〈48#聖剣使いの勇者〉
再び、この騒ぎに割って入る声があった。
初めて聞く、若い男の声。透き通るように優しく、落ち着いていて、包容の中に威厳を感じさせる独特な声音。
俺たちは一様に、そんな声の持ち主へと視線を向ける。
「ダメだよ、喧嘩は。それに【神器】は人を傷つけるための物じゃない。刃を納めるんだ」
そこに立っていたのは、金髪隻眼の優男。およそ5.8フィートの背丈に白銀鉄製の全身鎧を身にまとい、肩から背中にかけて蒼色のマントを羽織っている。その出で立ちは聖騎士――というより〝英雄〟という言葉を容易に連想させ、おそらく一般人が考える【勇者】とはこういった人物を指し表すのだろう。
だがそんな【勇者】らしい姿の中で異彩を放っているのが、右目を覆い隠す大きな眼帯だ。その一点だけが、彼を十全十美たらしめていない。
身に着けている装備や小綺麗な格好からも、凡百の兵士とは明らかに異なる立場にいる人物だと思われるが…………コイツからもハッキリと匂う。俺たちと同じ匂い(・・・・)が。
「なんだぁ……テメェも邪魔すんのか?」
「そうだね、悪いけど邪魔させてもらう。【神器使い】同士の争いとなれば、口を挟まずにいられないから。特に、女の子が暴力を振るわれるのは見過ごせないよ」
「上等だ! ならテメェからぶっ殺して――ッ!」
ヒューゴが神器を構え直そうとして、身体を捻った――その瞬間だった。
神器を握るヒューゴの右手が、隻眼の優男に抑えられた。
いつの間に動いたのか、いつの間に間合いを詰めたのか、この場にいた全員が気付くよりも早く、彼はヒューゴの動きを止めて見せた。
傍から見ていた俺でも、僅かな動作すら目視できなかった。そして筋肉の塊のようなヒューゴの腕を、まるで猫を撫でるかのように柔らかく押さえ付けている。対するヒューゴはピクリとも腕を動かすことができない。恐るべき――速さと力だ。
「な――ん――」
「何度でも言おう、止め給え。聞き分けの悪い人は嫌いだよ?」
その言葉を聞いた直後、全身からブワっと冷や汗が噴き出る。ヒューゴだけではない、俺も、リリーも、チャットも、俺たち全員が恐怖で固まる。それは途方もない威圧だった。あまりにも明らかに、ハッキリと、彼はこの場にいる【神器使い】全員より桁外れに強い。
――昔、暗殺者ギルドの同僚からこんな話を聞いたことがある。〝この地より遠く離れた草原地帯に、ライオンという生き物がいる。ライオンは百獣の王と呼ばれるほど強い捕食者で、もし人間などが睨まれれば、たちまち恐怖で動けなくなってしまう〟。
この隻眼の優男は、まさにその〝ライオン〟だ。彼が強者で、俺たちが弱者。逆らえない――逆らってはならない。本能がそう叫んでくるのだ。
「う……うぅ……! わ、わかった、わかったよ! 喧嘩を止めりゃいいんだろ!」
「うん、わかってくれればいいんだ」
隻眼の優男はニコっと笑い、ヒューゴから手を放す。すると空間を支配していた威圧も消え失せ、俺たちは身動きが取れるようになった。
すぐにヒューゴは神器を消し去ると、
「ち、チクショウが、今日はこれくらいにしといてやらぁ!」
逃げるように俺たちに背を向け、この場を立ち去ろうとする。だが少し歩いて立ち止まると、
「暗殺者野郎、俺はテメエを認めねぇぞ! 犯罪者がいけしゃあしゃあと【勇者】を名乗るなんざ、俺は認めねぇ! 【神器使い】になったからって、犯した罪を赦されるなんて思うなよッ!」
俺を指差して捨て台詞を怒鳴り、去っていった。
――ヒューゴの姿が見えなくなったのを確認すると、
「やあ、散々な目にあったね。怪我はないかい?」
隻眼の優男がにこやかな笑顔を浮かべ、俺たちに歩み寄ってくる。
「あ、はい……その、ありがとうございます、助けて頂いて……」
「助けただなんて、そんな。僕は同じ【神器使い】として、仲間割れを見たくなかっただけさ。それにしてもカーバンクルを連れているとは、珍しい修道女さんだ」
「きゅ~ん♪」
リリーは恐る恐る感謝を述べ、金色のモフモフは甘えるような声で鳴く。少なくともあの小動物は隻眼の優男を気に入ったようだが――俺は今だ、この男に対する警戒心を解けないでいた。
「……アンタ、何者だ。確かに俺たちと同じ匂いがするが、全然違う。とても同じ【神器使い】とは思えん」
「驚かせてしまったかな、申し訳ない。だけど、間違いなく僕も【神器】に選ばれた者だよ。――そうだね、自己紹介しておこうか。僕の名前はブレン・ウェインライト。【聖剣使いの勇者】をしている者だ。以後よしなに」
