名誉の先
掲げられた朱墨の布、『趙盾弑其君』を六卿みな見たであろう。が、政堂に集まったものどもは正卿の席に座している趙盾を白い目で見ることはなかった。彼らはすでに経緯を知っている。夷皋が死んで一日は経っているのである。その間、ぼんやりと座して時を待っているわけではない。ただ、朱墨の内容に幾人かは息を飲んだ。例えば荀林父などはあからさまに気遣わしげな視線を送り、消沈としている。
「本日の議は我が君のこととなります」
うやうやしい拝礼のあと、趙盾が言った。相変わらずの薄い表情であった。みな、拝礼し言葉を待つ。
「我が君は昨日、大変遺憾ながら身罷られました。ことの次第を申し上げます。我が君が私の言葉を不敬とし誅しようとなされましたが、私といたしましては我が君の手を汚すことためらわれ、君命に背いて亡命すべく絳を出ました。その間に趙氏本家の主、穿が弑しました。私が止めねばならぬことなれど非才無能不徳がために、かないませんでした。私は境を越えず、正卿としてのお役目全うできず。我が君を弑したは正卿である私です。我が君の過失でも穿の過失でもございませぬ。みなさまご認識おまちがいないよう願います。我が君は今、室にてお眠りいただいております。大変僭越かと思しましたが、私が哭礼を行い、口に玉をお入れしました。太后穆嬴が我が君をお守りです」
しずしずとなされるそれは、まるで事務報告のような響きがあった。が、この場にいる全員が趙盾の夷皋に対する拘りと忠義を超えた情を知っている。口に玉を入れた、というあたりで荀林父が静かに涙をひとしずく落とした。死者の口に玉を含ませるのは、死後、食事に困らぬようにという原始的な発想がある。また、死者の復活を願ったものでもある。どちらにせよ、即座に行うことは死者に対する愛惜の形であった。
「……さて。本日の議はいくつかございます。まず最も重要なことです。我が君の諡を決めねばなりませぬ。文公、襄公と卿のみなで話し合い決めて参りました。このたびも下席から案を伺うのが本筋でございますが、私のほうで既に案がございますので、その是非を伺いたい。我が君の諡は『霊』が相応しいと思う。いかがか」
趙盾の言葉に、郤缺含め、すっと顔色を静かに変えた。士会さえ、眉を顰める。それは不満ではなく、戸惑いであった。
霊は当時、下から数えるほうが早いほどの諡号である。春秋時代に霊を諡号に持つ者は総じて終わりが良くない。ただ、この諡号にはひとつの悲しさがある。生前、成そうとしたことを成せずに死んだという意味合いが考えられるのだ。成せたのではないか、成そうと務めたではないか、成そうとして国を傾けたのではないか。どうとでもとれる内容であるが、趙盾が何を以て提示したのかはわからない。しかし、夷皋の人生は、どうひいき目に見ても悪諡を送るしかないであろう。
徳が深い君公なのだ。趙盾は誰も頷かぬその言葉を、頑迷にも言い続けていた。その彼がこの諡と決めたとき、どのような心境であったろうか。その心境さえ、この男は理で潰しきったのであろうか。元々、情を理ですりつぶして生きているような男である。
趙盾は下席から問おうとした。が、それを荀林父が止めた。
「恐れ入ります。その議、下席の方々は君公に仕えて年月浅く、ご判断難しいでしょう。僭越でございますが、次卿としてこの議の是非を私一人の責としてお答えしてもよろしいでしょうか」
荀林父が趙盾を見て拝礼し、次に皆を見回して拝礼した。政治勘が鈍いくせにこのようなところは聡い、と郤缺は少し悲哀を込めて荀林父を眺める。趙盾の提唱は、彼にとって身を切るような苦しさであったろう。鈍感で理屈屋であるから自覚していないかもしれない。しかし腹の底に暗さは残る。君主の諡号など本来、他者と責を分け合う決めごとであったが、みなで是としてしまえば趙盾は卿たちに棘を思い生きていく。下席の三人はもちろん、郤缺など夷皋を排斥すべきだと言い続けていたのである。荀林父はそれを慮った。これ以上、趙盾と他者の軋轢を見たくはなかったし、政治が感情でぎくしゃくしていくのも嫌であった。困るではなく、嫌、というところが荀林父という人間である。
