〈42#暗殺者VS監督官②〉
飛び込む。ヴァレンタの胸目掛け。
斬撃、斬撃、斬撃――神器と神器、神器と細剣が斬り結ぶ。刃と刃が交わって火花が飛び、双剣同士の攻防が繰り広げられる。
だが、俺の攻撃はどれも華麗に受け流される。攻撃が通る気配はまるでない。
俺の【神器】は〈速度型〉だ。攻撃速度はさることながら、身体能力まで速さ重視で引き上げてくれる。それに自画自賛ではないが、俺本来の身のこなしだってうすのろではない。
傍から見れば、俺の攻撃は常人の目で追うのもやっとなのだろうが――それなのに、ヴァレンタには刃が届かない。まるで遊ばれているようだ。
「どうした!? 大方、お前の【神器】は〈速度型〉だろう! 動け動け! まるで止まっているようだぞ!」
「言ってくれるな……っ」
戦いながら指導とは、まったく余裕だな。やはり1対1では勝ち目はないか。
だが、まだ〝神技〟は使えない。〝縮地〟ならば不意を突けるだろうが、一度見せればすぐに対処される。ヴァレンタほどの戦士ならできるはずだ。だから無駄打ちはできない。
今はただ全力で、時間を稼ぐのみ!
攻めの手を緩めず、かと言って踏み込み過ぎない。大きな手に打って出れば、必ずカウンターを食らう。こちらは隙を見せず、相手にも反撃の隙を与えない小刻みな連撃をひたすらに繰り返す。
「……時間の無駄だな」
ヴァレンタが細剣を大きく振るい、俺を弾き飛ばす。俺は屋根の端まで追い詰められ、ヴァレンタが歩くような速さで少しづつ近づいてくる。
「いつまで茶番に付き合わせるつもりだ? その感じだとさしずめお前が猟犬で、シスターが狩人ってところか? なら、早く私を仕留めて見せろ。お前らならできるかもしれんぞ?」
……やはりバレていたか。想定内ではあったが、見抜くのが早い。俺自身も、相応に攻めていたつもりなのだが。
「猟犬か……俺はそんな高尚なモンじゃない。それに俺もリリーも、アンタを倒せるほど強くはない。買い被りだ」
「謙遜だな。それじゃあ負けを認めて降参するとでも? 私を失望させるなよ」
ふぅ、とヴァレンタはため息を吐き、構えを解いて俺を見据える。
「私にはわかるぞ。お前からは〝血の匂い〟がする。いくら研鑽を詰めど身に着けることのできない、幾多の死線を潜り抜けてきた強者の匂いがな。隠し通せると思わんことだ」
「……」
「お前は真っ当な戦士ではあるまい。だが身体に染み付いた血の匂いは、あらゆる辛苦艱難を乗り越えてきた証拠に他ならない。魔族が現れる今この時代、お前みたいなのが必要なんだ。だから、私はそれを評価しよう。だから、私はお前を区別し得るのだ」
ヴァレンタの口から出る言葉は、俺自身の肯定。彼女は、俺が元暗殺者であることに気付いているのかもしれない。あるいはリリーが知っていたように、『ラオグラフィア』の報告書でも読んだのか。
……確かに、評価されるのは悪い心地ではない。俺がこれまで積み上げてきた血塗れた技術を否定せず、無駄ではないと言ってくれるのだから。俺の過去を理解した上で、必要としてくれるのだから。
そう――確かに悪い気はしないが――
「……俺は戦士ではない。俺自身は、強者である必要性はないと思っている。俺の強さが〝血の匂い〟に裏打ちされているというのなら、尚更だ。それに〝勝利〟こそが戦いの目的であるならば、強さ=勝利とは限らない」
「詭弁だな。強くなければ戦に勝てない。矛盾しているだろう」
「……いいや、矛盾などしていない。個の強さなど、勝利という結果を得るための過程の1つに過ぎん。重んじるべきはただ結果のみ。そして結果の為に必要なのは、あらゆる状況を把握し、利用し、自らが勝利できる状態を整えることだ。その間の過程なぞ、どうだっていい」
「見解の相違だ。私には戯言にしか聞こえん」
「ああ、そうだ。アンタに理解してもらおうとは思わん。だが……戯言かどうかは、すぐにわかる」
――時間稼ぎは、終わりだ。俺が足元の下に気配を感じ取った時、
『ラ、ラクーン! お待たせしました、いつでもいけます!』
〝通唱石〟を介して、俺の頭の中にリリーの声が響き渡った。
『いいぞ! やれ、リリー!』
合図した――その刹那、屋根の中央が突如弾ける。それは間欠泉の噴出が如く、下から上へと岩盤を貫くように。
――リリーの神器だ。巨大化した鉄球が、廃家の中から飛び出したのである。
「な……っ!」
自身の背後に突然現れた巨大鉄球に、流石のヴァレンタも驚きの表情を見せる。しかし鉄球は屋根を貫くとヴァレンタに襲い掛かることはなく、金色の光を放ってそのまま姿を消した。
「!? しま――っ」
気付いたか。だが、もう遅い!
