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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「風」の空気 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふむふむ、「タコとエビのアヒージョ風」「中華風親子丼」「ツナとたまねぎの和風パスタ」……なんか、今日はいやに「○○風」のメニューが多いこと、多いこと。

 俺としては「○○風」とか「○○的」って表現。やむを得ない場合をのぞき、避けたいなあと思っている。なんか、相手をごまかしている感がしてさ。

「本来は用意できないものを、頑張って工面しました!」ってアピールしたいんだろうけど、いさぎよさという点じゃ、はっきりした物言いに劣っちゃうかなあ……と。


 もともと「○○風」の「風」には、全体の雰囲気という意味合いもあるらしい。それらしい空気をまとっていれば、この言葉を使うことができるのだとか。

 だがそれは、あくまで近しいものであって、そのものじゃない。その区別がつけられない、つけきれていないと、少し厄介な目に遭うかもしれない。

 それに関する、奇妙な昔話を最近聞いてな。よかったら、お前も耳に入れておかないか。



 むかしむかし。とある地域に、拍子木を鳴らしながら町を練り歩く夜警の一団がいる。

 その多くが火の用心を目的にしていたが、その地域に関しては、別の意図も存在していた。それは拍子木を通じ、空気を何度も震わせることで、循環させることにあったという。

 夜警が用いる拍子木は、「うろの木」から調達されていた。特定の樹種を指す言葉ではなく、幹に大きなうろが空いている木を選んで、そこから材料を伐り出していたのだとか。

 木のうろは、大きければ大きいほどいい。当代で用いられていたものは、大人の半身がすっぽり入ってしまうほどで、打ち鳴らされる音も、ひときわ高く、また耳に余韻が残る響きだったそうだ。

 この拍子木を用いる慣習は、実に1000年近く続いていたが、過去に何度か取りやめたことがあった。しかしそのいずれもで、時をおくと奇怪な現象が起き、再開せざるを得なくなってしまったとか。

 今回、俺が話すのもその事件のひとつだ。



 その年は疫病がはやったこともあり、多くの人が感染を恐れて、外出を自粛しがちだったという。

 拍子木を打ち鳴らすのをやめて、10日ほどが経った頃。

 まず、領内の人々で耳鳴りを訴える者の数が急増した。キーンと、笛を鳴らし損ねたように、不快な高い音が長く響き、やがてぴたりと止まる。日に一度きりのこともあれば、断続的に聞こえることもあったという。

 誰しも経験をしたことがある現象。はじめのうちは、気に留めない者がほとんどだった。が、やがて耳鳴りは、誰もが同じ時間で一斉に聞いていることを知ることになった。

 

 ――何かの鳴き声なのではないか?

 

 そう感じ始めるころ、次の異常が皆を襲うことになる。


 髪をはじめとする、体のあちらこちらに生えた毛が、みるみる抜け始めたんだ。

 どこに触れるまでもなく、根から弱くなっていくかのように、勝手に抜け落ちていく毛たち。武家などにとっては、誇りのひとつたる、ひげまですっかり奪われる始末で、恥かく思いをするのも珍しくなかった。

 そして、それらの毛が抜けてより数日。毛穴から新しく姿を見せるのは、元の黒い毛とは、似ても似つかない銀色の毛だったとか。

 しかも、硬い。毛が生える個所には鋭い痛みを伴い、中には毛穴周りの肌をえぐり、貫いて血を流させることもあった。そして生えた毛は、切り落とそうとした刀の刃がまくれさせたり、こぼれさせたりするほどの、頑丈さをそなえていたとか。

 横になると、下に敷いた布団を刺し抜き、床に刺さるというありさまで、生えてしまった者は細心の注意を払うも、まだ事態は完全におさまってはいなかった。



 その地域で昼夜を問わず、木々や家々の屋根の上を飛び回る、銀色のサルらしきものの姿が見られるようになったんだ。

 軽やかかつ敏速に飛び回るその格好は、目で追うのがやっと。そして飛んでいる最中、あの不快感をかもす、耳鳴りにそっくりな音を周囲に響かせていくんだ。もはやあの銀のサルが音の出どころだと、思わない者はいなかった。

 しかし、いかなる網罠も、かのサルを捕まえることはできない。どうやらあのサルの体毛もまた、生え変わってしまった連中と同じような剛毛だ。網に突っ込むや、体全体でそれを破り、逃げ去ってしまう。


 さらに悪いことに、銀の毛が生え始めた者の声が、ときおり件のサルを思わせる「キーン」という響きが混ざるんだ。

 ふとした拍子に、自らの言語を忘れてしまうかのような一声。そのたび当人ははっと手を押さえて青ざめるんだが、意識して止められるようなものではなかった。時間を追うごとに、普段の会話すら怪しくなっていき、誰もがあの銀色のサルの仲間になってしまう未来を、感じつつあったんだ。



 何としても、そのような事態を防がなくてはいけない。

 速やかな対策を願う人々によって、急きょ拍子木が持ち出され、夜警に用いられる運びとなった。保管されていた一対を取り出し、すぐさま打ち鳴らしながら地域を練り歩いたんだ。

 確かに、事態は解決へ向かったが、その多くは件の被害者たちの命と引き換えになった。

 拍子木を耳にしたとたん、彼らはあの耳鳴りに似た声を、何度も何度も発しながら、その場でもだえ苦しんだんだ。

 銀色の毛は抜け始めたものの、その際にこれまで切れていなかったところえぐってしまったようで、彼らの身体が横たわる場所は、ことごとくが血の海と化した。

 血の失いすぎで意識を手放す者。痛みに耐えかねて自害を選ぶ者。気を保って生き残れたのはほんの一握り。それも体中の毛を失い、血の気の失せた白い肌をさらしながら、何日も寝たきりの生活を強いられた上でのことだったらしい。

 

 拍子木がその揺れで、正常な空気を取り戻す。

 俺が考えるに、あの銀色のサルは拍子木がなくなるや、自分の仲間を増やす気を、しだいしだいに空気へ混ぜていったのだろうな。いわば「地球風」の空気にして、少しずつ。

 時間をかけて変質したものが、一気に拍子木という劇薬を食らったんだ。きっと体が耐えられなかったんだろう。


 

 


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