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断章の風景

 さて。しばらく事件にそって急ぎ足で筆を進めているところがある。少し、断片的な話をしたい。

 と、いうのも、である。

 まず、荀林父(じゅんりんぽ)の話である。郤缺(げきけつ)は荀林父という男が善人であると知っているが、おせっかいであると思っていない。しかし、先克(せんこく)が死んだ直後の態度は『おせっかい』と言うべきものであった。いくら先蔑(せんべつ)先都(せんと)と同僚であったとはいえ、他家の話に頼まれもせず入りすぎである。郤缺は興味ではなく、この男を把握するためにも、確認すべきだと思った。想定外の『おせっかい』に暗いものが混じっているのであれば、荀林父を計りなおさなければならない。

 箕鄭(きてい)蒯得(かいとく)を捕らえた帰路、中途で休憩をしたときに、郤缺はさらりと問うた。世間話のように、柔らかく、

「少し、深かったように思えますな」

 と添えて、聞いた。荀林父が顔を染め、俯くとああ、と消え入るようなため息をついた。

「私情が入っておりました」

 荀林父の顔は恥じ入ったという言葉そのものであった。風が舞い上がり砂塵が飛ぶ。それを慣れた仕草で払いながら、荀林父はさらに口を開いた。

「凶事で亡くなったご家族を忌避する大夫(たいふ)がおられます。特に、亡き先主(せんしゅ)は誅殺という言葉でさらされたのです。不祥と祀らず捨て置くかもしれぬと、勝手に思いまして……。いえ、我が父が我が祖父をそのようにしたので、他家のことも不安になる次第で……」

 郤缺は笑顔のまま、喉を鳴らした。己でも器用であると思った。ここで、さようですか、と話を終わらせるべきだと判断し、口を開いた。

「それはどういうことで?」

 蓋をすべき事柄であるとわかっているのに郤缺は先を促した。荀林父が我が家の些事で、そして恥ずかしいことですが、と前置きし、語り出す。些事であるならやめろ、と思ったが、促したのは郤缺である。

「我が祖父は(けん)公の遺言を守ろうとして殺されました。父は、祖父の行いを恥ずべきと思ったようです。献公の遺言を守ることは晋を混乱に陥れると同義、まず公を諫めるべきであったと。……しかし父は祖父が存命のときにそのようなこと進言しておりません。穏やかですが謀略の才をもつ祖父に怯えていたのかもしれません。父は不孝にも祖父に哭礼(こくれい)せず、祀らず、最期まで祀らず、私に祖父を(びょう)に入れるなと言い残して亡くなりました。私は父に叛いて祖父を祀りました。父への不孝ですが、祖父を祀らぬは父も我が荀氏も不孝となる。ゆえに、先主の死で怖かったのです。彼らがあの若者を祀らなかったとき、(せん)氏の誰も祀らなかったとき、彼の一族は終わり良くない。勝手に、そう思いまして……。我ながら、みっともないことをしてしまったと思っております」

 心底、荀林父は後悔しているようであった。平凡な彼は、父親の不孝で非常識な行いに耐えられず、それを他家に投影してしまったということである。郤缺はふわりとした微笑を向けた。

「それはおつらかったでしょう。あなたは良いことをなされた。お父上もきっと悔いておられたことだと思いますが、己で決めたこと、退くことできなかったのでしょう。何が不孝なものですか、一族を守りお父上の矜持を救われた。良きことをなされた」

 さらさらと言葉を紡ぐ郤缺を、荀林父が少しずつ顔をこわばらせながら見ている。困ったことに、荀林父は時折するどい。察しが良すぎる。

「郤主、()

