〈05#聖女リリー〉
――聖歴1547年/第2の月・上旬
―――時刻・昼
――――レギウス王国/辺境の街アルニト/近衛兵の兵舎
――――――修道女『???』
「きゅん! きゅん!」
フサフサな金色の毛並みで、耳と尻尾の先端だけが青い〝カーくん〟が可愛らしく鳴き声を上げた。
カーくんは『カーバンクル』という大変珍しい神獣種の生き物で、体長がおよそ17インチほどの小動物。毛並み以外にも、頭部に水色の水晶が付いているのが特徴。
彼らカーバンクルは、神に選ばれた者である【勇者】の居場所を探知できるほか様々な能力を有しており、その存在は長らく神聖視されてきた。
「……そうですか。新たに見つかった【勇者】は、逃げてしまわれたのですね」
カーくん曰く、どうやらアルニトの近衛兵さんたちは【勇者】を取り逃がしてしまったらしい。
でも、彼らを責めるわけにはいかない。一般人が【勇者】を捕まえようとする方が、そもそも無謀なのだから。
『ラオグラフィア』もそれを重々理解しているからこそ、私を派遣したのですものね。
とはいえ、本部で最低限の訓練しか受けていないのに〝【勇者】が現れた可能性のある地区へ行ってくれないか〟と言われた時は、流石にどうしようかと思いましたけれど。
そう思いながら椅子に腰掛けていると、兵舎の入り口から1人の少女が飛び込んでくる。
「り、リリー様! 申し上げるっス! 追跡隊は【勇者】を見失ったみたいっス! なんでも民家の屋根まで飛び上がって、そのまま家々の屋根を飛び移っていったとか……!」
慌てて姿を現したのは、頭に大きなベレー帽を被り、やや半開きな目に大きな丸メガネ、そして肩から下げた大きな鞄が特徴の少女チャット・サンプソン。
『ラオグラフィア』に所属する『記録官』の1人で、右腕に括られた黄色の腕章がその証だ。
「まあ、まるで風のような人なのですね。それで、【神器】の種類は判明しました?」
「いえ、詳しくは……。【神器】の性能も加護も不明っスけど、【勇者】の動き方からして型はおそらく〝速度型〟で間違いないっスよ! ナイフっぽい武器を使ってたって、衛兵の皆も言ってましたし!」
興奮冷めやらぬ、といった感じで口早に話すチャット。
彼女はまだ15歳で私と2つしか違わないけど、目を輝かせて喋る様子はもっと子供っぽく見える。ちょっぴり微笑ましいな、なんて思ったり。
「ふふ、あなたの知識は頼りにしていますよ、チャット。ところで、お怪我をされた方はいらっしゃいませんか?」
「そ、それが、衛兵が3名ほどやられていて……命に別状はないみたいなんスけど……」
その報告を聞いて、私はきゅっと口を結ぶ。
世界の希望である【勇者】が、守るべき人々を傷つけるなんてあってはならない。
もっとも、追いかけられている彼の方からすれば正当防衛になるのかもしれないけれど。
それに――衛兵さんたちを殺そうと思えば、容易く殺せたはず。
けれど傷付いた者たちの命に別状はないという。きっと……彼は優しい人なんだ。
「……わかりました、すぐに怪我人の手当てを。それと――私が出ます。【勇者】はまだ街の中にいるはずですから、チャットは衛兵の皆さんに街の出入り口を全て見張る指示を。誰も通してはなりません」
そう言って、私は椅子から立ち上がる。
同時に、カーくんが私の肩の上に乗ってくる。
「リリー様が……!? で、でも……!」
「あら、修道女が現場に出向いてはダメですか? これでも、私も【勇者】の――――いえ、このリリー・アルスターラントも【神器使い】の一員なのですよ?」
自分で自分を【勇者】と呼ぶのは、こそばゆい気がしますね。
やっぱり、個人的にはこちらの呼び名の方がしっくりきます。
「きゅーん……」
肩の上で、カーくんが不安そうに見つめてくる。
そんなカーくんの身体を撫でてあげると、
「大丈夫ですよ、カーくん。たしかに荒事はまだ苦手ですが……それでも、必ず彼を説得してみせます。ですから、どうか彼のところまで導いてくださいね。全ては――母なる神々のお導きのままに」
おまけ設定解説
【神器使い】
【神器】を授かった者達は、一般に【神器使い】と呼ばれる。
しかし【終末の魔王】率いる魔王軍と唯一互角以上に戦える彼らを、市民や兵士たちは羨望を込めて【勇者】とも呼ぶ。
【神器使い】は世界を救うために【終末の魔王】と戦う宿命を背負うが、その見返りとして『国家連合』から地位と名誉、そして一族全体が裕福な暮らしを約束される。
神が【神器使い】を選ぶ基準は人間には到底理解出来ないとされるが、純粋に"その道の達人"が選ばれることも多い。そのため、純粋な戦力となりやすい。
だが中には素行の悪い者もおり、昔から【神器使い】同士でのいざこざが絶えない。