趙盾は荀林父の思いがわかったかどうか。ただ、
「あなたは次席です。下席の方々の責を担うは道理。みなさまがたも反論無い様子、よろしいでしょう」
と平坦な声で言った。荀林父が拝礼した。
「お許しありがとうございます。先君の諡についてでございます。私といたしましても、霊がよろしいかと存じます。まことに不敬なことを申し上げますが、先君はまつりごとにて本懐とげることあたわず、おろそかにもいたしました。行い全て成し遂げたことがございませぬ。十四年の長きにわたる治世でございましたし、私にも哀惜ございます。それゆえに、霊をおおくりし、黄泉にて本当に成させばならぬことに気づいていただければと、思う次第でございます」
郤缺は、荀林父が夷皋に対してどのような思いを抱いていたかは知らぬ。どちらかといえば趙盾に添っていたであろう。それでも死んだ青年を悼み、その青年を失った宰相を悼んだ上で、悪諡を是とした。荀林父の言葉が全員の総意である、という形を取っているが、他の発言を封じ、頷くのは己だけでよろしいでしょう、という気遣いであろう。六卿全員で悪諡が良かろうなどと発言していくのは、場がささくれだったに違いない。
「荀伯がみなの責を負い、賛同されましたゆえ、我が君の諡号は霊とあいなりました。本日の朱墨とともにこのむね、周王さま、各諸国にお伝えいたします。それでは……我が君……霊公のあとを継ぐ晋公のことです」
趙盾の、ひっかかるような霊公という声音であったが、それはともかく新しい晋公である。文公の子である黒臀にすると、趙盾は言い切った。示唆していた郤缺はもちろん、他の者も反対しなかった。周で育ったこの公子は少々古いが晋よりはよほど教養や文化の中心にいた。また、すでに壮年であり年齢も申し分ない。
「一度、私は周都にてお目にかかりました。おおらかな性質で教養に優れ礼あり。また私欲ない方で心から霊公の治世を言祝がれておりました。晋のまつりごとにはお詳しくないですがそれは六卿が支えてゆきましょう」
後日、趙盾は迎える使者など、その内容にいくつかの問答があったが、その際も穏やかに議は問題無く進んでいる。この使者に関してや、公子黒臀を迎える段については、次稿としたい。今回の朝政で重要であるのは夷皋の諡号、次の晋公、そして趙盾の進退である。それ以外は些末と言って良い。日々の事務的な議も終わらせた趙盾は、最後に
「私の進退についてです。私は我が君を弑し奉りました。これ以上正卿として国を支えることはよろしくない。正卿を辞し、新たな方へとお任せしたい」
とごまかさずに議にあげた。このあたりはみな予想していたことである。が、士会はここまで直球で言うかと少し感心した。正卿をやめたほうが良いですか? などと言ってこれば、末席からでも怒鳴ってやろうかと思っていたほどである。郤缺といえば、趙盾らしいとふわりと笑っていた。彼は人を道具として見る。それは己も例外ではない。己は最善の道具では無くなった、という宣言でもあった。
さておき、次の正卿である。次卿の荀林父が正卿となり、郤缺が中軍の佐、つまりは次卿として支えることとなる。荀林父は政治闘争という意味での政治勘が鈍いが、国政や外政において常識的かつ穏やかに治めることができるであろう。彼は己に足りぬものをわきまえており、人に尋ねることを恥としない。人を圧することなく対峙する。少々威は足りぬが、そこを己が補えば良い。そうなれば先縠が上軍の将であり欒盾が上軍の佐である。この軍だけ、少し頼りない、と郤缺は考えをめぐらせた。そんな郤缺の脳内など知らぬ趙盾が、言葉を続ける。
「私は正卿を辞するが、成そうとしていたこと、成さねばならぬことがあるゆえ、末席の亜卿となる。軍は率いぬが趙氏として与力にはなるゆえ、なにかあればお声かけください。まつりごとに関し、問われぬ限り口を開くことはございませぬ。ひとつふたつ、やりのこしたことございますので、引退せぬはご容赦を」
そこまで言うと、郤缺をちらりと見た。郤缺は意図を察して微笑み返す。
