〈47#処刑人ヒューゴ〉
――聖歴1547年/第2の月・下旬
―――時刻・夕
――――レギウス王国/レギーナ城/ラオグラフィア本部内
――――――ダークナイフ使いの勇者『ラクーン』
〝魔族が出た、討伐せよ〟。それが、チャットが俺に伝えた簡潔な情報と指令だった。
聞くところによると、2日前の夜に『レギウス王国』領内の北東に位置するガリファロという街が魔族の襲撃を受けたそうだ。今度は街の中ではなく外から攻めてきたらしく、ガリファロから少し離れた村々と連絡が途絶えていることから、区画一帯を順に攻め落としている可能性が高いという。
ガリファロには王国軍が駐屯していたため、現状では街の防衛に成功しているそうだが……あと2度も夜を迎えれば、陥落は必至。そういう戦況らしい。
そこで、王都に駐留している【神器使い】に街の防衛、及び魔族の撃退と殲滅という指令が下った。そこまでが〝通唱石〟越しにチャットから受けた説明だ。
――で、俺は今レギーナ城・ラオグラフィア本部の中で、チャットと共にリリーの到着を待っている。俺は壁に寄りかかりながら、
「それで、ガリファロへは俺とリリーだけで行くのか?」
「勿論、ウチも行きまスよ。【神器使い】の記録は大事なお仕事でスからね!」
フフン、と胸を張るチャット。……確かに彼女の知識は頼りになるのだが、同時に不安を覚えてしまうのは何故だろう。
「でも今回は、おにーさんとリリー様以外の【神器使い】も行くみたいでスね。『レギウス王国』の領内は、今のところ各地に展開している【神器使い】で魔族を抑えられてまスし。え~と、一緒に行くのはクリード・ハーシーズ様。【バスタードソード使いの勇者】のクリード様っス」
「ああ……アイツか」
手元にあった資料を見ながら名前を読み上げるチャット。その名を聞いて、俺の不安は途端に2割増しになった。……あの『監督官』がなにを考えてるか知らんが、せめてサツキが良かったな、贅沢を言うようだが。
とはいえ、クリードも【神器使い】であることに間違いはない。戦力にはなるだろうし、俺とリリーの邪魔にならなければそれでいいか……
そう思っていると、チャットが資料の中で目を泳がせた。
「それから、もうお1人来てくれるみたいでスよ。お名前は……ヒューゴ様。〝ヒューゴ・シュロッテンバッハー〟様でスって」
――――その名を聞いた俺は、反射的にチャットの顔を見る。
「……待て、今なんと言った?」
「? 〝ヒューゴ・シュロッテンバッハー〟様、で読み方は合ってると思いまスよ。なになに、このお方の【神器】は――」
「――――〝処刑刀〟。【処刑刀使いの勇者】って、書いてあんじゃねぇか?」
聞き覚えのない男の声が、チャットの言葉を繋げた。
俺は後ろを振り向く。そこには――異様な姿の男が立っていた。
身長はおよそ6フィート。身体は全身に渡って非常に鍛えられており、上腕筋などは俺の倍の太さがある。珍しい黒革の衣服をまとい、悪趣味な金の鋲が各所に打ち付けられた革の胴着は前面を開け放ち、隆々とした筋肉を惜しげもなく見せつけている。
だがそんな悪趣味な服装など、彼の〝頭〟見た瞬間には些細なモノになってしまうだろう。
何故なら――――その〝頭〟には、頭部を完全に覆い隠す〝紅い十字架装飾の大兜〟が被られているからだ。
そんな大兜を被った大男は、俺たちに近づいてくる。そして大兜から覗くギョロリとした2つの目で、俺を見下ろした。
「テメェは【ダークナイフ使いの勇者】だ、そうだろ?」
「……だったら、どうした」
「…………〝神器〟ぃ――」
大男が呟いた瞬間、俺の五感が強烈な殺意を感じ取る。次の瞬間――
「〝顕現〟ンンンンンンンンンン――――――ッッッ!!!」
大男の手に、金色の光が現れる。彼はそれを両手で握ると――俺目掛けて全力で振り被った。
「――ッ!」
瞬時に俺はチャットを抱え、その場から回避する。
その直後、俺がさっきまで寄りかかっていた壁が粉砕し、白い瓦礫と粉塵が辺りに飛び散った。
「……チッ、避けんじゃねぇよ、罪人風情が」
大男はこちらへ振り向き、恨めしそうに俺を睨む。
俺はチャットを下ろすと、
「怪我はないか、チャット」
「ふぇ? だ、大丈夫っス。ありがとうございまス……っていうか一体なにが――っ!?」
困惑、というより事態が呑み込めず混乱するチャット。無理もないだろう、自分が補佐すべき【神器使い】にいきなり斬りかかられれば、誰でもこうなる。
それにしても、奴は一体なにを考えているのか。十中八九狙いは俺だったのだろうが、あの斬撃がそのまま通ればチャットの被害も免れなかった。完全に無差別の攻撃だ。
「貴様、どういうつもりだ。城の中でいきなり斬りかかるなど……」