 郤缺はとっさに手で制した。柔和な笑みを向けたまま首を振る。

君命(くんめい)です」

 言わずでも良いことを、郤缺は言った。その上で、他家のことですよ、と付け加える。荀林父は勝手に傷ついていたが、郤缺はそれを慰めようがない。問うたのは郤缺であり、荀林父は素直に応じた、それだけである。ただ、『も』と言われたことが許せなかったということは認めよう。郤缺は一瞬だけ笑みをやめ、顔をそらした。己で父を捨てるような男と、同じとされたくなかった。大人気ないと言われようが、そこだけは一線を引きたかった。そこからの帰路はぎこちない空気が流れた。が、郤缺はすぐに棘を覆い隠し柔らかさを取り戻した。荀林父もすぐに気づいたらしい。(こう)に着いたあとから徐々に元の距離感へと戻り、その後、箕鄭らの処刑を経て、二人の空気は何も無かったかのように溶けた。仲良しこよしをするためにいるわけではない。互いに国を背負う(けい)である。個人的なことは余事であった。ただ、荀林父は政治勘の無さ以外で暴走することもあるのだと、郤缺は頭の隅に入れた。もし、万が一、それが晋を害するようなことがあれば、お引き取り頂かなければならないと思い、郤缺は己を冷笑した。傲慢にもほどがある、考えであった。

 さて、次の断片である。趙盾(ちょうとん)に視点を移したい。趙盾は先克が死んだ時点で次の席次を全て決めていた。つまり、先克の死の瞬間に先都や箕鄭の死も決定事項となっており、共に行動していたものどもの死も決めていた。ただ、奏上するには、きちんと乱を起こして掴まって貰わねばならぬ。ゆえに、閉じこもった箕鄭と蒯得の出迎えを命じたあとに、趙盾は晋公夷皋(いこう)に席次の奏上をした。命じれば郤缺は必ず連れてくる、という絶対的な信用がある。郤缺は極めて役に立つ先達である。

 趙盾は奏上のためだけにわざわざ夷皋を政堂に連れ、席に座らせた。そうして己は、正卿(せいけい)の席に座る。そこから長々と先克の死から始まる陰惨な粛正を議として夷皋に説明し始めた。ようやく十一才の少年にとって胸が潰れるような内容である。夷皋は元々、精神的に細い。父の懊悩を見ており、母の愚かさを浴びている。八つで大人の事情で連れ回され、母の泣き落としのダシにされた。むろん、愛されている記憶はあるが、それ以上に世界は棘のようなものだという気持ちが強い。そこに、この、表情の薄い男が、夷皋の生活を侵蝕している。この男は朝政(ちょうせい)の内容を必ず、直接報告してくる。夷皋の私室に入りぬかずき、微に入り細に入り、必ず毎日、やってくる。内容など、夷皋にはさっぱりわからぬが、趙盾は報告することが第一義らしく、夷皋の困惑に気づいていない。

 この時も、夷皋が怖じていることに気づかず、語った。

「今、箕子(きし)をお迎えする所存です。おそれいりますが、君公も箕子のお出迎えを共にしていただきたいと思います。上軍の将という上席の方でございましたので、我が君のご尊顔をお示し頂くようお願い申し上げます」

 お願い、と言うがこれは趙盾の命令に近い。この正卿は自覚も無いが、幼君に命じているのである。夷皋はわけもわからず、頷いた。ちなみにこれは、郤缺によって止められる。趙盾はこの幼い子供に箕鄭の処刑を見せようとしていたのである。彼にすれば、君主としての義務だと思っていたのであるが、郤缺は少年の情操教育に極めて悪いため、箕子の乱は君公に関係なく、君公が誅すわけではない、という理で引き取らせた。

 話が先にそれた。今は、奏上である。

「新しい席次です。現在卿である我ら三人に、文公ゆかりのもの、古くから晋を支えるもの、そして便利なものをいれることにいたします」

 その席次である。

 中軍の将、趙盾。むろん正卿であり、変わらない。

 中軍の佐、荀林父。

 上軍の将、郤缺。

 上軍の佐、臾駢(ゆべん)

 下軍の将、欒盾(らんとん)

 下軍の佐、胥甲(しょこう)

