病んでいく心と救いの言葉
無自覚に病んでいくニュクスをリアンは支え、とある言葉をニュクスにかける。
「泣いてもいい」
泣くことができなかったニュクスへ、リアンはそう言葉をかける――
『なるほど、そう言えばそうだな、よし少し考えるとするか』
「?!?!」
夢の中の声が聞こえて俺は周囲を見渡す。
でも誰もいない。
ついに幻聴迄聞こえてきたかとげんなりする。
「ニュクス、君が聞こえているのは多分幻聴じゃなく、へスペリア様のお言葉だと思う」
「え゛?!」
顔に出ていたかと思う程に、俺は慌てる。
「君はへスペリア様の御子だからね、20をすぎた君なら聞こえても不思議じゃないんですよ」
リアンは俺をそう言って肯定する。
子どもの時、俺をいつだって肯定して、抱きしめてくれた。
母さんたちは常に気を張っていたから、俺は中々甘えることができなかった。
だからその分、リアンに甘えていた。
「ところで、ニュクスはどうしたいんですか?」
リアンに手を握られながら、問われるが、いざ考えると思いつかない。
「改心は無理だろうからなぁ……」
「無理でしょうね……」
改心するなら贖罪行為をしてくれたらいいのだが、そうじゃないのなら苦しんで欲しいが、どう苦しんで欲しいのか分からない。
「……正直言うと、苦しんで欲しいのに、どう苦しんで欲しいのか俺わかんないや」
「……なら、自分達にとってもっとも重く受けたくないとされる罰を受けてもらうのはどうでしょうか?」
「もっとも受けたくない……罰?」
「ええ、死刑以外に受けたくない罰が彼らにはあります、それでどうでしょう?」
「内容は……今の俺は知らない方がいいよな」
「はい」
リアンの言葉に納得し、それで自分に折り合いをつけた。
「じゃあ、それで頼む」
「分かりました、父上にお伝えしてきま――」
立ち上がるリアンの服の袖を俺は掴んでしまった。
「――」
――いかないで――
自分が家族の事情とは言え、置いていったくせに、いかないでなんて、都合が良すぎる。
「……分かりました、父上に来ていただきましょう」
それなのに、リアンは俺の心の中で思っている事を読み取っているかのように、俺の手を握ってベッドに腰を掛けた。
「……リアン、俺」
「ニュクス、貴方の心を病ませる毒が取れる日が一日も早く来ることを私は祈ります」
そういって、頬を触ってきた。
「貴方の為に、できることはなんでもしたいのです」
「……ありがとう」
「いいえ。再会することがあれば、もう離さないと、傍にいると、私は自分に誓いましたから」
「……」
嘘を言ってない事が分かる。
いや、リアンは俺に不必要な嘘は絶対つかない。
もし、嘘をつくなら。
俺の事を守るため。
「リアン」
「父上」
王様が姿を見せた。
「へスペリア様のお言葉はこうだ『祝福の子の望む様に』と」
「ならば、彼らが死刑以外で最も受けたくない罰を受けてもらいましょう。最も悲惨な罰を、自分達が受けるだなんて思いもしなかった罰を」
「祝福の子ニュクスよ、其方はそれで良いのか」
「……」
「父上、今はニュクスに聞かないでください、ニュクスはとても傷ついています」
そう、今みたいな。
「そうか、わかった。ではそのようにしよう」
王様が姿を消した。
俺は息を吐きだす。
リアンがいないと、喋れないどころか、リアン以外と喋れなくなりつつあるのが分かった。
俺の病は進行しようとしている。
それが苦しい。
「ニュクス」
リアンが俺の事を呼び、俺を抱きしめ頬に口づけをした。
「貴方の病は良くなります、私が傍にいます。だから貴方もどうか自分を、私を、信じてください」
「リアン……」
幼い頃、どうして自分がと泣き喚いたことがある。
母さんたちの前ではない、リアンの前でだ。
リアンは泣きじゃくる俺を抱きしめて、いつも言った。
『ニュクス、君は何一つ悪くない。悪いのは君を殺そうとする連中だ』
『私は、君の味方ですよ』
『遠く離れても、君の味方です』
『だから我慢せず』
『泣いていいんですよ』
リアンの言葉に救われた。
ぽろりと、涙が零れ落ちた。
「え、あ」
ぼろぼろと涙が零れ落ちて止まらない、涙が止まってくれなくて苦しかった。
「ごめ、なさ」
「ニュクス」
リアンは俺を抱きしめたまま、背中をさする。
幼い頃してくれたように。
「泣いて、いいんです。貴方には泣く権利があるんです、だから我慢をしないでください」
「あ」
「うああああああああああ!!!!」
泣いた。
泣いて泣いて泣き続けた。
リアンと合えなくなったあの日から十五年分、俺は泣いて泣き続けた。
泣きたくても泣けなかった分、俺は泣いた。
「……」
泣き疲れて眠ってしまった最愛の人を見ながら私は思う。
罰の内容は知らない方がいいと言ったのは事実だ。
連中が考えた死刑の方がはるかにマシな罰は、あまりにも残酷すぎるのだ。
連中は、それを平然と何も罪もない存在にすら行う悪逆の存在。
だから、知らないままでいて欲しかった。
だからニュクスがそう言ってくれて私は安心した。
ニュクスと会えなくなったあの日、追跡の術でも使うべきだった。
そうすればもっと早く偶然を装ってニュクスとニュクスの家族を助けれたかもしれないのだ。
特にニュクスの心を。
ニュクスはもう二度と会えないと思ったから、私との記憶に鍵をかけてしまった。
もう泣いてもいいと言ってくれる相手はいない。
甘えていい相手はいないと鍵をかけた。
それでも、渡したあの婚約の宝石だけは捨てなかった。
箱に隠し、出すことはないがずっと大切にしていた。
それを心のよりどころとして。
だから、これからはニュクスのよりどころに私はなろうと思っている。
傷つき、苦しんだニュクスを愛しているから。
いつか、花の様な笑顔を見せて欲しいから。
産まれてきてよかったと言って欲しいから。
神へスペリアの祝福の子という意味ではなく、ただ一人ニュクスと言う存在として生まれてきてよかったと思ってほしいのだ。
私の最愛のニュクスに――