〈43#訓練終了〉
――聖歴1547年/第2の月・下旬
―――時刻・夕
――――レギウス王国/レギーナ城/ラオグラフィア・訓練場
――――――ダークナイフ使いの勇者『ラクーン』
王都を駆け回った模擬戦闘訓練は終わり、俺たちは最初に集まった訓練場に戻ってきていた。
時刻は夕に差し掛かり、燦々と輝いていた太陽が紅く染まる。そんな夕焼けに照らされる俺たちの姿は、お世辞にも立派とは言えない。リリーを除いた全員が煤汚れていたり痣を作っていたり焦げていたり、ボロボロとなっている。訓練だったはずなのに、皆実戦でも終えてきたのかと思わせる小汚さだ。
「うむ、良い模擬訓練だったな! 各々の実力が見れて、私は大変満足だ! ハッハッハ!」
『監督官』であるヴァレンタも煤汚れて髪を焦がし、豪快に笑い飛ばす。対する俺たちはもう笑う気も起きないのに、ここら辺が戦闘狂と呼ばれる所以なのだろう。俺には理解できない。早く帰ってリリーと飯でも食べたい。
「わかってもらえただろうが、お前たちの実力はまだまだだ。魔族は人間よりも強く、さらに高等魔族の中にはランク〈A〉の【神器使い】をも容易く屠る者すらいる。そんなヤツを相手に、お前たちは勝って生き残らねばならない。訓練の重要性がわかってもらえただろう。なあ、【バスタードソード使いの勇者】よ?」
ヴァレンタはクリードと視線を合わせ、そう尋ねる。クリードは「ケッ」とふてくされた様子で目を逸らすが、その反応は肯定という意味なのだろう。
「結局、私に一太刀入れて見せたのはラクーン――とリリーだけだったな。2人とも、ちょっと前へ出なさい」
チョイチョイと手招きするヴァレンタ。俺とリリーは一瞬顔を見合わせた後、数歩前へ出た。
「大したものだ、お前たちは。特にラクーンよ、お前の戦術は見事だったぞ」
「はあ、それはどうも」
「褒めてるのだ。もう少し嬉しそうにしろ。しかし……まさかランク〈A〉の【神器】を持つ私が、ランク〈D〉のお前にしてやられるとはな」
なんだ、俺の神器のランクまで知っていたのか。それであの程度しか手を抜かなかったとは、この女も大概書面に興味がないらしい。
そんなヴァレンタの発言を聞いたクリードら5人の【神器使い】たちが、ザワッとどよめく。
「ランク〈D〉だと……!? 完全な格下じゃねえか! 一体どんなイカサマ使いやがった!?」
「信じられんな……ランク〈B〉である私の神器が、手も足も出なかったのに……」
特にクリードとアイリスタの驚きは凄かったらしく、酷くショックを受けた様子である。
そんなに【神器】のランクが気になるだろうか? 適当なナイフ1本あれば人だって殺せるのに、ランクなどというよくわからない基準になんの意味があるのだろう。不思議だ。
ヴァレンタは言葉を続け、
「個の強さだけが絶対的な勝利を得られるとは限らない……。【神器】という神々の力を得ても決して自惚れず、そして己の知恵と機略を信じる。言葉にするのは簡単でも、それを体現し続けるのは簡単ではない。いやはや、私も修行し直すべきかもしれんな」
「そうか? アンタは十分強いと思うが」
「フフ、慰めとして受け取っておこう。……ところで、気を悪くせずに聞いてほしいのだが」
珍しくヴァレンタは前置きすると――
「……ラクーンよ、お前は〝暗殺者〟だな? それも1人2人では到底収まらない、幾重もの死体を積み上げてきた正真正銘の人殺し――そうだろう?」
――ほとんど確信を持った様子で、彼女は聞いてくる。同時に皆の俺を見る目が僅かに変わり、リリーも心配そうにこちらを見る。
俺は一瞬警戒するが――すぐに詰まった息を抜いた。どうせ遅かれ早かれ知られていただろうし、彼女に隠し事しても無意味だと悟ったからだ。
「……報告書にそう書いてあったのか? 俺が暗殺者だったらなんだ、教会裁判にでもかけようってのか」
「スマンスマン、勘違いしないでくれ。さっきも言ったろ? 今の時代には、お前みたいなのが必要だと。それに、報告書なんてそこまで詳しく読んでない」
おい、それでいいのか『監督官』。神器のランクまで知ってるんなら、せめて教え子の情報くらいまで把握して胸にしまっておいてほしいものだ。
