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「ボクの弱さはボクが一番分かってる」

 ゆらぎは優柔不断だ。大事な話になればなる程決断が出来ない。誰かに決めて貰って、それに付いて行くのはとても楽だった。

 小さい頃は何時も姉に付き従っていた。姉は判断が早いし、結果も信頼に値する。姉は揺を非常に可愛がったし、正にウィンウィンの関係であった。

 しかし、姉が中学生になり彼氏が出来ると、この関係は一変する。突然突き放された揺はしがみ付くものを探したが、自分の理に適う相手はそう簡単には見つからない。

 そこからは、孤独の時代だった。優柔不断で、泣き虫で、姉の影響で女の子の様な趣味ばかりだった揺には、中々友達が出来なかった。やがて揺は頼れる人間を探す事を諦め、一人の世界に閉じこもった。

 寂しい、その言葉を胸の奥に押し込めて。一人でも平気だと言い聞かせて。クールな一匹狼の様に振舞った。

 その壁を壊したのが、長伊飛鳥ながい あすかだった。


「このぬいぐるみ可愛い! どこで買ったの?」

 その日は家庭科の課題提出があった。教科書を出す時にポロリと零れ落ちたその作品を拾い、飛鳥は顔を綻ばせた。揺は質問に対する答えを悩んで、

「作った、んだけど……」

 と小声で絞り出すと、彼女は更に瞳を輝かせ、人形ごと揺の手を握り締めた。

「凄い! 安見あみって裁縫得意なんだ! 材料代出すからさ、同じの作ってくれない? お願い!」

「い、良い、けど……」

「ほんと!? ありがと!」

 勢いに押され頷くと、彼女は増々の笑顔をこちらに向ける。慣れない状況に恥ずかしくて目が合わせられなかった。どうやって手を離して欲しいと伝えようか、悩んでいる内に飛鳥は友人に呼ばれじゃあね! と去って行った。これが彼女とまともに話したファーストコンタクト、揺はまるで太陽と北風が同時にやって来た様だ、と思った。


 飛鳥がウサギだと主張する継ぎ接ぎの菱形を三つ合体させたフェルト地の奇怪な物体を眺め、これは自分と同じモチーフだったのかと衝撃を受けた授業が終わり、放課後、彼女は早速「材料を買いに行こう!」と声を掛けて来た。

 手芸用品店を目指し歩いていた途中、道向かいをカップルがすれ違ったのを見て、揺は急に気恥しくなり尋ねる。

「あの……二人きりで買い物なんて、クラスの誰かに見られたら、勘違いとかされたら、恥ずかしく、ない、ですか」

「何で?」

「だって、ボクなんかと、変な噂が立ったら……」

「そんなの違うって言えばいいだけじゃん。あたしは全然気にしないよ? ……あっ、安見、彼女いる感じ?」

「いや、いませんけど……」

「じゃあ大丈夫だ!」

 やっぱり押しに押され、話はうやむやになる。只、彼女の底抜けの明るさと、はっきりと言い切るその姿勢のおかげで不思議と嫌な気分にはならない。

「動物の中でウサギが一番好きなんだ。って言うと、似合わないって言われるからあんまり人には教えないんだけどね。安見のぬいぐるみ最高に可愛かった、耳の形も尻尾の丸みも最高! あっウサギ柄の生地あるじゃん! ウサギでウサギ作るとか超可愛くない?」

 ほぼ彼女の一存で、順当に材料選びは進んだ。買い物が終わり、ここでお別れだと思ったら途中まで一緒だから、とまた二人並んで来た道を戻る事になった。

「あ、連絡先交換しよ、作ってる途中の写真とか送って、ウサギになる過程見たいから!」

 不思議な主張により揺の携帯電話に初めてクラスの女子の連絡先が登録された。

「じゃあね、また明日!」

 分かれ道で大きく手を振る飛鳥に、揺も自然と手を振り返す。気が付けばすっかり彼女のペースに呑まれていた。一人になって、ようやく思い出す。彼女はクラスの人気者、片や自分ははぐれ者。友人としても、到底釣り合う相手ではない。

 このぬいぐるみが完成するまでの関係、それだけの関係、きっとそうだと思い直して、布と綿を抱きしめ逃げる様に家に帰った。


 それから一週間。毎晩何の需要があるのだろうかと思いながら出来上がったパーツの写真を送りいいね! スタンプを貰い、毎朝挨拶とついでに世間話を仕掛けてくる飛鳥にぎこちなく対応する日々が続いた。気になっていた周囲の目も段々マシになって来た頃に、ウサギのぬいぐるみは完成した。これで終わり、そう思って手渡したのに、彼女は笑顔でこう言った。

