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12.明かされた真相

 セラフィナはアルフたちと別れ、一足先に報告に向かっていた。防壁の近くまで魔物が押し寄せたことは、既に上官たちの耳に入っていた。


 彼らは彼女の報告書に目を通して、一斉に顔を険しくした。この件についての報告書が出そろったら、改めて状況を精査すると、そう彼女に告げた。どうやら彼らは、何かがおかしいと感じているようだった。


 だが、ひとまずセラフィナはいつもの日常に戻ることができた。


 相変わらず一部の女性には敵視されていたが、それ以外の兵士たちの態度が、ほんの少しだけ和らいでいるようにも思えていた。どうしてそう感じるのかについて、彼女に心当たりはなかったが。


 一人で首をかしげるセラフィナの元にヴァレリーがやってきたのは、あの騒動から二日後のことだった。




「こんにちは。こないだは大変だったみたいねえ」


 セラフィナの部屋を訪れたヴァレリーが、書類を差し出しながらおっとりと笑う。


 彼女はセラフィナに敵意を向けることも、よそよそしいふるまいをすることもない、とてもありがたい存在だった。


 だからセラフィナも、朗らかに笑ってヴァレリーを迎え入れた。


「ええ。でもアルフが助けにきてくれましたから、大して怪我をすることもありませんでした」


 そう言って書類を受け取ったセラフィナは、青紫の目を真ん丸に見開いた。そこには、彼女を訓練兵から一般兵へと昇格すると書かれていたのだ。


「これって……」


「こないだ、あなたは他の訓練兵を逃がすためにしんがりを務めて、たくさんの魔物を倒したんでしょう? その功績が認められたのね。ふふ、おめでとう」


「あ、ありがとう……」


 優しく言うヴァレリーに、セラフィナはぎこちなく答えた。ほんの少し泣きそうになっているのを、ごまかしながら。


「かなり早い昇格なのよ。長い人だと何年も訓練兵だったりするから。あなた、すごいわねえ」


 ヴァレリーに手放しで褒められて、セラフィナが真っ赤になりながら頬を押さえる。そんな彼女を見てくすくすと優しく微笑みながら、ヴァレリーがさらに言った。


「それでね、わたしはあなたの腕章を回収しに来たの。上官のところに持っていくから、渡してもらえるかしらあ」


 その言葉に、セラフィナはいそいそと腕章を外し、手渡す。


「確かに受け取ったわ。……それじゃあ、またね」


「ええ、また」


 去り際に、ヴァレリーは意味ありげな目でセラフィナをちらりと見た。けれどすっかり舞い上がっていたセラフィナは、その視線に気づくことはなかった。




 そんなことがあってから数日後。セラフィナは、ヴァレリーに呼び出されて本部の一室に出向いていた。


 その部屋の四方の壁には本棚が作りつけられていて、ぎっしりと本が詰め込まれていた。


 部屋の中央には大机が置かれ、そのそばにはヴァレリーと、一人の青年が立っている。燃えるような赤毛の、少し女性的な雰囲気の男性だった。まとっている制服は黒。


「あんたがセラフィナか。僕はカミーユ、漆黒の一番隊」


 見た目にふさわしくやや高い声で、ぶっきらぼうに青年は自己紹介する。セラフィナは緊張しながら、ぺこりと頭を下げた。


「あ、はい。よろしくお願いします、カミーユさん」


「だからあ、かしこまらなくてもいいのよセラフィナ。気楽に、ね? 呼び捨てでいいし、ざっくばらんでいいし。カミーユ、初対面なんだから、もう少し愛想良くしてあげて」


 ヴァレリーは二人を交互に見ながら、そう言って笑う。カミーユは顔色一つ変えずに、さらに続ける。


「あんたをここに呼んだのは、先日の事件について解明するためだ」


「先日の……事件?」


「あなたたちが魔物の群れに襲われた、あのことよ。上官たちも、おかしいって言っていたでしょう?」


「結論から言うと、あれは人為的なものだ。あんたが身に着けていた腕章から、魔石の粉が出た」


「魔石の粉?」


 愛想のかけらもない口調でぽんぽんと話していくカミーユに対し、セラフィナはただぽかんとしていた。いったい何の話をしているのか、と言わんばかりの顔で。


「そう、魔石の粉。魔物たちの額にくっついている魔石を細かく砕いたものだ。状況からみて、それが使われたに違いない。僕はそう考えて、ヴァレリーに頼んであんたの腕章を回収してもらった」