ヴァレンタはまるで世間話でもするかのように緩い表情で、
「私はお前を区別するが、決して差別せん。お前が過去にどれほどの大罪を犯していようと、神々はお前を【勇者】として選んだ。ならば私などが口を出してはなるまい。だがな……1つだけ聞かせてくれ。仮に〈第4次終末戦争〉を生き残れたとして――お前は、暗殺者を続けるか?」
「続けるワケないだろう。第一俺は〝元暗殺者〟で、今は暗殺者ギルドから追放された身だ。もう人殺しで喰っていく道理はない」
「そうか、ならいいんだ。私は人を守り、人のために魔族を滅ぼすことを使命としているからな。返答次第では、戦後に殺さなきゃならんかと思ったのだ」
……冗談、だと思いたい。いや、彼女が言うと冗談に聞こえないから恐ろしいのだが。
どっちにしても改心しておいてよかった。ただでさえ暗殺者ギルドから追われる身なのに、この戦闘狂からも狙われるなど、考えるだけで背筋が凍る。
「……俺はもう、人を殺すのも血を見るのもウンザリだ。リリーが傍にいてくれる限り、誓って人殺しはしない」
「うむうむ、まあシスターがお前と共にいるというのは、お前が大丈夫なヤツだという証拠なんだろうな。変な詮索をして悪かったよ」
そう言われて、リリーの頬が少しだけ赤くなる。たしかに、リリーは他者の心がわかるらしい。俺は彼女についてきてここまで来たようなモノだから、リリーが大丈夫と言えば大丈夫、という理屈はわかる。
「さて――では、私からの話は以上だ。ラクーンとシスター・リリーは上がってよし。シスターは、今度個人的に時間を設けよう。流石にもう少し力を付けてほしいからな」
「は、はい! ありがとうございます!」
「よぉし、他の5人は夜まで特訓! 存分に扱いてやる! 安心しろ、代わりに晩飯はたらふく奢ってやるぞ!」
えぇ~……という悲痛な叫びがクリードたちから漏れる。
気の毒だとは思いながら、俺とリリーは訓練場を後にした。
◇ ◇ ◇
「やれやれ、ようやく帰れるな……」
「ふふ、お疲れ様でした。あのマスターに褒められるなんて、やっぱりラクーンは凄いです」
『レギーナ城』の城内を歩きながら、俺とリリーは帰路についていた。本当は訓練場から場外へは直接歩いて行けるのだが、リリーが〝少しチャットの顔を見ていきませんか?〟と言うので、わざわざ城の中へ戻ってきている。
「正直、複雑な気分ではある。あれでは俺が〝優秀な暗殺者〟と認められているようなモノだ」
「それはそうかもしれませんが……でもラクーンは、もう人殺しはしないって誓ってくれたじゃありませんか」
リリーは俺の隣を歩き、嬉しそうに笑顔を向けてくれる。
「ちょっと安心しちゃいました。ラクーンから、直接そういう言葉を聞けて……」
「当たり前だろう。俺はリリーが悲しむことはしない。ああ、だがもしリリーが殺してほしいヤツがいるなら話は別だが――」
「い、いませんそんな人! ホントにもう!」
笑っていたかと思いきや、今度はそっぽを向いてプンプン怒り出すリリー。こういう感情豊かな彼女の一面は、とても愛らしい。
しかし――そんな怒った表情も、すぐに消えてしまう。彼女は顔を背けたまま、
「……ラクーン、あなたは私の傍にいてくれるんですね……? ずっと隣にいてくれるんですよね……? 突然……私の前からいなくなったりしませんよね……?」
「? もう何度もそう言ってる。心配するな、俺はリリーと共に在る」
どこか陰のある言い回しだった気がするが、気のせいだろうか? まあ魔族との戦いは熾烈を極めるだろうから、不安になったのかもしれない。だが心配は無用だ、もし危険な状態になったら、最悪俺はリリーだけ連れて逃げるからな。
そんな俺の言葉を聞いたリリーは、
「そう……ですか。ありがとうございます、でしたら私もラクーンと共に歩みます。おかしなことを聞いてごめんなさい」
少し悲し気ではあるが、再び笑顔を見せてくれる。
……もしや、彼女は過去になにかあったのだろうか? 気にはなるが、下手に深掘りして彼女を傷つけたくない。今は聞くのは止そう。