 欒盾はもちろん欒枝(らんし)の息子である。欒枝がかつて述べたとおり、平凡であり名門貴族の子弟らしいゆったりとした性質で、それ以上ではない。素直で謙譲を知り、教養と儀礼を叩き込まれた、大夫の教科書のような男でもある。胥甲は胥臣(しょしん)の息子である。父に比べて我の強い男であるが、趙盾は問題としていない。この二名はいわば内向けの数合わせであった。先氏以外の文公の遺臣は(しょ)氏が最も格高く、国内で最も名高い飾りが(らん)氏だっただけである。問題あらば、すげ替えるつもりであった。

 異色なのは臾駢である。彼は卿になれるような家格ではない。趙盾の傘下にある、いわば自力で立ってられない氏族である。が、戦争には役に立つ才がある。趙盾は臾駢に政治介入を一切許さぬつもりであり、臾駢も分をわきまえている。その上軍の将は郤缺であった。これは繰り上がりであるが、外征は上軍に丸投げしようとする趙盾の姿勢がだだ漏れである。荀林父も繰り上がりであった。無論、全員、趙盾より年上である。

 趙盾は各卿を一人一人丁寧に説明した。あまり朝政に出ず、揃いの時に顔を見る程度であった夷皋には、確かに必要な情報であったが、未だ脳ができあがっていない少年には苦痛でしかない。が、これは趙盾を責めるのも難しい。彼は同年のときに、このくらいのことを理解してしまっていた。ゆえに、目の前の君主がわかっていない、ということに思い至っていない。繊細な君主と鈍感な正卿という最悪の組み合わせで、二人きりの政堂である。夷皋は緊張のあまり、もよおしはじめた。ぐっと我慢を続ける。趙盾に一言、声をかければ、この薄い表情の男もさっと止めて夷皋を解放したであろう。が、夷皋は趙盾が恐ろしくて言えなかった。早く終われと思ったが、こういうときに限って、限界は近く、話は終わらない。

 結局、夷皋は漏らした。じわりと布を濡らす汚水は止まらず、悲しく情けなく、恥ずかしく、泣いた。趙盾はさすがに異常に気づき、近づいた。夷皋は身をよじって逃げようとしてしまい、さらに尿の溜まった席を見せることとなった。五才六才であっても情けなかったであろう、いわんや十一である。夷皋は消えてしまいたかった。

 趙盾は静かにぬかずくと

「おそれいりたてまつる、失礼致します我が君」

 と言ったあと、そっと夷皋を抱き上げた。趙盾の衣は夷皋の尿で濡れたが、眉一つ動かさず、柔らかく抱きしめた。

(とん)、盾は、我、我を叱るのか、我は、その、」

 抱きしめられながら夷皋はガタガタと震え、何を考えているのかさっぱりわからない男を見上げる。母は常に趙盾の言うことを聞けと言う。趙盾の言うとおりにせねば殺されるやもしれず、晋公として完璧でなければ追い出されると、夷皋は思い込んでいた。が、趙盾はふわりと笑った。柔らかい笑みは初めて見るものであった。

「我が君は文公、(じょう)公の血を引く貴きお方。そのような方をこの盾めが叱るなど不敬きわまりない。お泣きにならないでください。我が君の嘆きがあらば、それは我が不徳からなるものです。我が君は徳深き君公となられる。ゆえ、こたびは私が行き届かず我が君を悲しませました。お許しを」

 趙盾が優しく夷皋の頭を撫でながら、しずしずと言いきかせる。夷皋は何も悪くなく、悪いのは趙盾である、と本気で言う。彼は子供の自尊心を守るために言っているわけではなく、本気で夷皋を徳深いものとし、己が不徳であると言っているのである。

 常に表情の薄い正卿が見せた、慈愛ある笑みは、夷皋をさらに恐怖に落としていく。いっそ、お前はダメだと言われた方がマシであった。さすがの夷皋も、趙盾が父を越えた頭の良さであることがわかる。私心無く夷皋にむかっていることもわかっている。ゆえに、怖い。趙盾は夷皋を都合の良い鋳型に当てはめるべく、せっせと己の忠を押しつけてくる。