 カミーユはセラフィナの腕章を取り出すと、大机の上に置いた。


「魔石の粉は魔法薬の材料にもなるし、他にも色々使い道がある。ただ、そのまままき散らすと魔物が寄ってくる。何がどれだけ集まってくるか分かったもんじゃないから、そうやって使うことはめったにない」


 その言葉に、セラフィナがはっとした顔になる。


「魔石の粉を取り扱うのは、僕たち漆黒の隊の者だけだ。研究室から持ち出すことは、まずない。だから翠緑の、しかも訓練兵だったあんたの腕章に、魔石の粉が偶然くっつくはずはない」


 漆黒の隊は、研究者の集まりだ。魔物について、魔石について、彼らは日々研究し続けている。


「だから僕たちは、あの日あんたと同行していた人間たちを調べた」


 セラフィナがごくりとつばを飲んだその時、聞き覚えのある声が入り口のほうから聞こえてきた。


「カミーユ、ヴァレリー、今戻ったよ」


 そちらを振り向いたセラフィナが見たものは、疲れたように肩を落としているアルフと、その後ろにたたずむ女性たちの姿だった。女性たちはみな力なくうなだれていて、泣いている者もいた。


「おまたせ。全員連れてきた。……ちょっと、ううん、かなり心の痛む作業だったけどね」


 そう言いながらも、アルフは連れてきた女性たちを手際良く壁際に整列させている。


「仕方ない。あんたが一番適任だからな。それで、動機は?」


「……残念ながら、君たちの予想通りだったよ。全員、ぐるだった」


「色男は辛いな。それで、さっきの話の続きだが」


 アルフと話していたカミーユが、またセラフィナのほうを見た。


「アルフに焦がれていた女たちが、あいつと親しくしていたあんたを排除しようとした。それが、今回の事件の真相だ」


 こともなげに告げられた言葉に、セラフィナは呆然と立ち尽くす。アルフとヴァレリーが、気遣うような視線を向けていた。しかしカミーユは、さらに言葉を続ける。


「そっちの女に見覚えはないか? あの日、あんたと一緒に出撃してた女だよ。こいつはあんたの隙をついて魔石の粉をばらまき、魔物が集まってきたところで、わざと転んだ。人一倍責任感の強いあんたが、一人でそこに残るように仕向けるために」


 カミーユがじろりと、整列した女たちをにらんだ。


「他の女たちも、魔石の粉をここから持ち出したり、他の隊を現場から遠ざけて援軍の到着を遅らせたりと、色々工作していたみたいだな」


「君に痛い目を見させることができればよし、あわよくば命を落としてくれれば……って、彼女たちはそう考えてたみたいなんだ。ごめん、セラフィナ。俺のせいで、こんなことに」


 いつも軽やかに笑っていたアルフは、それはもう見事に落ち込んでいた。


 セラフィナはあわてて首を横に振り、あなたのせいではありませんから、と声をかける。そんなやり取りを見た女性たちの目つきが、一気に険しくなった。


「それだけじゃないわよお。戦いの混乱に紛れて、あなたのことを直接始末しようとしてた人もいたもの。事故に見せかけて、ね」


 ヴァレリーがこの場の状況にはそぐわないほどおっとりとそう言って、奥の続き部屋から別の女性を連れてきた。灰色の制服のその女性は、心底悔しそうに歯をかみしめていた。


「わたし、あの時たまたま防壁にいたのよ。そうしたら、こちらの彼女がおかしな動きをしていたのよね。おかしいと思って、物陰から様子をうかがってたのよお」


 自分をにらみつける女性の視線にも全く動じることなく、ヴァレリーは左手首の通信の水晶に触れ、操作する。やがて、女性の声が再生された。聞いたことのない、大人の女性の声だ。