まるで新しい友人に挨拶するかの如く、気さくに名乗る隻眼の優男。
だがその紹介を聞いた途端、リリーとチャットが絶句する。
「〝聖剣〟――!? で、ではあなた様が――っ!」
「こ、ここここれは、失礼しましたっス! た、助けて頂いて、ほほほ本当にああありあり――っ!」
「ああ、そんなに畏まらないでくれ。僕と君たちとはあくまで対等、〝聖剣〟を持っているからといって特別なことはなにもないよ」
どうやら、2人ともブレンのことを知っているらしい。正確には【聖剣使いの勇者】を知っている、というような感じだが……
「? なんだ、2人とも知ってるのか?」
「当たり前っスよ! 〝聖剣〟といえば、108個ある【神器】の中でたった5つしか存在しないランク〈S〉の中の1本! その中でも最強と謳われ、過去3度の〈終末戦争〉において〝終末の魔王〟を直接打ち倒し、全ての戦いを勝利に導いてきた伝説の中の伝説! 【聖剣使いの勇者】は、他の【勇者】とは別格の強さなんスよ! あ、ああもうサイン! サインくださいっス!」
どこからともなく色紙を取り出し、ブレンにサインをせがむチャット。
……なるほど、【神器】の中で最強の力を持つ者――別格の強さ――か。さっきの威圧感を身に受けた後では、信じざるを得ないな。
サインを求められたブレンは困った様子で、後ろ頭をポリポリと掻く。
「いやあ、そういうのはちょっと……あまり慣れてないんだ。すまないね」
「あう……そうっスか……」
しゅん、と肩を落とすチャット。どうやら本気で残念だったらしい。
ブレンは俺たちを一望し直すと、
「……もしかして、君たちも魔族退治の要請が出たのかな?」
「! ということは、ブレン様もでしょうか……?」
「うん、最近は魔族の動きも活発化してきているからね。世界中、あちこち行ったり来たりで大忙しさ。君たちはどこへ向かうんだい?」
「ウチらはガリファロって街に向かいまス。街が魔族に攻め込まれてるらしくって……」
「ガリファロか……あそこも苦しい状況だと聞くね。ぜひ街の人々を助けてあげてほしい。お互い、ベストを尽くそう。では――どこかでまた会おう」
ブレンはそう言い残し、軽やかに身を翻すとこの場を去っていった。
「はあぁ……アレが【聖剣使いの勇者】様……カッコよすぎるっス……///」
「ええ、ですが凄い気迫でした……本当に身動きひとつ取れなくなるくらいに……」
恍惚とするチャットと、ホッと胸を撫で下ろすリリー。
確かに、あんな威圧感は感じたことがない。彼は【神器】抜く素振りどころか、気迫だけで場を収めて見せた。もし彼が【神器】を抜けば、一体どうなってしまうのか……もう想像もできない。アレがランク〈S〉の【神器】の力なのか、それとも神器に選ばれたブレン本人の成せる技なのか――
様々な考えが頭をよぎるが――――リリーやチャットと異なり、俺の頭の中はすぐに別のことに囚われて始める。
ブレンとの出会いが衝撃的だったのは間違いないが……俺にとっては、ヒューゴが最後に言い残した言葉がどうしても耳から離れなかったからだ。
「〝犯した罪を赦されるなんて思うなよ〟――か……」
「ラクーン、どうしましか?」
リリーが声をかけてくれる。
おっと、いけない。また彼女に心配されてしまったか。
「いや、なんでもない。それより早く仕事の話を聞きに行こう」
俺は意識的にヒューゴのことを考えないようにし、リリーたちと共にその場を移動しようとしたが、
「あの……ところで、この壊れた壁……どうするんスか……?」
「「あっ」」
おまけ設定解説
〈七大勇者〉
第1次~第3次全ての〈終末戦争〉において〝終末の魔王〟を撃退し、戦争を終結へと導いてきた7つの【神器】と、それを持つ【神器使い】の呼称。
〈第1次終末戦争〉で7名の【神器使い】が〝終末の魔王〟を倒して以降、その時に活躍した7つの【神器】を持つ者たちがパーティを組んで〝終末の魔王〟へ挑むことが半ば慣例となっている。これには『国家連合』や『フォルミナ聖教会』の思惑も絡んでいるが、どの時代の〈終末戦争〉においてもその呼び名に違わぬ戦果と活躍を残している。
そのため108名の【神器使い】の中でも【七大勇者】は別格の扱いを受けており、【神器使い】の中でも最強と謳われている。
その反面で激戦の末に命を落とす場合も多く、第1次~第3次〈終末戦争〉で【七大勇者】全員が生き残ったことは1度もない。
少なくとも、〈第1次終末戦争〉では【七大勇者】は全滅したと伝えられ、彼らの死闘はあらゆる【神器使い】の逸話の中で最も有名な伝説となっている。