 衣を改めましょう、と常の薄い表情で趙盾が言う。寺人に後始末を差配しながら、趙盾は勝手知ったると夷皋の私室に向かった。着替えも何もかも、趙盾は世話するつもりである。この幼君の矜持を守るためであった。しかし、趙盾は夷皋が嫌がっていることについぞ気づかず、夷皋も趙盾が気づいていないことがわからなかった。

 最後に、晋から離れる。これも断片である。

 秦に亡命した士会(しかい)は、ほどほどの(ゆう)を与えられた。己の領地で差配するか、秦の都である雍城(ようじょう)で過ごすか、というあたりは晋時代と変わらない。士会の邑の名はいまいちわからぬ。後に秦で士氏は(りゅう)氏を名乗るが、これは晋へ身を寄せる遙か前に名乗っていた氏であるため領地とは関係無い。さておき、この場所はそこそこ豊かであるが、地勢の悪さが気になった。立地が悪いというわけではなく、近くに嫌な山があった。ゆえに、秦ですっかり昵懇(じっこん)になっている繞朝(じょうちょう)に願いでた。ご記憶にあろうか、士会亡命時に偶然出会った秦人である。

「あなたが知恵者、君公覚え高いものと見込んでお願いしたい議がある」

 昵懇になっていると言っても士会は亡命して日が浅い。節度はかなり保っている。繞朝はなんであろうか、と闊達に返した。きびきびした男であり、この田舎くさい秦には珍しく所作爽やかである。

「わたしの領地の近くに、西戎(せいじゅう)の拠点のひとつがある。あれを潰したいゆえ、君公にお伺いを立てて欲しい」

「兵を出せと言うのか?」

 確かに西戎、つまりは(てき)の一種であるが、その拠点を邪魔だと思うのはわかる。しかし、一大夫のためにわざわざ蜂の巣をつっつき兵を損なうわけにはいかぬ。非常識な、と繞朝は眉をしかめた。士会は少し話しただけでその有能さも性格の良さも伝わる男である。ゆえに、繞朝は喜んで交流しているわけであるが、このような厚かましい面があるのかと、心が冷えた。

 が、士会は心底不思議そうな顔をする。

「わたしは潰したいと言ったが、潰してほしいとは言っておらぬ。我が手勢で追い払うが、勝手にしてはならぬと思って、お許しをいただきたいだけだ」

 繞朝は、は!? とうっかり叫んだ。大夫としてはありえない不作法であったが、士会の言うことがあまりのも想像の埒外であった。

「士氏の手勢の数は多くなかろう? 西戎は我らが手を焼き、なかなかに追い払えぬ。それを拠点ひとつとはいえ、追い払うことなどできようか」

 思わず床を叩きながら言う繞朝に、士会がさらに不思議そうな顔をした。

「あの山はたいした要害ではない。まあそれでも山に籠もられたらやっかいだが、狄は挑発すればすぐに飛び出るものだ。あの拠点は位置としても重要でもない。襲いたい邑に対する動線にならん。ゆえに人数も少なく、一度追い払ったら他の西戎に身を寄せて帰ってこぬ。簡単な話ではないか」

 狐を狩るような口調で士会は言う。繞朝があっけにとられたあと、奏上だけはしてみる、と返した。士会が失敗しても秦は痛くもなく、客人に渡していた邑が公室に戻るだけである。繞朝は良き男が失われるのは惜しいと思ったが、このような蛮行を言い出すのである、実はたいした男でもなかったのだと、ため息をついた。秦公である(おう)も、好きにさせろと笑って終わった。失敗すれば公室に邑が戻るだけである、とこの青年君主も思ったのである。

 もちろん、士会は宣言どおり、あっさりと追い払った。おびき寄せ、散々持久力を奪うように走らせたあと、袋だたきにして二度と来るなと蹴り飛ばした。罃はもちろん、繞朝も、そして秦人みな、ぽかんとした。秦は今、人材が払拭している。この時期、史書に名が見えるのは繞朝と西乞術(せいこつじゅつ)という宿将くらいである。

