カミーユとヴァレリーは、すすり泣く女性たちをまとめて部屋を出ていった。後には、セラフィナとアルフだけが残される。
「……俺たちも行こうか。ここは漆黒の隊の研究室だし、部外者だけで長居するのはまずいから」
さっきの暗い表情を引きずったまま、アルフがセラフィナに呼びかける。
そうして、二人は連れ立って部屋を出ていった。無言で廊下を歩く二人に、すれ違った者たちが不思議そうな目を向けていた。
そのまま、しばらく歩き続けていた時のことだった。
「……あのさ、ちょっとだけ話せないかな」
「……アルフ、少し話したいのですが」
そんな言葉が、同時に二人の口をついて出る。それがおかしかったのか、二人は同時に小さく笑った。
「じゃあ、場所を変えようか。できれば、他の人のいないところで話したいんだけど……君は、俺と二人きりでも大丈夫?」
「大丈夫、とはどういうことでしょう?」
「ほら、さっきの子たちが君に危害を加えようとしたのだって、元はと言えば俺が君に声をかけたせいだし……俺と話すのが、怖くなってたりしないかなって」
「いいえ、あなたが気にすることはありませんわ。わたくし、ここに来てずっとひとりきりで……あなたと町を歩くのは、楽しかった。声をかけてもらって良かったと、今でもそう思います」
「でも君、最近俺のこと避けてるようだったし」
「あれは……あなたと会うのが嫌だったのではなくて、その……あなたに会ったら、悩み事を話してしまいそうで……あなたに、余計な心配をさせたくなかったんです」
困ったような顔で答えるセラフィナに、アルフは感極まったような声を上げた。
「君って子は、本当に……悩み事があるっていうのに、どうしてそこで、俺に気を遣っちゃうかなあ」
額を押さえて、アルフは深々とため息をつく。落胆ではなく、感嘆のため息だ。
「たぶん、ここは俺が強引にいくべきところなんだろうな。ここで俺が遠慮しちゃったら、君はまた全部ひとりで抱え込む。それはどう考えても駄目だよね、うん」
一人納得したような顔で、アルフはうなずく。それからいきなり、セラフィナの手をつかんで走り出した。突然のことに目を丸くしながらも、セラフィナは一緒になって走る。
すれちがう人たちが、さっきまでとは違う驚きを顔に浮かべていた。時折、笑みを浮かべている者もいる。
それを見ているうちに、セラフィナの顔にも小さく笑みが浮かんでいた。それはずいぶんと久しぶりの、ほっとした笑顔だった。
そうして二人は走り続け、そのまま最果ての町の外に出た。それでもアルフは、足を止めない。
やがて彼は、明るい森の中で立ち止まった。木々の向こうに、防壁がちらちらと見えている。清らかなせせらぎのほとりには、可愛らしい花が場所を取り合うようにしてにぎやかに咲いていた。
「ほら、着いたよ。俺のお気に入りの場所なんだ」
あれだけ走った後だというのに、アルフは息一つ乱していない。大きく張り出した木の根にハンカチを敷いて、セラフィナに座るよう勧めた。
ほんの少し息を弾ませたセラフィナが腰を下ろすと、アルフもすぐ横に腰かけた。
「ここ、落ち着くだろ。町に近いのに人目にはつかないから、ほっと一息つくにはいいんだ」
赤い制服のアルフは、屈託なく笑っている。セラフィナはほんの少し緊張しながらも、同じように微笑んでいた。
「……単刀直入に、聞いてもいいかな」
ふと、アルフの雰囲気が変わった。いつもは軽妙で朗らかな彼が、ひどく硬く、こわばった顔をしている。
それに気がついたセラフィナも、つられるように居住まいを正した。
「君は、貴族だね。その気品あふれる立ち居ふるまいと口調、普段の言葉ににじみ出ている教養。どれをとっても、平民のそれじゃない」
アルフは金色の目で、セラフィナをまっすぐに見つめていた。
「君について流れている噂のほとんどは、根も葉もないものだと思う。でも君が貴族だっていうところだけは、当たっているんじゃないかな」
セラフィナは少しだけためらって、うなずいた。
噂されていたことの中にはもう一つ、真実が混ざっている。かつて自分が王子の婚約者だったということだ。けれど彼女はそのことを、アルフに告げるつもりはなかった。
「ねえ、君はどうしてここに来たのかな。最初は没落貴族なのかなって思ったんだけど、それも違う気がする。だったらきっと、君には家族や友人がいたんじゃないかな。縁談があったかもしれないし、婚約者がいた可能性だって」
婚約者。その言葉を聞いた時、セラフィナはかすかに悲しげな顔をした。アルフはそれを目ざとく読み取ったが、ためらうことなく最後まで言い切った。
「それらを置いて、どうしてこんなところで戦うことにしたのかな」
彼女はその言葉に、すぐに答えることができなかった。目を伏せて悩み、やがてゆっくりと口を開く。
「……人の上に立つ者として、他者を守れ。わたくしはずっとそう、教えられてきましたの」
セラフィナはアルフのほうを見ることなく、考えながら言葉を紡ぐ。
「ここに来る前に、色々ありました。わたくしは大切なものをなくして、途方に暮れてしまって……」
セラフィナの顔が、悲しげにくもる。アルフが気遣うように目を細めた。
「絶望しそうになった時、気づいたんですの。わたくしにはまだ、この剣があるのだと。この剣で民の力になることができるかもしれない、と。だから、わたくしはここに来ることを決めました」
「でも、この辺境軍で君は浮いていた。つらかっただろう? 家に帰りたいとは思わなかったのかな」
アルフの言葉に、セラフィナは一瞬口ごもる。
「それは……思わなかったと言えば、嘘になります。けれど、こんなにすぐ尻尾を巻いて逃げかえるなんて、できなくて」
セラフィナの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。彼女の青紫の目に、少しずつ力が戻ってきていた。
「自分で選び取った道を、行けるところまで行ってみたい。ここで逃げたら、わたくしはきっと一生後悔する。そんな自分のことを、恥じてしまう」
セラフィナの背筋はぴんと伸びていて、アルフに向けたその目にはもう迷いはなかった。さっきまでアルフに圧倒されていたとは思えないくらいに悠々と、彼女は微笑んでいた。まるで、女王のように。
「……そっか、君は強いんだね。君の思いを聞くことができて良かった。これで、俺は踏み出せる」
アルフが切なげに微笑む。セラフィナが言葉を返すより先に、彼は立ち上がった。そのままセラフィナの前に立ち、流れるような仕草でひざをつく。
彼は金色の目で彼女を見上げ、ささやいた。
「君が欲しいんだ、セラフィナ」




