〈07#モーニングスター使いの勇者〉
「――〝神器顕現〟」
唱えると、金色の光と共に黒い紋様を持つナイフが現れる。
俺はその切っ先を少女へと向け、
「退け。でなければ力づくで押し通る」
脅すように睨み付ける。
ナイフの刃を見た少女は一瞬だけ肩を震わせて怯むが、すぐに深呼吸して息を整える。
「……いいでしょう、仕方ありません。同じ【神器使い】として、このリリー・アルスターラントがお相手致します」
意を決した様子で言うと――彼女も、右手を前へと伸ばす。
「母なる神々よ、私に力をお与えください。信仰は我が救い、信仰は我が支え。我が手と指に、試練に挑む不屈の勇気を与え給え。――――〝神器顕現〟!」
刹那――彼女に右手が、金色に光り輝く。
眩い閃光は瞬く間に形を変え、その姿を〝武器〟へと変えていく。
その武器は俺のナイフよりも一回り以上大きく、柄に鎖が繋がれ、さらにその先には棘の付いた鉄球が備わっている。
――〝モーニングスター〟。
彼女の手に握られたその武器は、一般的にそう呼ばれる物だ。
やはり、俺のナイフと同じく黒い紋様が描かれている。
そこらにある普通の得物と違うということは、誰でも一目で理解できるだろう。
「さあ――かかってきなさい! 【モーニングスター使いの勇者】として、あなたを正しき道へ導いてあげます!」
リリーと名乗った少女はモーニングスターを構えると、キッと俺を見据える。
……なるほど、本当に俺と一戦交えるつもりらしい。その覚悟はあると見た。
だが――所詮は蛮勇だな。
武器を持った際の構えが、明らかに素人のそれ。身体の重心が高く、固定されていない。注視すれば手や足が僅かに震えているのもわかる。
おそらく荒事に慣れていないのだろう。下手をすれば、他人に武器を向けたことすらないのではないか。
やはり、ハッタリか。同じ力を持つ者が立ちはだかれば、無茶な抵抗はしないだろうという。
残念だが俺には通用しない。ハッタリでは済まない場面を、もう幾度も経験しているからな。相手が腕の立つ武芸者かどうかくらいは、体格や立ち振る舞いを見ればすぐわかる。
――怪我をさせるまでもない。少し脅かしてやれば、自ずと逃げる隙を作ってくれるだろう。
「……そうか、なら――いくぞ!」
ナイフを逆手に構え直して――――俺は、自らの身体を豪速の弓矢と化す。
かつて〝狂犬〟とまで呼ばれた獰猛さを剥き出しにして、リリーへと向かって飛び込む。
「……っ!」
そんな俺を見たリリーに、明らかな動揺と恐怖が滲む。
やはり慣れていない。迎撃の構えはおろか、こちらの攻撃を受ける姿勢すら取れていない。完全な戦いの素人だ。
一瞬だ。一瞬でも目を瞑って、屈んでくれればいい。そうすれば、勝手に逃げるから。
そう思って、わざとらしくナイフを振りかぶる。
通常なら絶対にやらない、見せかけだけの大振りな攻撃。
避けて下さいと言わんばかりの一撃。
それでも、この少女に恐怖を植え付けるには十分だろう。
そう――思っていた。
「――た、たああッ!」
しかし、俺の予想は大きく外れる。
驚くべきことに、彼女は屈むどころか武器を振りかぶって、こちらに向かって突進してきたのだ。
「なっ――!? この……!」
バカか――お前!? そんな捨て身の攻撃なんて、無謀を通り越して自殺行為でしかないぞ!
俺は予想外すぎるリリーの行動に反射して、即座に身体の動きを止める。このまま腕を振り抜いたら、間違いなく彼女を傷つけてしまうからだ。
それは、あまりにも隙だらけの攻撃。
右側に振りかぶったモーニングスターは攻撃の軌道が丸わかりで、オマケに攻撃をするのも受けるのも怖いのか、両目まで固く瞑ってしまっている。かといって、こちらのナイフにモーニングスターをぶつけようという意志すら感じない。彼女の一挙一動は、文字通り攻撃に当たりに来ているだけだ。
俺が初めてナイフで人を殺した時だって、ここまで愚かな真似はしなかったぞ。
攻撃を止めた俺は、すぐに回避の態勢へ入ろうとするが――
「きゅーん!」
「うごっ!?」
彼女の肩に乗っていた小動物が跳躍し、俺の顔面に張り付いてくる。
モフモフの塊にべったりとしがみつかれ、視界を消されてしまう。
そして――
「てやあッ!」
モーニングスターの鈍重な、されど必殺の一撃が、俺の脇腹に直撃した。
「ッ――!!!」
大質量の鉄塊で殴られた俺は容易く吹っ飛び、同時に謎の小動物が俺の顔面から離脱。
殴り飛ばされた俺は、そのまま広場に積まれてあった木箱に突っ込み――そこで、意識が途絶えた。
おまけ設定解説
【モーニングスター】の神器性能
登録No.77:モーニングスター
防御型/ランク〈B〉
種類:鈍器
全長:80cm
重量:2.5kg
神 格:B+ ■■■■■■
攻撃力:B+ ■■■■■■
攻撃範囲:C+ ■■■■
攻撃速度:D ■
生存率:A ■■■■■■■
リリーの〈加護〉:『幸運の祝福』
常時発動型。かなり高い水準で幸運が保たれる。また、この幸運には精神力・正気度の高さも含まれる。
リリーの〈神技〉:『聖なる重鉄球』
鉄球が巨大化し、広範囲を叩き潰す。鎖の長さも自在に伸縮する。
モーニングスターは、球状の穀物を持ったフレイルの総称である。
球形の穀物には幾つもの刺が放射状に突き出ており、星球型となっている。
この利点は打撃力を一点に集中でき、且つ素早く振り下ろされ、 棒状のフレイルより小型で敵が防ぎきれない点にある。
聖職者が愛用することが多かったとされるが、それは攻撃による流血が少ないため。
引用元『武器図書館』様