「ありがとう! すっごい可愛い、大事にするね! 今度家のウサギコレクション持ってくるから、明日の放課後空いてる? 部活終わったらカラオケ行こ!」

 その後もずっと、飛鳥との関係は途切れずに続いた。告白よりも先に周囲が付き合っているのだろうと茶化す様になり、とうとう揺が一世一代の勇気を出そうとして、彼女に先に付き合う? と尋ねられる事になったのは出会いから一年後の事だった。



 長伊を失って三年。再び孤独に染まった安見の心の壁は強固だった。

「放っておいてください、あなたの事が嫌いです」

 仲良くなりたいとしつこく食事に誘ったところ、怒りの篭った目でそう言われた。以前の周回で安見を知っているあなたは押せば行けると認識していたのだが、時間軸の違いの影響は大きい様だ。

 ファミリーレストランのドリンクバーでお茶をしながら、護衛係の丸米まるこめが呆れた様に尋ねる。

「何でそんなに揺くんに構うんです? 関わるなって言われてるんですから、それでいいじゃないですか」

 だってそれは、只の強がりだから。無理をしている子を放っておくなんて、自分には出来ない。あなたは微笑みながら、丸米に向かって首を横に振る。

「じゃあ、わたしじゃなくて揺くん護衛係にして貰える様に、支部長に頼んでみますか?」

 丸米の提案に、あなたはお願いします、と手を合わせた。


 三日後。安見は巡回するあなたの後ろを渋々といった表情で付いて来ている。歩き疲れていないか、今日の学校はどうだったか、等々話題を振ってみるが、別に、としか返ってこない。

 夕方になってあなたが支部へ戻ると、安見は役目を終えたとばかりに早々に帰宅してしまう。様子を見に来た丸米が、夕食の弁当を温めながらあなたを慰めた。

「大丈夫ですよ、揺くんは誰に対してもあんな感じですから。

 彼と中学同じだったんです。学年違うんで偶に見かけるくらいでしたが、彼女さん出来る前は今とおんなじ雰囲気でしたよ。むしろ彼女さんいた時の柔らかさが異質というか、こんな顔する人だったんだぁって」

 本当は、そっちが正しい彼なのに、とあなたが呟くと、丸米は驚いた顔をした。

「……それで、そんなに頑張ってるんですね」

 彼女の全てを悟った様な言葉に、あなたは頷く。丸米はよし、と呟くと、笑顔であなたに言った。

「鍋パしましょう! 一緒にご飯食べれば、直ぐに打ち解けられる筈です!」

 やっぱり冬は鍋ですよ! と語る丸米に後光が差している様に見えて、あなたは手を合わせ彼女を拝んだ。


「………」

 むすっとした表情で向かいに座る安見。その隣で丸米はテキパキと鍋奉行をしている。

「具材は全部わたしが盛るので、お二人はお話しでもしていてください!」

「………」

 丸米がそう言うが、安見からは何も発言がない。あなたは、何時もより少ししつこく、楽しかった事や好きなテレビ番組等質問を続けてみる。

「……何が目的ですか?」

 ようやく返って来たのは、そんな疑問の言葉だった。

「何の為に、ボクなんかにそんなに構うんですか」

 何かを思い出すのか、どこか悲しそうな、険しい表情で安見は言う。その、無理をしている様な、辛そうな姿を見ているのが苦しいのだ、あなたがそう告げると、彼は唇を噛み締めた。

「……無理しなきゃ、やってられないんですよ。ボクの弱さは、ボクが一番分かってる。誰かに頼らなきゃ生きていけない、クズみたいな奴だって。でも、もう、失いたくないんだ……だから、何も手に入れたくないんだ……」

 目の端から、涙が零れた。安見の前に取り分けられた鱈鍋が置かれるが、箸を持つ事はなく、そのまま言葉を続ける。

「関わらないでください、優しくしないでください、助けないでください。また大切なものが出来たら、また、守れなかったら……ボクはもう、立ち直れなくなる。

 狩人になったからって、弱い自分が変わる訳じゃない。彼女に守られた命だから、生きているけれど。本当はボクに、生きる価値なんてないんだ。ボクなんか……」

 あなたは席を立ち、安見に近寄る。そして、彼の頭をそっと抱き寄せた。

 私は、君に守られた事がある、信じて貰えないかもしれないけれど、君は、君が思う程弱くない。

「………は、離してくださいっ」

 ドンッ、とあなたは突き飛ばされた。安見の顔が、耳まで真っ赤に染まっている。あなたが戸惑っていると、丸米がニヤニヤして言った。

「……司令官さん、その胸で抱きしめたら、そりゃあそうなりますよ。揺くんも男の子だもんねー?」

 その日以来、物理的に距離を置かれる様になったが、安見の返事は少し柔らかくなったのだった。


 二年後。日本全国各地で連鎖的に発生した史上最大の大発生に、埼玉の狩人達も巻き込まれる。その戦いで安見も、丸米も、埼玉の狩人全員が死亡する事になるが、その報告を昏睡状態のあなたが聞く事はなかった。

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