「おそれながら申し上げる。正卿におかれましては末席の亜卿、つまり昔の私の位置になるよし。しかしまつりごとに口を出さぬとおっしゃるが、あなたは極めて有能であり勤勉です。本当に座っているだけができましょうや?」
いささか挑戦的な郤缺の言葉に、趙盾は温度の無い目を向け
「問われぬ限り口をださぬし、だからといって問うように求めることもない。私は今後一切、口をだしませぬ」
とはっきり返した。郤缺は失礼つかまつった、と拝礼しながら昔を思い出した。郤缺が末席であったころ、趙盾の言外の求めに応じ、問いかけ、時には叱責した。そのように、この暴走する男を支えてきたのだ。それも終わるということであった。
「さて、私がいなくなりますと席が空きます。みな、上席になっていただきますゆえ、下軍の佐は胥氏の嗣子にお願いする所存です。胥子が亡命され、その嗣子はもう跡を継いでおります。ご年齢は少々お若いですが、先季もおられる、あらたな君公を迎えるに良いでしょう。士季が下軍の将となりますので、お支えください。欒伯もそのまま上がり、上軍の佐といたします」
そこまで言った趙盾に、欒盾が、よろしいか、と言葉を止めた。趙盾は表情を崩すことなく、促す。
「正卿のお言葉を遮り、恐悦至極に存じます。このたび、私を上軍の佐にお考えいただいたこと、光栄でございますが、我が身非才であり上席にて政事軍事を行うこと難しいでしょう。辞することお許し願いたい。上軍の佐でございますが、まつりごとにはもちろん、武にも長け、謙譲と恥を知り、教養深い士季に先を譲りたい。先季はまだ若く、ご教導必要でしょう。私より若く才のある士季が支えとなっていただくほうが国のためになりましょう」
欒盾が柔らかに言い終わり拝礼する。趙盾がうなづきかけるところに、士会が、わたしはおそれおおい、と口に出した。が、それを封じるように郤缺は遮り口を開いた。
「欒伯のお言葉、誠実そのもの。才人に席を譲るは恭しさ、才人に九つの徳を見いだすはまさに敬というものです。むろん、譲られたものが下席の才を見いだしさらに譲ること多いものです。謙譲とはただ敬い譲るだけではなく、人の徳を見て才を認めることでしょう。欒伯が士季に才と徳を見てご推挙されることこそ、国の喜びというものです」
にっこりとした笑みを郤缺は士会に向けた。士会がひきつった顔で口をぱくぱくと動かしたが、何も言わぬ。言いたいことは山ほどあるであろうが、どれもこの場に相応しくないと止まってしまっているのであろう。士会は己の才を冷静に理解しており、この六卿の中で最も優れていることも知っている。しかし、それと格は別の話である。先達の推挙とはいえ、差し置いて上席に行くのは、士会の信条に合わぬ。彼は欒盾の謙譲を非としようとした。が、郤缺は先手を打って止めた。
お前は推挙し譲る下席がおるまい。
はっきり言えばこうである。欒盾を止めるのであれば、己はその席ではない、という以上に同じように誰かに譲ることが必要となるが、士会は末席であった。儀は大切であるが、欒盾を撥ねのけるのは非礼であり、もっといえば道理がない。そして何より、欒盾が上席に上がる気がない。家格として最上の彼は六卿の席次など問題にしていないのである。
「……わたしは末席を汚すもの、本来は辞するお話であるが、非才であり経験も少ないわたしという人間の軽重を見きわめご推挙いただいたこと、辞すれば非礼にあたることでしょう。謹んで上軍の佐を承る。先季の支えになるよう研鑽しよう」
士会が堂々とした拝礼で受け入れた。正直、この男の天才性を考えれば、上軍の佐どころか将でも足りぬくらいであるが、先縠まで譲ろうとすれば士会は必死に論破するであろう。先達、上席を押しのけるからではない。欒氏だけでなく先氏という大族を押しのけて権勢に近づくことを、この政治均衡の達人は危険だと思っているからである。彼にとって喜ばしいことに先縠はそこに思い至らず、黙っていた。
「それでは、上軍の佐は士季、上軍の将は先季でお願いします。先季はまだお若い。士季は卿になったは浅いが文公の御世からお役目を務めておられた。その教導はあなたを良い卿にしてくことでしょう」