「あの者を将として迎えたい」

 罃はさっそく言ったが、みながみな、首を縦にふらなかった。

「晋人は詐術を用います。彼の者が、我らを謀らぬとは言えませぬ。易々と軍を任せられませぬ」

 臣の一人が言うことも最もであった。秦は何度も晋の不義理により煮え湯を飲まされている。有能な亡命者に対して、喜ばしい反面、警戒がどうしてもわいた。

「客卿として招いてはいかがか」

 これは繞朝の言葉である。その方向で進むうちに、小さな勢力の西戎を追い払ったていどである、おおごとではないか、という話に着地してしまった。が、罃は諦められなかった。偉大な父から継いだ秦である。この国の停滞を止めねばならぬ。

「他の狄に当たらせ、腕をもっと見てはどうであろうか」

 いわゆる、試験である。士会は頼みもせぬのに将にするかどうか議にあがり、あげくに試されることとなった。繞朝は、いや士会は信用できる、有能である、と押し切れなかった。良い男であることは間違いない。教養もあり、礼儀正しく、人の言葉を否定しない謙譲を持つ。そして武の強さを見せつけてきた。並べれば完璧であったが、一つの情景が繞朝をひるませた。

 まだ交誼を深めはじめたころである。繞朝が士会の邸で歓談していたところに、客が来た。聞けば同時期に亡命してきた晋人であるという。先蔑(せんべつ)というその男は、士会と久闊をわかちあいたい、と尋ねてきたらしい。が、士会は一言、

「無視しろ。もし押し入りそうであれば追い返せ」

 とだけ命じ、会おうともしなかった。先蔑は長く待っていたらしいが、とぼとぼと帰っていったらしい。繞朝はさすがに不思議であった。士会の供のものも不審に思ったらしい。世話をしながら思わず口を開いた。

「一緒に国をお逃げになったのに、お会いしようとなさらぬのはどうしたことでしょうか」

 この供のものが壮年であれば、このような口を開かなかったであろう。この士氏の当主が行うことは常に理があり、そして卑しさは無い。が、この供はまだ若かった。士会もその若さに免じたのか、仕方なさそうに笑む。

「わたしは公子(よう)への使者として同罪であるから、たまたま同時期に逃げたまでだ。何も先子(せんし)を慕って逃げたわけではない。ゆえに面会する必要はないのだ」

 士会の声に少年へのいたわりはあったが、先蔑への感傷は無かった。その後、たまたま都の中で行きあい、先蔑が声をかけてきたが、士会は返事どころか見ることもなかった。同行していた繞朝は、何やら恐ろしいものと共にいる、と一瞬思った。良い男である。真っ直ぐな性情で頭も良く情もあり、理もある。その儀に礼はいきわたり、敬愛と謙譲が伝わってくる。

 ――しかし、どこか、異常ではないだろうか。

 繞朝は、士会の有用さをわかっていながら、狄で試す、という無礼きわまりない決定に頷いた。何度も言うが士会は頼んでおらぬ。士会の能が欲しいのは秦でありながら、力を貸してほしいと願いでず、逆に試す。断られたら、これから先も士会は秦のために働かないであろう。それがわかっていて、繞朝は士会への使者として秦の意向を伝えた。

「……あなたも辛い立場だ。引き受けよう」

 繞朝は、ただ他の狄を追い払って欲しいと言っただけである。が、士会は繞朝の立場まで(おもんぱか)って受けた。頼もしい反面、やはりどこか底の知れなさを感じ、繞朝は複雑な顔をした。この恐怖は繞朝が士会を天才であると気づいていないがためである。有能なだけなら人間社会で馴染むが、天才は浮き上がる。特に士会は、春秋時代を見渡しても異常なほどの天才であった。この男は秦の望むどおりに狄を追い払い、いずれ故国である晋と対峙することとなる。

 以上、断片である。この間も、東国方面では楚が動きだし、小国が揺れ始めるが、それは次稿としたい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 先氏が一掃されてしまった…_(┐「ε:)_ 卿の顔ぶれがかなり変わったけど、欒枝と胥臣の息子と並ぶのは感慨深いものがありますね。趙盾は相変わらず。 士会が元気そうでなにより。いずれ秦の者…
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