「そりゃあこっちの台詞だっつの。どうなってんだよ、この国は……極悪人が我が物顔で城の中を歩くなんざ、反吐が出る。この国の腑抜け共に代わって、この俺様が首を落としてやろうってんだ」
大男は忌々しそうに声に苛立ちを込め、壁を破壊した巨大な【神器】を床に突き立てる。
その【神器】は、一言で表せば〝大剣〟だった。直線に伸びる長い刀身と、大雑把に滑り止めが巻かれた柄。
6フィートはある大男と全長がほぼ同じで、黒い模様が描かれた刃は剣としては異常なまでに分厚く、身幅も重ねも盾と見紛うほど。さらに切っ先と呼べる部位がなく、刃の先端は丸く砥がれて突き刺せない形状になっている。
切れ味で対象を切断するのではなく、重量に任せて叩き斬る。戦場での刺突を想定せず、取り回しも考えず、ただ何人もの首を斬り落とすためだけに頑丈さを追求した断罪の剣。
――〝処刑刀〟。罪人にとって恐怖の象徴である、処刑人の得物だ。
「……俺の話をどこで聞いたか知らんが、愚かな真似は止すんだな。不敬罪では済まんぞ」
「そ、そうっスよ! 【神器使い】同士の私闘は、『ラオグラフィア』によって固く禁止されているっス!」
「知らねぇなぁ、俺は罪人をぶっ殺すだけよ。それに世の害悪たる暗殺者の首を刎ねて、どうして不敬になる? 〝盗人猛々しい〟たぁテメェのことだ」
神器を軽々と片手で持ち上げ、俺へと向ける大男。
……ダメだな、話が通じない。これは戦るしかなさそうだ。
俺は意を決し、神器を呼び出そうとするが――
「ラ、ラクーン……!? これは、一体何事ですか!?」
その声が、俺を押し留めた。そう――リリーの声だ。
「リリー……!? 待て、来てはダメだ!」
「あぁ……? 修道女風情が、なんか文句でもあんのか?」
「文句など、それ以前の問題です! か弱き人々を魔族から守る【神器使い】が、なぜ同胞に刃を向けるのですか!? 同じ【神器使い】として、見過ごせません!」
リリーはこちらに駆け寄ってくると、俺の前に立って両腕を広げる。俺を庇ってくれたのだ。
だが、これは不味い。この状況は良くない。
「修道女さんよぉ……アンタわかってんのか? ソイツは金欲しさに罪のない人間を大勢殺した、血に塗れた暗殺者なんだぜ? そんな悪人を〝同胞〟と呼ぶなんざ……罰当たりなんじゃねぇの?」
「いいえ、罰など当たりません! あなたにラクーンのなにがわかるんですか!? 彼は過去の行いを悔いて、もう二度と罪を犯さないと誓ってくれました! 知ったような口を利かないでください!」
「きゅーん!」
断固とした姿勢でヒューゴの前に立ちはだかるリリー、と金色のモフモフ。
こういう場面で、リリーは絶対に引かない。それが彼女の優しさであり、強さでもあるが――
「……あ~あ、面倒くせぇ。だから神父や修道女って奴らは大嫌えなんだ。口では綺麗事ばっか抜かして、自分に都合のいいことしか言いやがらねぇ。いざ処刑の時は祈るだけで、実際に手を汚す俺たちを蔑んだ目で見てきやがる。神々に祈って罪人が罰せられたら、苦労はねーんだよ」
やはり、奴の苛立ちの矛先がリリーに向かってしまった。こうなってしまっては、巻き添えは免れない。
「もういい、罪人を庇うならテメェも罪人だ。退かねぇならまとめて叩っ斬るぞ」
「退きません! ラクーンは私が守ります!」
事態はまさに一髪千鈞、ヒューゴの神器が振るわれる寸前。
そして緊張の糸が切れそうになった――その時だった。
「……おや、喧嘩かい? それはよくないな、止め給え」
おまけ設定解説
【処刑刀】の神器性能
攻撃型/ランク〈C〉
種類:大剣
全長:2m
重量:6kg
神 格:D+
攻撃力:A+
攻撃範囲: B
攻撃速度: D
生存率: D
ヒューゴの〈加護〉:『罪と罰|《クライム&パニッシュメント》』
任意発動型。敵対象の殺人数が多いほど筋力と体力が向上するが、知性と正気度が低下する。
ヒューゴの〈神技〉:『断首斬』
斬撃が全て敵対象の首を狙うようになる。これは斬撃による剣の振り方、距離を問わず、異空間へ転移した刀身が自動で狙う。直撃すれば必ず首が落ちる。
死刑執行人が斬首刑のために使用する剣。
史実においてその全長は一般的に片手剣(約80~90センチメートル)と同程度とされるが、ヒューゴの扱う物は2mを超える。
鍔はきわめて短く、大抵はまっすぐで、柄頭は洋ナシ状もしくは切子状をしている。
戦闘用の刀剣と異なり刀身に切っ先がないのは、突くための機能が不要であるため。
装飾が施されることが多く、刀身には道徳的な内容の銘文が刻まれることもあり、「この剣を振り上げし時、我は科人に永久の生を祈らん」と刻まれている処刑刀が現存しているとか。