俺は神器を構えてヴァレンタに飛び掛かり、刃の切っ先を突き込む。しかし、彼女は寸でのところでガード。刃が届くことはない。これも予想通りだ。
「はあッ!」
俺は勢いを殺さず、ヴァレンタの身体に掴み掛る。流石にこれは予想外だったらしく、彼女は俺に捕まったまま後ろへとバランスを崩す。
そして――俺諸共、鉄球で空いた〝屋根の穴〟へと落ちていった。
「この――ぐあッ!」
廃家は二階建てで、斜めに落下した俺たちは2階の床へと叩きつけられる。落ちた一室はやや狭い居間のようだが、屋根を壊した拍子に大量の砂埃が舞い上がったらしく、俺とヴァレンタの視界は一瞬失われる。
『だ、大丈夫ですか、ラクーン!?』
1階にいるであろうリリーから、俺を心配する声が響く。
『平気だ! それより例の物を穴に投げろ! タイミングを合わせて、こっちで掴む!』
『は、はい! せぇ――の!』
リリーの声と前後して、二階の床に空いた穴に四角い物体が投げ込まれた。その影を見た俺はすかさず身体を起こし、穴の上を跳躍するようにしてキャッチ。おつかいに頼んだ物を確認する。
――完璧だ。布で括られて、きちんと必要な物が揃ってる。
『いいぞ! 後は俺がやる! すぐに脱出しろ!』
『わ、わかりました! 無茶しないでくださいね……!』
ドタドタドタ、と下の方で走る足音が聞こえた。リリーが廃家から出たのだろう。俺は急いで布を解き、準備をする。
「く……そ……。やってくれるな、これは一本取られた」
穴の反対側で、人影が起き上がる。ヴァレンタだ。屋根から落ちた程度では、あの女には大したダメージにはなるまい。
だが――コイツはどうかな――?
「閉所で近接戦闘に持ち込もうって寸法か? だが、室内なら戦えないと思ったら大間違――――っ!」
ヴァレンタに気付かれるよりも早く、俺は解いた荷物の1つを彼女に投げつける。当然のように彼女はそれを斬り捨てるが、その瞬間に大量の白い粉が宙に舞った。
「!? なんだ!? 小麦――粉――?」
当たりだ。だが、もう手遅れだな。
リリーが用意してくれた物は、全部で3つ。大量の小麦粉が入った紙袋、圧気発火器、高度数の酒。これらは全てベロウ・ポート市場で手に入る物だ。
そして今、小麦粉が振り撒かれた。半密室に充満する小麦粉と砂埃、適度な気温と湿度、こんな状況で〝火の手〟を起こせばどうなるか。
俺は瓶に入った酒を一杯口に含むと、炭化布の詰まった圧気発火器を一気に押し込む。断熱圧縮によりほんの僅かに点火した炭化布を確認すると――そこに、口の中の酒を思い切り吹きかけた。
大きく燃え上がった火の手は、瞬くよりも早く部屋中の粉に引火する。
聡い者なら、この現象を一度は耳にしたことがあるだろう。
そう――これが〝粉塵爆発〟ってヤツだ。
――――雷音にも似た衝撃波が、爆発の轟音となって木霊した。
廃家の2階は跡形もなく吹っ飛び、赤熱の爆炎は天高く燃え上がる。爆発の衝撃は地震のように王都全域を揺らし、ガラスの窓を震わせる。遠目から見れば、さぞ派手な花火が上がったように見えたはずだ。
『ラ…………ラクーン!? 生きてますか!? 無事ですよね!?』
『無事に決まってるだろう。自分ごと吹っ飛ばすバカがどこにいる』
頭の中で激しく狼狽するリリーの声に、俺はため息を交えつつ答えを返す。
リリーは吹っ飛んだ廃家の前でバタバタと狼狽えており、俺はそんな彼女の後姿を見下ろしている。
『ふぇ……? よ、よかった……では、今どちらに?』
『後ろを向いて、屋根の上を見てみろ』