しかし、もし過去に彼女を悲しませた某かがいたのなら、そいつは許せん。時が来たらリリーから人物を聞き出し、半殺しにして川に沈めよう。いや、それすら生温い。絶対に死なない拷問方法でも試してみるか。
「いや、気にするな。ところでリリー、抜歯と水攻めならどっちの拷問が見たい?」
「どちらも見たくありませんよ!? 一体なんのお話ですか!?」
鋭いツッコミだ。どうやら元気を取り戻してくれたらしい。結果オーライだな。
「まったく、もう……。それより、今日こそ私の宿舎で料理をご馳走しますよ。なにが食べた――」
「…………ああ~、お2人とも~訓練は終わられましたか~?」
リリーが言いかけた時、背後から声が聞こえた。
この語尾が伸びる独特な喋り声は――コリンだ。
「! ええ、コリンさん。ついさっき終わりまし――た――……?」
リリーと俺は何気なく振り向くが――すぐに言葉を失った。
俺たちの目に映ったモノーーそれは尋常ではないほどに負のオーラを噴出させる、悪魔のようなコリン・ポンティプールの姿だった。ちなみに頭の上には金色のモフモフを乗せている。
「コ……コリンさん……? どうされたんですか……?」
「いえ~ちょっとですね~お2人と『監督官』に文句の1つでも言わないと~腹の虫が収まらなくて気が狂いそうだったので~こうして探しにきてやったのですよ~……」
「き、ききききゅ~ん……」
相変わらず無表情のままどす黒いオーラをまとい、彼女は1歩1歩俺たちに歩み寄ってくる。金色のモフモフは頭の上でガチガチと恐怖に怯え、毛を逆立てている。たぶん力づくで連れてこられたんだろうな……
「なにやらですね~……昼間に市場の近くで~廃家が丸ごと吹っ飛ぶ事件があったらしくてですね~……どうやら付近で~【神器使い】が訓練していたらしくてですね~……周囲の家の窓ガラスが割れたりとか~お年寄りがショックで倒れたりとか~……そりゃもう目ん玉ひっくり返る数の〝苦情〟が~『ラオグラフィア』の『神器戦略人事局』に上げられてきてるのですよ~……その対応に追われて~ウチは下手すりゃ徹夜ですよ~……。エンペラーがなにを言いてぇのか~伝わりやがりますか~……?」
うむ、よく伝わるぞ。これは相当に怒ってる。怒髪天を衝くってレベルじゃない。魔族だって裸足で逃げ出すだろう。
俺とリリーは震え上がり、ガタガタと肩を寄せ合う。
「おかしなことに~〝お祭りみたいで良かった〟とか~〝いいぞもっとやれ〟みたいな声も~苦情と同じくらい大量にもらいましたが~付き合い切れないのでシカトしますね~。とりあえず~この場で正座してもらえますか~? エンペラーによるありがたいお説教を~始めますね~……」
「「は……はい……」」
俺たちは飼い主に叱られる子犬のように、廊下の真ん中で正座する。その後は、結局夜まで訓練をやるのと変わらないくらいまでエンペラーの説教を聞くことになった。
……どうやら、リリーの手料理を食べられるのはもう少し後になりそうだ。
おまけ設定解説
【パリィングダガー】の神器性能
攻撃型/ランク〈A〉
種類:刀剣
全長:35cm
重量:0.6kg
神 格:B+
攻撃力: D
攻撃範囲: D
攻撃速度: S
生存率: A
ヴァレンタの〈加護〉:『刃避けの鋭感』
常時発動型。半径2m以内の敵対象による攻撃を知覚・予測できるようになり、回避の成功率が大幅に上昇する。これは目視の有無を問わない。
ヴァレンタの〈神技〉:『致命の反撃』
攻撃を受け流し、敵対象に一撃必殺のカウンターを突き入れる。この攻撃は相手の鎧や魔術バフによる防御力を無視する。
敵の攻撃を受け流すことに特化した短剣。基本的に細剣と2本1組で使われ、西洋二刀流では代表的な護身剣の1つ。
刀身が3本に分かれて扇状に展開する仕掛けがあり、これで防御面積を飛躍的に広めることができる。
可動式の仕掛けを備えるために耐久性が低く壊れやすいとされるが、一流の使い手は攻撃を〝受ける〟のではなく〝受け流す〟ため、パリィングダガーが破損するリスクを抑えられたとされる。
攻撃力が皆無なパリィングダガーが攻撃型に分類されるのは、あらゆる武器の中でも特に対単騎戦能力に優れているため。