もうそろそろ三十路になろうか、という先縠は承り拝礼した。彼は郤缺という武に強い男のあとに、士会というそれ以上の戦争の天才を近くに見ることとなった。後年、彼の思考はかなり武に偏る。元々、そのような一族の出身であったためであろうが、先達たちへの憧れもあったのもしれない。
「さて、中軍。つまりは正卿と次卿ですが、荀伯はそのまま据え置き中軍の佐、中軍の将を郤主といたします」
一瞬、何を言われているのかわからず、郤缺は茫然とした。その後、これはいかん、と思い口を開いた。欒盾が士会に譲ったのは己から言い出したので、まあ良い。しかし、荀林父が郤缺に譲ったわけではなく、趙盾の独断である。席次の順逆を違えるのは政事に乱れが生じかねない。
――正卿のおっしゃるお話、私の九徳ごらんになってお考えと思います。しかし変事のあとに席次の順を守らぬは乱れに繋がることでございますゆえ、私としては辞し、荀伯を中軍の将として私はその支えをしていくが順当と言上つかまつる。荀伯は文公に見いだされ長く卿として励んでこられたお方、人を好み、みなを支え――
ぺらぺらと口の回るこの男は、言葉ひとつ出せなかった。声ひとつ出してしまえば、嗚咽しか出てこぬ。
郤缺は目を見開いたまま、泣いていた。
ほたりと涙がこぼれ落ち、これはおかしい、と気づいて袖で拭う。何故泣いているのか、と叱咤したが、どうにもならず、はらはらと涙が落ち続けた。は、と息を強く吐き、なんとか口を開く。
「正卿のおっしゃ……変事のあとに、席次の順を守ら……辞し、荀伯を、支え……みなをささえ」
全く言葉が出ず、郤缺は思わず口を手で塞いだ。
その間、全員がぽかんとした。趙盾でさえ目を見開き、士会もあほうのように口を開いている。先縠や欒盾はもちろんであるが、趙盾も士会も、郤缺が泣くなどと思ったこともなかった。拝礼もせず、驚いた顔のまま涙を流す郤缺に、六卿みな、同じように驚いた。
「……不作法でございますが、失礼いたします」
一人、声を発し、動いたものがいた。その男は、趙盾の許しもらうことなく、郤缺の傍まで進み、顔を覗いてきた。
「郤主。あなたが正卿です。あなた以外、誰がおられますか」
荀林父であった。五十を過ぎてもリスという印象は変わらない。優しい声で、語りかけるように声をかけてきた。
「……荀伯。私は、逆臣の子です……。才も無く徳も無く、皆の支え、あってこそ……まつりごとに関わることができた、者です。私は、仕えた君公の方々に、なにもなすこ、となく生き長らえた。国を背負う、正卿に、など」
その後の言葉が思いつかず郤缺は困惑した。今の言葉も、必死に考えながら紡いだほどである。荀林父がそっと、郤缺の肩を優しく撫でた。
「あなたの献身を誰が疑うというのですか。戦功をたて卿となってから、皆を支えてきたのはあなたではないですか。この中に文公遺臣の四卿のご教導賜ったものおりませぬ。あなただけです。趙孟を支え、東国との外交を礼を以て務め、亡命した士季をその知で呼び戻したのはあなたです。至らぬ私の相談をいつも聞いてくださいました。あなたはきっちりと人の話を聞いて、時には慰め、時には諭してくださいました。私だけではなく、卿も氏族もあなたの敬を慕い頼みにしております。正卿には威も必要です。あなたは武人として蔡に城下で盟わせた。その軍功は威と言えるでしょう。敬と威を持ち、礼と知を兼ね備えた方を押しのけて、正卿となるほど私は厚顔ではありません。もし、あなたが私を推すのであれば、私はなんどでもあなたに譲ります」
そう一息に言った後、荀林父は最後に
「あなたは逆臣の子かもしれませぬが、今や忠臣と申しましょう。我が晋のために四代にかけて尽くされた臣はあなたしかおりません」
と微笑した。もらい泣きしたのか、彼も涙を流していた。
郤缺は、それに言い返すことができず――完全に頭から言葉が消えているのである――趙盾に拝礼した。趙盾が、次はお願いする、とだけ返した。珍しく、彼の声も湿気ていた。
さすが私の息子ではないか
趙盾が席次を発した瞬間、郤缺の頭に割って出てきたのが笑顔の郤芮であった。やはり汝は良い嗣子だ、と言い、郤氏の誉れよ、と褒めてくる。郤缺の情はあふれかえり、静かに涙があふれ、理として行う辞意が全くできなくなっていた。郤氏は二度と権勢を握れぬのだと諦め、枯れていた郤缺である。趙盾の放り投げた餌など拾わぬ、と断じても断じても、父祖への祝いという喜びが湧いた。