そう言ってやると、リリーはくるりと俺の方を向く。そして俺と目が合うや、安心したような笑顔を見せた。
『上がってこれるか?』
『はい! 今行きます!』
リリーは高らかに跳躍すると、俺の隣に着地する。すると今度は一転して俺の両頬をペタペタと触りながら、
「ラクーン、怪我はありませんか!? どこかに火傷とか切り傷とか……!」
「……【神器使い】なら大抵の怪我が治ると言ったのは、リリーだったと思うが。大丈夫だ、どこにも怪我はない」
「そ、それはそうですが……。ところで、どうやってあの爆発の中から抜け出したんです? ラクーンが出て行くところは見えませんでしたけれど……」
「〝神技〟だよ。〝縮地〟を使って、爆発の直前にここまで瞬間移動した。コレを会得してなければ使えん手だったな」
そう、この一手のために〝縮地〟は無駄打ちできなかった。俺が一定の場所から場所へ瞬時に移動できることが知られれば、粉塵爆発に気付かれるのももっと早かっただろう。そうすれば、俺の状況作りは破綻していた。
俺とリリーが屋根の上で話していると、爆発を見たり聞いたりした王都の住民たちが集まって野次馬化してくる。流石に少しやりすぎたか? とはいえヴァレンタの注意も口だけだったし、廃家の1つくらい組織がどうとでもしてくれるだろう。
「それにしても凄い爆発でしたね……。マスターも脱出できたんでしょうか?」
「さあ? 知らん。俺は見てない」
「え……えぇ!? そ、それじゃマスターは、あの爆発に巻き込まれたってことですか!?」
「落ち着け。あんな爆発で命を落とすような上官なら、ハナからいないほうがマシだ。魔族は手なんぞ抜いてくれないんだからな。ま、せめて火傷の1つでもしていてくれると――」
――やった甲斐もあるんだがな。と言おうとしたところで、俺は言葉を詰まらせて頭を抱えた。
何故なら――気配を察知したからだ。それも、俺たちの背後に。
「――うむ、そうだな。少しばかり髪が焦げたぞ?」
「マ――マスター!」
リリーと一緒に、俺も振り向く。そこには、言葉通りほんの少しだけ髪や衣服を黒く焦がしたヴァレンタが腕を組み、仁王立ちしていた。
「あの戦術は良かったぞ、ラクーン、リリー。私でなければ本当に死んでいるところだ。だが……ラクーンの言う結果を出せたと言えるかな?」
「ハイハイ、俺の負けでいい。アンタの言う強さが正しいんだろ。これでいいか」
「ハハハ、そう肩を落とすな。……お前は十分証明したよ。認めよう、私は一太刀入れられた。お前らの今日の訓練は、これで終了だ」
おまけ設定解説
【破城槌】の神器性能
防御型/ランク〈D〉
種類:鈍器
全長:1.8m
重量:30kg
神 格:D+
攻撃力: S
攻撃範囲: D
攻撃速度: D
生存率: D
チャドの〈加護〉:『肉体強化』
任意発動型。発動している間は筋力が大幅に向上。
チャドの〈神技〉:『城門破り』
強烈な打突攻撃を与える。攻撃対象の防御力が高ければ高いほど威力が向上する。
元々は攻城戦において城門や城壁を破壊し、兵士の突入口を開く物として作られた攻城兵器。
だがチャドの使っている物は、ドアブリーチングに用いられるダイナミック・エントリーツールの形状に近い。
基本的にはドアをぶち破るための道具であるため厳密には武器とは異なるのだが、用いるのが兵士であるという点、またその重量から繰り出される打突の一撃は人間など容易く吹っ飛ばす威力があることから、"武器ではない"とも言い切れない代物。