『さあ……もう少しこちらに近づいてきなさい。そうしたらあんたなんか、あたしの魔法の矢で貫いてやるんだから。新参者のくせに、アルフ様に目をかけられるなんて、絶対に許さない。みんなの分の恨みを、まとめて食らいなさい』


「そうしたら、こんなのが録音できちゃったの。軍規違反、というか法律違反かしらあ?」


 ヴァレリーが気まずそうな顔で、女性を見つめ返す。女性は何も言わなかったが、その顔が悔しそうにゆがんで、赤くなる。


 アルフが連れてきた女性たちと、ヴァレリーが連れてきた女性。アルフはそんな女性たちを順に見渡していたが、やがて深々とため息をついた。


「うう……俺さ、人気があるんだなーとは思ってた。それに、気になった子に声をかけてお茶するなんて、誰でもやってることだから問題ないって思ってた」


 そう言って、彼は頭を抱えてうつむく。


「でもまさか、そのせいでこんな大騒ぎになって、セラフィナを危険な目にあわせちゃうなんて……俺、自己嫌悪で泣きそう……」


「まあ、これからは行いを改めろよ、アルフ。僕ら平凡な男とは違って、あんたは目立つんだ、良くも悪くも」


 カミーユがアルフをじろりとにらんでから、気遣うような目でセラフィナを見た。


「それよりも。真っ先に片付けるべき問題は、ここからどうするか、だ」


「上官たちも魔物が集まってきた件について調べているし、彼女たちが何をしたのかについて、黙っていてもいずれはばれてしまうわよお。たまたま、わたしたちが先に真実にたどり着いてしまっただけで」


「まあ、そいつらがさっさと自首するのが、一番軽い処分で済むだろうな。それでも十分に厳罰になるが」


「でもね、セラフィナ。あなたという被害者がいる以上、あなたの思いが多少なりとも罰の内容に反映されることになると思うの」


 カミーユとヴァレリーは口々にそう言って、セラフィナをちらりと見る。セラフィナは少しだけ考えていたが、やがて背筋を伸ばしてきっぱりと言った。うなだれている、女性たちに向かって。


「でしたらどうか、自首してはもらえませんか。わたくしはただ粛々と、決まり通りにあなたたちが裁かれることのみを望みます」


 その言葉に、みな口を閉ざしてセラフィナをまじまじと見つめた。戸惑い顔の者や、敵意をむき出しにした者。泣いている者もいたし、神妙な顔をしている者もいた。


 様々な感情が複雑に入り混じった沈黙を破ったのは、カミーユだった。


「なら、僕とヴァレリーで彼女たちを連れて行く。アルフはセラフィナを送ってやれ」


 そのままカミーユとヴァレリーは、女性たちをまとめて部屋から出ていこうとする。その背中に、アルフがためらいがちに声をかけた。


「ああ、ちょっとだけ待って」


 女性たちが驚いた眼で、アルフを見た。すがるような目だった。


「一つだけ、いいかな。君たちが、俺を思ってくれてたってことは嬉しかった。でもよってたかって他の子をいじめるとか、そういったことはもうやめて欲しいんだ」


 アルフは静かに、女性たちに語りかけている。


「俺のせいで傷つく子がいるのは悲しいし、それに……そんなことをしていたら、いつか俺は君たちのことを嫌いになってしまうかもしれない。それはもっと悲しいよ」


 その言葉に、女性たちは一斉にすすり泣き始めた。


 まるで葬式のような重々しい空気の中、セラフィナはそんな女性たちをじっと見ていた。彼女の目に浮かぶ同情の色に気づいたアルフが、ほんの少し目を見張っていた。

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