「僭越なお話になりますが、あえて申し上げます」
傍らにいる荀林父が口を開いた。この期に及んで何を、と全員が思った。郤缺も思った。
「郤主は文公より君命を受けております。文公は郤家の作法について指図されたとのこと、私には詳細わかりかねますが、先の遺臣の方々はご存じであられた様子。本来諫めるべきことでしたが、国難多くかなわぬまま今に至っております。それは郤氏にとっても文公にとっても極めて不名誉なことで、口にしてしまえば晋の軽重が問われるものです。新たな君公にただ一言、郤氏は許すとおっしゃっていただくよう、趙孟から口添えいただけませぬか」
瞬間、郤缺は俯いたまま荀林父の手首を強く掴んだ。頭の中が煮えかえるような怒気で染まる。他家のことである、と昔に牽制した。よけいな世話であるし、お前如きが口にするな、という屈辱まであった。荀林父も郤缺の怒りに気づいているようで、少し体をこわばらせる。
「それは国ではなく、郤家のことで文公が命じた。ということでお間違いないか?」
趙盾が少し考えるそぶりをしながら問うた。荀林父がそうです、と返す。
「文公であろうと、誰であろうと、他家のことに口出すはできぬ。本来であれば、そのようなもの無視すれば良いが、郤主は国に忠あり約定を大切にする方、律儀に守ったことも仕方無い。あらたな君公にお言葉かけていただくよう差配します」
あの叔父は、と趙盾の顔にうっすらと呆れのようなものが浮き出て消えた。趙盾の知る文公は、脳天気なくせに少し粘着な重さがある、凡庸な叔父の割合が大きい。
その問答を俯きながら聞いていた郤缺は、こわごわと荀林父の手首を離した。よほど強く握ったらしく、赤い跡がついていた。
「……礼など言わぬ」
おせっかいが、という罵倒を抑えて、郤缺は呻いた。荀林父が何も言わずに、不作法、ご無礼失礼致しました、と皆に拝礼したあと、するする席へと戻っていった。郤缺はようやく心が落ち着いて来たらしい、と気づき、薄く息をついたあと、趙盾に向き直った。
「お見苦しいところをご覧に入れてしましい、恥ずかしい限りでございます。私は三席であり、次席の荀伯を越えて正卿になるなど辞する話でございます。が、私が辞するなら荀伯は私に譲り続けると強くおっしゃいました。また、長く正卿としてまつりごとの音頭をとり、我ら六卿を見定めてきた趙孟の目を疑うことも非礼でしょう。私は非才不徳の身であれど、謹んで国の重要なお役目を承る所存です。みなさまの支えがよすがでございます。上に立てば戒めが必要、その戒めこそみなさまのお言葉でございます。私が傲らず迷わぬよう、ご教導願います」
趙盾へ拝礼し、次にみなに向かって拝礼する。全員、穏やかに返礼した。
さて、この瞬間、彼らは実に重大なことをしてしまっているのであるが、郤缺や趙盾はもちろん、士会さえもきづかなかった。彼らは、一度も新たな晋公である黒臀に伺うことなく、六卿人事を決めてしまっていたのである。趙盾が正卿の時は、霊公が幼君であったため事後報告にはなっていた。が、一応『よろしいでしょうか』というお伺いの体裁だけはあった。実際のところ趙盾が決めて霊公が頷くだけの茶番であったが、一応霊公が決めた、という形だけは残していたのである。
が、趙盾は郤缺を正卿と決めてしまった。その上で、皆、黒臀は郤缺を正卿と見て声をかける、という点まで疑っていない。晋に来る黒臀は、次の正卿はこの男です、よしなに、とされるのである。むろん、黒臀は晋の国政に全く明るくなく、それではよろしく、と心曇りなく返すであろう。ここだけなら非常事態であった、と言えなくともない。が、晋は以降、六卿内で次の人事を決めていくことになる。
郤缺たちは、善政を求める人事で晋公の人事権を奪ってしまったのである。晋を覇者としたのは文公である。しかし、長い春秋時代の中、晋の興亡全て、六卿の手の内で行われている。彼らは、晋という国の方向性を最初に決めてしまった人々となった。




